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カルロス・ゴーン事件にみる"人質司法"

中部経済新聞2019年1月掲載
カルロス・ゴーン事件にみる"人質司法"

日産自動車のカルロス・ゴーン前会長が逮捕されたことには驚いた。
金融商品取引法違反,特別背任により逮捕,勾留されたと報道がありましたね。
その報道の中で,フランスの報道機関が日本の刑事司法制度について批判的に報じているというようなものがあったけれど,日本の刑事司法制度は,批判されるようなものなのかな。
刑事司法制度は国によって様々ですが,今回報道されたように,日本の刑事司法制度には,人質司法と批判される問題があることは確かです。
人質司法ね。人質というのは穏やかじゃないけれど,どういうことなんだろう。
日本の刑事司法制度では,被疑者,被告人の身体拘束が容易に認められ,また,身体拘束が長期化する傾向があり,特に,被疑者,被告人が被疑事実,公訴事実を否認して争っている場合にはそれが顕著です。そのため,まるで被疑者,被告人の身体が人質に取られ,自白をするよう迫られているようだ,という趣旨で,この状況が人質司法であると批判されるのです。
人質というのは自分のことなのか。身体拘束というのは,逮捕とか,そういうことなのかな。
身体拘束に関して順を追ってご説明すると,まず,罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合,被疑者は逮捕されます。逮捕による身体拘束は48時間以内で,捜査機関が,さらに被疑者を留置する必要があると考える場合には,被疑者を検察官に送致します。
そして,送致を受けた検察官は,被疑者を留置する必要があると考える場合には,24時間以内に裁判所に勾留を請求します。
ここまでで最大3日か。
裁判所は,勾留の要件を満たすと判断した場合,被疑者を勾留する決定をします。勾留による身体拘束は原則10日で,最大20日まで延長されることがあります。
最大で23日か。仕事にも家庭にも大打撃だね。
そして,勾留による身体拘束の制限期間内に,検察官は,被疑者を起訴するかどうかを判断します。起訴された場合は,保釈が認められない限り,起訴後勾留として身体拘束が継続することになります。また,別の被疑事実について再逮捕となった場合には,ここまでの流れが繰り返されることになります。ゴーン氏も,最初の逮捕の後,金融商品取引法違反,特別背任で再逮捕されました。
さらに長くなることもあるのか。でも,裁判所が勾留の要件を満たすと判断した場合に勾留されるというなら,勾留が認められないこともあるんだろう。そう簡単に20日も拘束されてはかなわないよ。
確かに,検察官の勾留請求が却下されることはありますが,先に,被疑者,被告人の身体拘束が容易に認められると申し上げたとおり,残念ながら稀なことです。
刑事訴訟法は,被疑者が,①定まった住居を有しないとき,②罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき,③逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき,に限って被疑者を勾留することができると定めているのですが,実際の運用は,検察官の勾留請求はほぼ認められ,①ないし③がないことが明らかな場合にのみ,例外的に勾留が認められないことがあるというものになってしまっています。
原則と例外が逆になってしまっているということかい。
弁護士も,弁護人として裁判官に面会を申し入れ,勾留の要件を満たさないことを説明し,勾留請求を却下するよう求める意見書を提出したり,勾留の要件を満たさないにもかかわらず勾留が決定された場合には,準抗告という不服申立てをしてこれを争ったり,また,勾留の必要性が無くなった場合には勾留の取消しを請求したりと,不当な身体拘束から被疑者を解放するための活動をします。しかし,なかなか奏功しないのが現実で,ときどき,諦念に沈んでしまいそうにもなります。
情けないことを言わないでよ。
失礼しました。仰るとおりで,ある弁護士会では,国選事件の全件について,不当な勾留に対する不服申立てをしようという運動を展開し,その結果,当該地区の裁判官の勾留に対する判断が慎重になったというデータもあります。諦めてはいられません。
その意気,その意気。
起訴後の勾留についても,刑事訴訟法では,被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある場合など,同法が定める事由がない限りは保釈を認めなければならないとなっているのですが,被告人が公訴事実を否認している場合には,罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると容易に認められてしまい,なかなか保釈が認められないという現状があります。
保釈してほしければ自白しろと。
被告人がそのような考えに陥ってしまうことは否定できず,人質司法は,虚偽自白の温床にもなります。起訴前勾留についても,起訴後勾留についても,運用を改善する取組みを続けていかなければなりません。
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