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【言わせてチョ】 ある夫婦の借金整理

中部経済新聞2014年1月掲載 
【言わせてチョ】 ある夫婦の借金整理

 昨年の夏の終わりころ,ある夫婦から,借金を整理したいという依頼を受けた。

 夫がけがで働けなくなってしまい,収入がなくなった。そのため,残りわずかとなった住宅ローンが払えなくなってしまった。少なくない金額の税金も滞納してしまっている。20年来住んできた愛着のあるマンションだが,これを手放して,負債を清算したいというのである。事情を説明する妻の隣で,夫は押し黙っていた。

 依頼を処理する中で,夫が住宅ローンを借り入れた際に作成された契約書などを目にした。20数年前に作成された金銭消費貸借契約書である。実印が押印され,緊張のためか,やや強ばった字体で夫が署名をしている。家族と暮らすマンションを購入するために,この先何十年にもわたって返済し続けなくてはならない金額の金を借りる,夫の覚悟が透けて見えるようだった。

 年末,ようやくマンションの買い手が見つかり,年をまたぐことなく,夫婦の負債を清算することができた。マンションの売買代金の決済には私も立ち会った。銀行で買主から代金を受け取り,引き替えに買主にマンションの鍵などを渡す。そのときの夫の表情は,様々な感情の入り交じった,何とも言いがたいものだった。

 これが,金を借りるということか。未だ若輩で,多額の借入れなどしたことがない私は,今回の依頼を処理する中で,この夫の姿を見て,そのように感じた。

 さて,ちょうどこの頃,報道で,借用証をヒラヒラと示す男の姿を見た。金額5000万円なり。先の夫が,愛着のあるマンションを手放してまで清算した負債のおよそ10倍の金額である。それにもかかわらず,その男の姿の,なんと浮ついたことか。彼の姿からも,彼が示す借用証からも,先の夫のような覚悟はみじんも感じられなかった。

 数名の家族を支えてきた男の姿と,1300万人の住民を支えるはずの男の姿。金を借りた男の姿と,金を借りたはずの男の姿。私は,そのあまりの落差に唖然としてしまった。

 彼の主張の真偽について,あえて申し上げることはない。しかし,あのように浮ついた姿を見せつけられては,彼に希望を託した人たちは立つ瀬がないだろう。先の夫は,そんな彼の姿を,どのような思いで見ていただろうか。