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中部経済新聞2015年11月掲載
【言わせてチョ】 名張毒ぶどう酒事件 疑わしきは被告人の利益に
中部経済新聞2015年11月掲載
【言わせてチョ】 名張毒ぶどう酒事件 疑わしきは被告人の利益に
本年10月14日,名張毒ぶどう酒事件について無実を訴え,再審請求を続けてきた奥西勝さんが,収容先の八王子医療刑務所で亡くなった。89歳だった。
無念である。奥西さんが無実の罪を晴らすことなく帰らぬ人となったことが。
無念である。無実の罪を晴らせぬまま奥西さんを逝かせてしまったことが。
無念である。奥西さんの人生を弄んだのは,他ならぬ司法であることが。
名張毒ぶどう酒事件は,昭和36年3月に発生した。昭和39年12月,一審・津地方裁判所の結論は無罪。奥西さんの「自白」と前後して,関係者の供述は一斉に,不自然に変遷していた。ある日を境に,示し合わせたかのように,関係者が皆,犯行の機会があったのは奥西さんだけと供述を改めていたのである。一審は,これを「検察官の並々ならぬ努力の所産」と批判し,「自白」は信用できないとして無罪判決を言い渡した。
しかし,昭和44年9月,二審・名古屋高等裁判所は奥西さんに死刑判決を言い渡す。ぶどう酒の王冠上の傷痕が奥西さんの歯型と一致するという鑑定結果が決め手となった。そして,昭和47年6月,最高裁判所は上告を棄却し,死刑判決が確定した。奥西さんはその後,自ら再審請求を続け,第五次再審請求からは日弁連がこれを支援した。第五次再審請求では,当時最新の機器を使用した鑑定によって,王冠上の傷痕は,奥西さんの歯型とは全く一致しないことが明らかとなり,さらには,二審判決の決め手となった鑑定は,写真の倍率を操作し,傷痕と歯型が一致するように見せかけたものであることが明らかになった。しかし,それでも再審開始には至らなかった。
そして,第七次再審請求では,副生成物に着目した鑑定により,ぶどう酒に混入された農薬は,奥西さんが混入したと「自白」した農薬ではないことが明らかになり,平成17年12月,再審開始が決定された。しかし,続く異議審によって再審開始決定は取り消されてしまう。
「疑わしきは被告人の利益に」という原則がある。神ならぬ人が人を裁く刑事裁判において,無辜の人を処罰することがないよう生み出された英知であり,再審においても遵守すべき原則である。
無罪から死刑へ,再審開始から再審取消しへと揺れ動いた経過に鑑みれば,名張毒ぶどう酒事件においてこの原則が守られたとは思えない。司法は,神ならぬ人が裁くものであることを忘れ,かくも理不尽に奥西さんを翻弄した。許されざる過ちである。
再審請求は,奥西さんのご遺族が引き継ぐ。せめて死後再審において,過ちを正さねばならない。