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LGBTと雇用問題

中部経済新聞2018年9月掲載
LGBTと雇用問題

大学生の甥(おい)っ子Aが、最近「子どものころから、性別に違和感があった。女性として生きていきたい。改名もしたいので通称としてA美を名乗りたい」と妹夫婦に打ち明けたんだ。女性の服装や化粧だげでなく、女性ホルモンも注射してるとかで、久しぶりに会ったら外見はすっかり女性で...。男が女の格好をして女の名前を名乗って...。就職で不利にならないか、心配だ。
A美さんは「男だけど女の格好をするのが好き」なのではなく、トランスジェンダーで、身体的性は男性でも性自認は女性なのだと思いますよ。
トランスジェンダーとはなんだい?
トランスジェンダーとは、身体的性と異なる性自認(自分の性別をどのように考えるかという認識)を持つ人を言います。男性の身体で性自認が女性の場合(MTF)も、女性の身体で性自認は男性の場合(FTM)もあります。
そうか...。A、いや、A美は自分を女と思ってるんだよな。女性に興味がない訳でもなさそうだったんだが。
社長、性自認と性的指向(性的に魅かれる対象の性別が何か)は、別次元の問題ですよ。MTFのトランスジェンダーの方の中にも、性的指向は女性のレズピアンの方も、両性愛者(パイセクシャル)の方もいます。
今、何かと話題のLGBT問題かい?複雑なんだな...。
複雑に考える必要はないですよ。性のあり方は、「身体的な性と性自認が同一の異性愛者」の多数派に限らず、各様である、というだけです。なお、レズピアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、パイセクシャル〈両性愛者)、トランスジェンダーの頭文字を取った「LGBT」という言葉は、性的少数者(セクシュアル・マイノリティ)の総称として用いられていますが、性的少数者はLGBTに限りません。そして、性的少数者は少数派であるだけで特別な存在ではありません。
なるほど...。LGBTの人たちはどのくらいいるんだい?
統計により幅がありますが、株式会社LGBT総合研究所は2016年に約5・9%がLGBTに該当するとの調査結果を発表しています。
そんなに?私の知り合いにはいないが。
LGBTであることを打ち明けられない方は多いので、社長のお知り合いにいないとは限りません。私の友人にも、友人になった後に、ゲイであるとカミングアウト(自らの性的指向や性自認を他者に明らかにすること)してくれた人もいますから。
そうだな、Aのことも言われるまで気付かなかったが、本人は子どものころか悩んでいたんだものな...。長いこと言えなかったのは、世間の偏見も大きいのだろうな。やは就職のことは心配だ。会社は、トランスジェンダーを理由に不採用にできるのかい?
使用者がいかなる者をいかなる条件で雇うかは、「法律での他の特別の制限がない限り」原則として自由に決定することができます。トランスジェンダーであることによる差別が、男女雇用機会均等法5条が禁止する「性別による差別」と直ちに解釈しうるかは難しい面はあります。
それじゃあ、トランスジェンダーは因ると採用拒否されても、法的に争えない?
そんなことはありません。LGBT等であることは、出生後の選択的な趣味噌好の問題ではなく、その人の生来的・本質的な個性です。LGBT等であることを理由とした差別は、憲法14条1項にいう社会的身分(判例では「人が社会において占める継続的な地位」)による差別に当たると評価し得ます。
では、雇う側が採用の際、LGBT等ではないか確認するのは問題あるかい?Aのことや先生の話を聞いて応募する学生にもいるのかなと思って。
職務遂行上の能力等とは関連性がない、プライバシーの問題は採用に考慮するべきではありません。厚生労働省のサイトにある「公正な採用選考の基本」でも、「LGBT等性的マイノリティの方(性的指向及ひ性自認に基づく差別)など特定の人を排除しないことが必要」と記載されています。求職者への性的指向の質問、調査は慎むべきです。
確かにプライベートで誰を好きになるかは、仕事にまず関係しないね。しかしトランスジェンダーの場合は...。戸籍の性と違う外見をしたり、戸籍名と違う名を名乗るだろう?社長として、もしうちの男性従業員が、急に女性の姿で出勤して女性として扱えと求められたら戸惑うよ。トイレや更衣室の問題もあるし。性転換までしてない場合は特に。
確かにトランスジェンダーの方の場合、企業秩序との調整が必要になる場面が多く、他の性的少数者とは問題状況が異なりますね。ただトランスジェンダーの方が、性自認に沿った性で生きることは、性という人の根源に関わる問題です。多くの選択肢の中から「選ぶ」外見の自由等の問題とは、異なる次元の問題なのです。
性向一性障害と診断された、MTFの生物学的性は男性の労働者が、女性の服装で勤務し、女性用トイレや更衣室の使用等を申し出、会社側がこの申し出を承認しなかったにも関わらず、なお女性の容姿で出勤し続けるなどしたため、懲戒解雇された事案に関する裁判例があります。この裁判例では、この労働者の「女性の容姿をして就労することを認め、これに伴う配慮をしてほしいと求めること」は相応の理由があるとした上で、解雇は権利の濫用にあたり無効であるとの決定がなされています。
トイレや更衣室といった、他の従業員も利用する会社設備の問題は、通称や服装の問題よりも、他の従業員への配慮が強く必要となり、難しい問題をはらみます。ですが、性の多様性やトランスジェンダー等の性的少数者への社会の理解が進むことで、他の従業員や取引先などとの調整は、今後はかりやすくなっていくと思います。
そうだな。A美のこともあるし、私も社会の理解向上に一肌脱ぐかな。とりあえずLGBT等の問題について社内研修でもするか。先生、ぜひ講師を頼むよ。
いいですね。喜んでお引き受けさせていただきます。
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