愛知県弁護士会トップページ> 愛知県弁護士会とは > ライブラリー > 中部経済新聞2016年2月掲載
【聞之助ダイアリー】 初夢で思い出した「要通訳事件」

中部経済新聞2016年2月掲載
【聞之助ダイアリー】 初夢で思い出した「要通訳事件」

 早いもので今年がはじまって既に一か月が経ちましたが、皆さんの今年の初夢はいかがでしたか。

 私の初夢は、とても忙しい時に要通訳事件の刑事弁護の依頼があり、すぐに接見に行くために通訳人を探さなくてはと頭を抱えているというもので、こんな大変な初夢だとは、と年明け早々憂うつな気分になったのでした。

 要通訳事件とは、通訳を要する、外国人の被疑者・被告人の刑事事件を意味します。要通訳事件の依頼があると、予定の合う通訳さんを探して警察署等で落ち合い、日本語がわからない被疑者・被告人から、どうして捕まったのかを聞き出し、これからどうなるのかを説明しなければなりません。日本人の刑事事件と比べて、会いに行くだけで一手間多く、通訳を介するために接見時間は倍以上になるなど、それだけで大変なのです。そのため初夢の中の私も頭を抱えていたのですが、外国人であっても刑事手続の適正が遵守されるよう、手間や時間を惜しむことなく弁護活動をしなければなりません。

 刑事弁護の経験が多くはない私ですが、これまでに何件かの要通訳事件を担当しました。手間暇に加えて、言葉も文化も違い、しかも警察に捕まり裁判を受けることになるかもしれない人から、様々な事情を聞き出し、弁護人として伝えたいことを正確に理解してもらうには、当然のこととはいえ困難が伴います。また、そのような人の思いや真意を理解することも、簡単ではありません。

 それを強く感じたのが、あるアジアの国からやってきた技能実習生の事件を担当した時でした。彼は日本に居続けたいが為に実習先を抜け出し、放浪の末にお金がなくなり万引きをして捕まったのでした。彼と同じ国出身の通訳さんは、彼の地元はとても貧しい地域だと教えてくれました。彼が捕まったときには既に許可された在留期間を過ぎていたので、有罪になれば仮に執行猶予がついても退去強制になり、再び日本に来ることは事実上できなくなります。私は通訳を介してそのことを何度も彼に説明しました。しかし彼は拘置所でも法廷でも、反省の弁は述べながらも、一方で日本が好きだからまた日本に来たい、と言い続けました。私は真意をはかりかね、思わず日本にとってあなたは迷惑な存在だとは思わないのかと質問しましたが、彼は黙ったままでした。裁判官も、自分の何が悪いかわかっているのかと彼に問いかけましたが、彼は涙を流すばかりで、通訳さんは「彼は怖がっています」と「通訳」しました。彼は日本のどこがそれほど気に入ったのか、何が悪いのかわかってくれたのか。執行猶予がつくだろうとの見通しははっきりしている事件でしたが、彼の心の中はあまり見えないままでした。

 裁判が終わり入国管理局の係官に連れて行かれる彼と握手をして別れる間際、彼はつたない日本語で「ありがとうございました」と笑顔で言ってくれました。そのときは安堵の気持ちでしたが、思いがけない初夢で彼のことを思い出してみると、弁護人として何ができたのか、他に何か出来ることがあったのではないかと考え悩んでしまいます。(A・H)