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時効制度が変わります~職業別短期消滅時効を廃止 損害賠償請求権には特則新設~

中部経済新聞2019年12月掲載
時効制度が変わります~職業別短期消滅時効を廃止 損害賠償請求権には特則新設~

随分前から民法が大幅に改正されるって聞いていたけど、とうとう近づいてきたんだよね。会社としては、時効の話とか何となく気になって不安なんだけど・・・。
そうですね。平成29年5月に成立した「民法の一部を改正する法律」が来年4月1日から施行される話ですね。今回の改正は、民法の中でも契約等私法上の取引に関する基本的ルールを定めた債権法と言われる部分が対象となっていますが、この部分は明治29年の民法制定後、実に約120年ぶりの改正ですからね。基本的ルールを120年分の社会経済や暮らしの変化に対応させるのですから、改正項目は小さなものまで含めると200程度あると言われています。
えっそれは大変だ!会社が大混乱しちゃうじゃないか。
社長、落ち着いて下さい。心配なのはわかりますが、改正内容は、これまでの裁判例や取引実務において既に慣行的に行われていたことを法律上の条文として明確にしたものもありますし、また、法律の専門家でなくてもできるだけわかりやすい表現となるように工夫がなされていますので、眉間にシワを寄せなくても大丈夫ですよ。
そうか、それならむやみに不安がることはないかな。
はい。まずは正確な内容を知った上で対応が必要なところは一緒に検討していきましょう。
じゃあ、さっき言った時効の話なんだけど、時効は厳格な印象があるから気になっていたんだ。
さすが社長。その意識は大切ですね。時効は一日でも遅れたらアウトですから、弁護士も慎重になるところです。しかも、時効に関する今回の改正は、特に重要な内容を含むので注意が必要です。ご承知のとおり、時効には、権利を行使しないまま一定期間が経過した場合にその権利を消滅させる消滅時効と、権利の取得に関する取得時効がありますが、今回は、消滅時効を中心に改正がなされました。骨子としては、①債権の種類に着目した職業別の短期消滅時効を廃止し、時効期間と起算点をシンプルに統一化したこと、②生命身体の侵害による損害賠償請求権の時効期間につき特則を新設したこと、③時効の完成を阻止するための手段を見直したことなどです。
【①職業別短期消滅時効の廃止及び時効期間と起算点の統一化】
職業別短期消滅時効って、飲み屋のツケが1年で消滅するとかいうもの?
そうです。よく御存じですね。まさか1年経つのを待っていたお店でもあるのですか。
いやいや違うよ。以前、債権の管理は時効期間も踏まえてすべきだって言っていたじゃないですか。
そうでしたね。
現行法では、職業別の短期消滅時効というものがありますが、他の債権と区別する合理的理由が乏しいということで全て廃止されることになりました。その上で、現行法では、一般の債権なら「権利を行使することができる時から」10年、商行為によって生じた債権なら5年で時効消滅するとしている点を、改正法では、原則として、全ての債権につき、「債権者が権利を行使することができることを知った時から5年」「権利を行使することができる時から10年」で時効消滅することに統一しました。
じゃあ、取引上の債権は、元々5年の消滅時効だから変更はないってことだね。
社長、それは違いますよ。5年という期間は同じですが、元々その5年を定めていた商取引に関する消滅時効の規定も、今回の改正を機に廃止されたので、起算点については、「権利を行使することができる時から10年」という表現から、「できることを知った時から5年」という表現に変更された改正法が適用されることになります。
「できる時」と「知った時」の違いか。具体的には?
例えば、売買代金債権などの契約上の債権は、「できる時」と「知った時」が基本的に同一時期となりますが、他方で、消費者ローンなどの過払金返還請求権は、取引終了時が「できる時」、過払いがあることを知ってはじめて「知った時」となるので起算点が異なることになります。また、契約時にはわからなかった問題が発覚した時、それにつき損害賠償請求を考える時は、「知った時」がいつかが問題となりえます。
何だ、結局ややこしいなあ。
そうみえるかも知れませんね。ただ、全ての債権で原則的取扱いを統一した点はわかりやすいですし、会社としては、基本的に取引上の債権の有無は把握しているわけですから、「知った時」を気にする場面は多くはないと思いますよ。ただ、時効については、いざという時に知識が間違っていたということでは遅いですから内容を正確に知っておくことが大切ですね。
【②生命身体の侵害による損害賠償請求権についての特則の新設】
生命身体の侵害についての新設って、今までだって請求できたでしょ。
だから社長、落ち着いて正確に。社長の仰るとおり、現状でも、生命身体の侵害についての損害賠償請求は、債務不履行に基づく請求や不法行為に基づく請求をすることが可能です。ただ、生命身体の侵害については、治療が長期化した場合など迅速な対応が困難な場合もありますし、やはり重要な保護法益ですので、被害者保護の観点から特則が設けられました。すなわち、債務不履行に基づく債権については、前述①の改正で10年とした期間を20年とする特則を設けたこと、不法行為に基づく債権については、現行法では損害及び加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年という規定になっていますが、この3年を5年にするという特則となりました。また、現行法で規定されている不法行為の20年の意味につき、これまでの裁判実務では、時効ではなく、形式的な期間経過のみで請求ができなくなる除斥期間と解釈されていましたが、この点についても被害者保護の観点から、条文上、時効と明記することにより、時効一般に適用される他の制度(時効の完成を阻止する制度など)の適用も可能となりました。
ふうん。何かややこしそうだけど、会社とはあんまり関係なさそうだね。
そんなことはありませんよ。例えば、社長の会社で、工場内の機械の安全点検を怠ったために従業員が怪我をしてしまった場合などは、不法行為責任が発生するのは勿論のこと、会社としての安全配慮義務違反という債務不履行責任も問題となります。
そうか。うちは危険な作業や薬品もあるから要注意だね。
そうですね。生命身体の侵害による損害賠償請求権の時効期間に設けられた特則は、会社内で起こったことにも当然適用されますからね。
請求する場面じゃないからあんまり意識していなかったけど、もし問題になったら今より長期間対応する可能性が出てくるっていうことか。そもそも安全配慮義務違反なんてことにならないようにしないといけないね。
【③時効の完成を阻止するための手段の見直し】
それから、実は今、売掛金が長期未払いになっている取引先があるんだけど、社長とは個人的つきあいも長くて強硬な手段はとりたくないんだ。だから時効のことを聞いたんだけど、時効完成を阻止する手段って何かな?
ここは今回の改正によって対応が変わってくる場面だと思います。現行法では、時効の完成を阻止する手段として、時効の完成を一定期間猶予する「停止」と、時効の進行がリセットされる「中断」とがありますが、法律上の規定の仕方と、その効果や適用場面が一致せずわかりにくいなどの問題があったため、「停止」「中断」という言葉を廃止し、「完成猶予」「更新」という言葉を用い、適用場面をわかりやすく整理し直しました。「完成猶予」とは、時効期間の完成前に完成猶予事由が生じれば、その事由の終了時から6カ月間時効は完成しないというもので、「更新」とは、更新事由が生じれば時効がリセットされ、その時から新たに時効が進行するというものです。各々完成猶予事由と更新事由が明記され、専門家でなくてもわかりやすくなりました。
それはいいことだけど、適用場面の整理だけなの?さっき対応が変わる場面があるって言っていたけど。
そのような整理の上で、完成猶予事由の一つとして、協議による時効の完成猶予という事由が新設されました。
協議ってことは、これまでのように時効完成間際に内容証明郵便を送ったり、その後急いで訴訟提起したりしなくてもよくなったってことかな?
そうなんです。現行法下では、話し合いができる状況でも訴訟等の法的手続を取らない限り時効の完成を阻止できませんでしたので、社長の仰るような対応が必要でした。しかし、改正法では、当事者間において権利についての協議を行う旨の合意を書面などで行った場合には、時効の完成を猶予できることになりました。
それはいいね。さっき言った未払いがある取引先にはそれで対応したいな。合意書面の作成の仕方とか、また教えてよ。
そうですね。内容が不十分で時効が完成してしまってはいけませんし、猶予できる期間も原則として1年などと決まっていますからね。
他には、何か新設されたものはあるのかな?
新設ではありませんが、同じく完成猶予事由の一つとしての天災などの場合につき、猶予期間が2週間と短期であったものが3カ月に改正されました。
最近は予測を超える天災が続いているし、あの状況で2週間とかありえないよ。
個別の大災害には、特例法などで配慮がなされることもありますが、そういう特別の配慮がされない災害もありますからね。
そうだね。特別の扱い以前の問題として、原則的期間が2週間というのは現実的じゃないよね。
最後に、消滅時効の期間については、長期間を対象とするので、現行法と改正法のどちらの法律が適用されるのかという問題も生じますが、原則として、来年4月1日の施行日前に債権が発生していた場合又は施行日前に債権発生の原因である法律行為がされた場合には、その債権の消滅時効期間については、現行法を適用することになります。ただ、人身損害に関する不法行為の債権については、施行日に3年が経過していない場合は改正法が適用され(5年に延長)、3年が経過している場合は、現行法が適用され、消滅時効が成立します。他にも個別の場面は色々と考えられるので、迷われたら早めにご相談下さい。
うん、そうするよ。今日は少しだけ不安が解消されたけど、まだまだ気になるな。
改正について、詳しくは、法務省のホームページも参考にしてみてください。
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_001070000.html
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