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ハンコ廃止の注意点 契約文書、本人確認 より重要に

中部経済新聞2020年10月掲載
ハンコ廃止の注意点 契約文書、本人確認 より重要に

先日,河野太郎行政改革担当大臣が,就任直後,全府省に行政手続でハンコを使用しないよう要請したことが話題になったね。民間もハンコを廃止する流れになるのかな。
民事訴訟等で押印が持つ意味を考えれば,直ちに廃止というわけにはいかないでしょうが,今回は押印についてお話ししましょうか。
見積書,契約書,請求書に領収書,仕事で色々な書類を取り扱うけれど,書類にはハンコを押さないといけないものだと思うけれど。ハンコのない契約書なんて,無効な契約書だろう。
契約書に押印をしないと契約を成立させることができないのかというご質問であれば,答えは否です。
契約は,当事者の申込みと承諾の意思表示が合致することによって成立し,特別な定めがある場合,例えば,書面でしなければ効力を生じないと民法で定められている保証契約の場合等を除いて,契約書を作成することは,契約内容に関する紛争を予防するために有益ではありますが,契約を成立させる要件ではありませんし,押印についても同様です。
また,請求書に押印がないから,法律上無効な請求になる等ということもありません。
押印しなくてもいいなら,私たちはどうして書類に押印をしているのだろう。無駄なことをしているってこと。
民事訴訟等で押印が役立つ場面があるからです。まず,契約書等の文書は,民事訴訟では書証(証拠)として取り扱われます。そして,文書を書証として利用するためには,その文書が真正に成立したものである必要があります。
真正に成立したってどういう意味なの。
真正に成立した文書とは,文書の作成者とされている作成名義人が真実の作成者である文書のことをいい,例えば,Aさん名義で作成された文書について,真実Aさんが作成者である場合は真正に成立した文書となり,実際にはBさんが作成者である場合は真正に成立した文書ではないとなります。
押印が意味を持つのは,民事訴訟等でこの文書の成立の真正が争われる場面です。
その例だと,その文書は,Aさんが作成した文書ではないと主張された場合に押印が役立つということなのか。
①民事訴訟法228条4項は,「私文書は,本人又はその代理人の署名又は押印があるときは,真正に成立したものと推定する。」と定めています。そして,②判例上,文書上の印影が作成名義人の印章による印影と認められる場合には,作成名義人がその意思に基づいて押印したものと推定されます。つまり,文書に作成名義人の印章による印影があれば,②と①の二段の推定を経て,文書が真正に成立したと推定されることになります。先の例に倣えば,Aさんの印章による印影がある文書は,Aさんが作成した真正に成立した文書であると推定されるということです。
Aさんの押印があればAさんが作成した文書ですよとなるわけか。
ただし,あくまで真正に成立したと推定されるだけなので,印章が盗用され,他人に押印された等と反証されて推定が破られることもあります。
押印する印鑑は認印でもいいのかな。
文書に実印を押印し,併せて印鑑証明書を入手しておけば,成立の真正が争われた場合に印影の一致を立証し,推定を得て証明の負担を軽減できることになります。しかし,認印を押印した場合,訴訟上対照用の印影がある文書等を提出させる制度はあるものの,簡易に印影を対照する手段がなく,それが作成名義人の印章と証明することは困難になります。
押印がない場合はどうなるのかな。
その場合は,契約書上の署名が作成名義人の署名であることを証明して,①の推定を得ることになります。
 しかし,同じ人物が署名する場合であっても毎回全く同じ署名にはならないため,印影とは違って一見して対照できるわけではなく,筆跡鑑定で特徴点を比較する等してこれを証明することが必要になります。
結局,押印はしたほうがいいのか。
押印すべきかすべかざるべきかという視点より,契約書等の文書を作成する場合には,成立の真正を争われることがないよう,本人確認等をしっかり行うという視点が重要だと思います。
また,文書が真正に成立したことを証明する方法は押印に限られるものではなく,例えば,契約書を作成する場合,契約を締結する前に本人確認をし,住所,氏名等の本人確認情報や身分証明書等の確認資料,さらにはそれらの入手過程に関する情報を記録,保存等しておけば,本人確認情報を提供した作成者によって文書が真正に成立したことを証明することができます。文書の作成や契約の締結に至る交渉経過を記録し,メール等を保存しておくことも有益です。
本人確認をして必要な資料を保存しておけば,押印がなくても大丈夫となる場合もあるのか。
新型コロナウィルス感染症対策としてテレワークなどが推奨される昨今,対面せずに本人確認等を行う手順や,その際に押印が本当に必要なのか,改めて検討してみるのも有意義だと思います。経済産業省も,新型コロナウィルス感染症関連の支援策として,法務省等と連名で「押印についてのQ&A」等を公開していますので,そちらもご参照いただくとよろしいでしょう。
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