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日本版「司法取引」の施行

中部経済新聞2018年5月掲載
日本版「司法取引」の施行

お、なんだか難しそうなものを読んでるね。何だい?
近々改正される法律や新しくできる制度をチェックしているんですよ。法律は日々変わっていくものですからね。
そうか。大変だな。例えば最近だとどんなことが変わるんだい。
近いところでいうと...社長、「司法取引」ってご存知ですか。
ああ、海外ドラマで見たことがあるよ。罪を認める代わりに刑罰を軽くするっていうものだよね。
日本でも、6月1日からいわゆる司法取引が導入されることになったんですよ。
そうなのかい。
はい。平成28年6月に刑事訴訟法とその関連法が大幅に改正されたのですが、それに伴い司法取引も導入されることになっていたのです。
確かに、刑事訴訟法が色々変わったっていうのは前に新聞で見たなあ。
いわゆる司法取引には①有罪を認める見返りに刑の減軽や免責を受ける「自己負罪型」と、②訴追機関に対して他人の犯罪を明らかにするための協力をする見返りに刑の減軽や免責を受ける「訴追協力型」というものがあって、今回日本で導入されるのは②の方ですね。
他人の犯罪への捜査に協力する代わりに自分の罪を軽くするのか。なんだか納得がいかない気もするなあ。どうしてそういう制度が始まるんだろう。
時代の変化とともに犯罪事実の捜査も複雑化して、捜査機関としては供述を得る手段も多様化する必要があったとは言われていますね。
 例えば、振り込め詐欺のような組織的犯罪の場合、この司法取引によって、お金を受け取るだけの「受け子」と言われる末端の関与者から、組織のトップらに関する供述を得られることで全容の解明に役立つ可能性があります。
そういうものなのか。それで、司法取引って具体的にはどういう手続をすることになるんだい?
◆制度の概要
今回導入される「訴追協力型」の司法取引は、一定の対象犯罪に該当する他人の犯罪について、被疑者・被告人が訴追機関に対して供述をしたり証拠物を提出するといった協力行為をするのに対し、検察官が一定の減軽・免責行為をする旨の協議をして、最終的に両者の間で合意をするというものです。
被疑者・被告人と検察官との合意なんだね。
はい。ただし、協議には弁護人の関与が必要的となりますし、合意自体は検察官と被疑者・被告人で行うものですが、弁護人の同意が必要となります。
確かに、弁護人がついていないと被疑者・被告人だけでは難しいかもしれないね。
そうですね。そうして弁護人も関与したうえで協議し、合意内容は当事者が連署した書面で確認されることになります。当事者双方は、合意に従ってそれぞれ捜査協力と刑の減免を履行する義務を負うことになります。
ずいぶん慎重な手続なんだね。
◆冤罪の危険性も
そうですね。やはり訴追協力型の司法取引の場合、虚偽の供述によって冤罪を生んでしまう可能性があることが一番危惧されますからね。
自分が助かりたいからって嘘の供述で他人を陥れるってことか。
そのとおりです。ですから、そのような冤罪を防ぐために、司法取引において協力・合意の対象となる他人の犯罪行為は、一定の財政経済関係犯罪や薬物銃器犯罪などの特定犯罪に限定されます。例えば、汚職に関する犯罪や詐欺罪、金融商品取引法違反などが挙げられますね。
 逆に、死刑又は無期の懲役若しくは禁錮にあたる犯罪や、生命身体に対する犯罪や性犯罪といったものについては特定犯罪に含まれません。
そうなのか。だいぶ限定されているね。
他には冤罪を防ぐための方策はないの?
あります。例えば、冤罪を生まないように、仮に当事者間で司法取引の協議がされたとしても、最終的に合意に至らなかった場合には、協議の途中で被疑者・被告人がした供述は原則として捜査に使用できないことになっています。
 また、協力者が実際に虚偽の供述をしたり偽造・変造の証拠を提出した場合には、5年以下の懲役に処せられます。
色々考えられてはいるんだね。ただ、それでも嘘の供述をするおそれはあるだろうなあ。
そうですね。
◆今後の運用は
司法取引制度は、実施されている諸外国ではすでに一定の成果を挙げているようですが、やはり無実の他人を巻き込む危険性は否定できませんから、それほど頻繁に用いられているわけでもないようです。
 具体的にどのように協議が進められるのかなど、今後の事例の集積を待たなければわからない面もありますし、日本でもくれぐれも慎重な運用が求められますね。
弁護人も大変になるね。
弁護人としても、協議に応じることが依頼者のためになるのか、慎重に見極めて対応する必要があるでしょうね。
犯罪はしっかり検挙してほしいけど、冤罪を生んではいけないし、難しいな。
いずれにしても、捜査機関には公正で迅速な捜査と処分をお願いしたいね。もちろん、まずは司法取引を考える立場にならないことが一番だけど!