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遭難の救助費用 海は無料、山は有料?

中部経済新聞2018年8月掲載
遭難の救助費用 海は無料、山は有料?

【はじめての登山】
ついでにちょっと相談したいことがあるんだけどいいですか。
もちろん。どんなご相談でしたか。
この夏友人に誘われて初めて登山に出かけることになったんですが、ちょっと前に、山で遭難して救助されたら費用を請求される条例ができたってニュースで見たんです。
埼玉県の条例のことですね。
もし山で遭難して救助されたら、費用を請求されるってことですか。海なら請求されないとか、そんなことも聞いたことがあるんですが。
【海の場合、山の場合】
そうですね。私も登山はしますし、ダイビングもしますので、気になって調べたことがあります。海の場合は、通常は海上保安庁や公益社団法人である日本水難救済会が救助にあたり、基本的には費用を請求されることはないですね。
意外にアクティブなんですね。山の場合はどうですか。
山での遭難の場合は請求されるときと請求されないときがあるんです。
えっそうなんですか。
そうなんです。山の場合、ざっくり言って警察、各地の遭難対策協議会、消防団、山小屋関係者などによる捜索救助活動が行われることがあります。このうち警察など公的機関が行う救助活動は公務として無償ですが、民間に依頼した場合には、費用がかかることになりますね。とはいえ、遊びで山に行って遭難して、全て公費負担はどうなのか、という意見ももちろんあります。海でも同じですけどね。
そりゃあそうですよね。
そこで、埼玉県では、県内の山岳地域のうち指定区域で防災ヘリコプターによる救助を受けた場合に手数料を納付するという条例ができたんです。こういう条例ができるのは全国でもはじめてだとして話題になりましたよね。
手数料っていくらくらいなんですか。
防災ヘリコプターが救助のために飛行した時間5分ごとに5000円、となっているみたいです。県では、過去の平均救助時間は1時間程度としています。
1時間だと6万円か。思ったよりずいぶん安い気がするな。
民間ヘリなら1時間何十万円するみたいですからね。
【救助の法律関係】
誰に助けられるかによって無料だったり、何十万とかかったりするってことですか。なんだか変な気もするな。遭難したら誰に助けてもらおうとか選べないし、遭難しといてなんだけど、助けてくれって自分で言ったわけでもないのに費用を請求できるんですね。
もちろん自分で救助を呼ぶ場合もありますよね。その場合、民間の人や会社に依頼すれば、そこに契約関係が生まれます。その契約に基づいて費用を請求される、ということになります。
自分で呼んだわけではなくて、誰かが呼んでくれたとか、呼ばなくても助けに来てくれたという場合はどうですか。
その場合は、民法の事務管理という規定で処理することになるでしょうね。
事務管理ですか。はじめて聞きました。
あまりなじみがないですよね。事務管理とは、義務なく他人のために事務の管理をすることで、「事務」とは、生活に必要な一切の「仕事」であって、法律がこれについて債権債務関係の成立を認めることができるもの、とされています。例えば、隣人の留守中に台風で壊れた屋根を了解なく修理してあげる、という場合です。この場合、管理者が本人のために有益な費用を支出した時は、本人に対しその費用を請求できる、とされています。遭難者の救助のためにふもとの村の住人や他の登山者が救助隊として活動してくれた、というような場合はこの事務管理になり、費用を請求できるんです。
なるほど。救助されるのが有益でないわけがないから、頼まれたわけでもないけど助けた場合にも費用を請求できる、ということですね。
そのとおりです。あとは、同行者の友人が民間の救助隊に依頼してくれたという場合も、本人と友人との間で事務管理が成立します。救助に関する契約関係は友人と救助隊の間で生じますが、友人は事務管理のために債務を負ったとして、費用を遭難者本人に請求できることになります。
【事務管理と損害賠償】
ちょっと思ったんですがそういう場合に救助隊も遭難してしまったり、逆に、救助隊のミスで遭難者が怪我をしたり亡くなったりいうこともありえますよね。そういうとき、どうなるんでしょうか。賠償を請求されたり、請求できたりするんですか。
まず前者の場合ですが、この場合は民法に管理者が事務管理によって負った損害を本人に請求できるという規定がないことから請求できないと考えられています。ただし、救助隊が救助中に怪我をして治療費がかかったような場合は、事務管理の「費用」として支払うということもありえるでしょう。
後者の場合ですが、民法では、管理者は他人の身体、名誉、財産に対する急迫の危害を逃れさせるために事務管理をした時は、悪意または重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない、とされているんです。山岳遭難の場合、遭難者の身体に急迫の危害が及んでいるといえるでしょうからこの規定が適用され、救助隊がわざと遭難者に怪我をさせたり、わざとに近いといっていいような過失で死亡させた、という場合でなければ賠償請求はできないと考えられます。
なるほど。ちょっとしたミスで遭難者が怪我したら賠償なんて言われたら、誰も頼まれもしないのに助けたくないですもんね。
【おわりに】
なんだか不安になってきたな。もし遭難して、費用が何十万、何百万なんてことになったらどうしよう。
傷害保険などに救助費用を塡補する特約がついていることもありますよ。一泊二日といった短い期間で加入できるものもあります。私も山に行くときは念のためそういった保険に入っています。初めての登山ですからそんなことはないと思いますが、ピッケルやアイゼンなどを使う「山岳登はん」の場合は、通常の傷害保険ではカバーされず、怪我や救助費用についてまた別の特約、保険が必要な場合もありますので注意して下さい。
検討してみます。事故がないのが一番ですけど。事務管理なんてものも知らなかったので、勉強になりました。
山での遭難は中高年が多いと聞きますし、油断は禁物ですよ。まずは晴れるといいですね。また山のお話聞かせて下さい。