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従業員に対する損害賠償請求

中部経済新聞2015年11月掲載
従業員に対する損害賠償請求

社長 ちょっと聞いてください。工場で従業員が作業中に居眠りして,まだ購入したばかりの新しい機械を壊してしまったんですよ。
弁護士 それは大変でしたね。
社長 修理の見積書をとったら修理費用に100万円かかるっていうから,今回の修理費用は居眠りしていた従業員に負担させようと思っているんです。
弁護士 確かに作業中の居眠りであれば重大な過失と認められるでしょうから,従業員には賠償責任があると思いますが,修理費用の全額を負担させることが出来るかについては問題がありますよ。
社長 どうして問題があるのですか。うちは就業規則で従業員が会社に損害を与えたら場合には賠償する旨定めていますし,作業中の居眠りなんて100%従業員が悪いですよね。従業員にミスあれば損害賠償請求が全額認められるでしょ?

【損害賠償請求の制限】

弁護士 そうともいえません。従業員が会社のお金を横領した場合など,従業員の故意による違法行為で発生した損害については全額の請求が認められますが,従業員の過失に基づく損害賠償請求の場合,些細な過失では損害賠償責任が認められなかったり,重大な過失で責任が認められても,賠償額が制限されるという裁判例が多くあります。
社長 どうして過失があるのに損害賠償責任が認められなかったり,賠償額が制限されてしまうのですか。
弁護士 従業員は一定の賃金しか貰っていないのに些細なミスで大きな損害を負担させるのは酷であることや,事業に内在するリスクについては事業で利益を得ている会社が負担すべきであるという損害の公平な分担という観点からです。
社長 そういわれると100%従業員に負担させるのは酷な気もしてきました。今回の我が社のケースで損害賠償請求は認められるのでしょうか。
弁護士 御社の件と同じく従業員が居眠りによって機械を壊してしまった事案の裁判例では,作業中の居眠りは軽微な過失とは言えないとして従業員に損害賠償責任を認めましたが,賠償額としては
  1. 会社と従業員の経済力,賠償の負担能力に較差があること
  2. 会社が保険に加入するなどの損害軽減措置をとっていなかったこと
  3. 深夜勤務での居眠りに同情すべ事情があること
  4. 過去に居眠りで発生した物損事故で会社が損害賠償請求をしていなかったこと
  5. 既に懲戒処分を受けていること等を
考慮して会社が被った損害額の4分の1を賠償額として認めています。ですから御社の場合も全額の請求は難しく,相当額が制限されることになると思われます。

【給料との相殺】

社長 そうですか。では修理費用の全額ではなく,一部を負担してもらうように従業員と話し合ってみます。従業員が修理費用の一部を負担することに了承してくれたら,給料から差し引いて回収します。
弁護士 ちょっと待って下さい。労働基準法24条1項では賃金全額払いの原則が定められています。いくら会社が損害賠償請求権をもっているからといって,会社が一方的に従業員の給料から損害賠償額を差し引くこと(相殺)は出来ませんよ。
社長 そうなんですか。ではどうしたら良いですか。
弁護士 会社が一方的に給料と相殺することは許されませんが,従業員と会社との間で,損害賠償額について給料から差し引くという合意(相殺合意)をすれば給料から回収することができますよ。
社長 会社が一方的に給料から差し引くことは出来ないけど,従業員の了解があれば給料から差し引いても良いということですね。
弁護士 はい。従業員の真意に基づく合意が必要ですので,合意を強制してはいけませんよ。相殺の合意があることの証拠として相殺合意書を作成しておくと良いですね。

【退職後の請求】

社長 分かりました。
もし,従業員が退職してしまった場合には,退職した後でも損害賠償を請求することはできますか。
弁護士 はい。在職中に発生した損害について,従業員が退職した後でも請求することは可能です。ただ,退職後ですと,合意に基づいて給料から差し引く方法での回収が出来なくなりますので,回収が難しくなるかもしれませんね。
社長 そうですね。今後は,できるだけ従業員のミスが起こらないように会社の体制作りに力を入れます。
弁護士 すばらしいですね,応援します!