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言わせてちょ ~悪いのは裁判官ではない~

中部経済新聞2019年7月掲載
言わせてちょ ~悪いのは裁判官ではない~

 先日、保釈中の被告人が、収監に来た検察事務官に対して包丁を振り回し、そのまま逃走した事件があった。一部週刊誌は、保釈を認めた裁判官の顔写真まで晒して、保釈を認めたことを厳しく批判している。しかし、この批判が正しいのだろうか。

 法律上、保釈は被告人に認められた権利である。罪証隠滅のおそれや逃亡のおそれが無い限りは保釈が認められるのが法律上の原則なのである。しかし、現実には原則と例外が逆になっている。逮捕され、勾留された場合、被疑者が否認していると保釈が認められる例は極めて少ない。昔役人に賄賂を贈った容疑で逮捕された会社経営者と、次のようなやり取りをしたことがある。

「先生、私は賄賂を贈ったことは絶対にありません。」

「なら、否認して頑張りましょう。」

「ただ、私が早く会社に戻らないと会社が潰れてしまいます。保釈は認めてもらえるのでしょうか。」

「否認していると、審理が一定の段階まで進まないと保釈は難しいと思いますよ。半年から1年はかかると思います。」

「もしも認めたら、私は刑務所にいくのでしょうか。」

「あなたは前科もないし賄賂とされている金額も少ないので、執行猶予はつくと思います。」

「先生、認めたら直ぐ保釈になって、しかも刑務所に行かなくてもよい。否認していたら仮に無罪となっても半年から1年は拘置所の中にいなきゃいけない。だったら、私は認めるしかないじゃないですか!」

 結局、この被疑者は、会社を守るために心ならずも罪を認め、有罪判決を受けた。弁護人としても無罪となる可能性の高い事件ではあったが、依頼人の会社の存続を考えると反対はできなかった。

 今回は控訴審での保釈であったようだが、ことは同じである。裁判官は法律に則って保釈を認めたものであり、そこに何の問題もない。今回の事件で問題があるとすれば、収監に赴いた検察庁の対応であろう。被告人が包丁を振り回したのであればその場で公務執行妨害で逮捕できたわけであり、それを予想せずに漫然と逃走させたとすれば、検察側の見通しが甘かったと言うほかない。批判されるべきは保釈を認めた裁判官ではない。

(MG)