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秘密保持契約だけで大丈夫? ~特に海外取引には注意が必要~

中部経済新聞2012年8月掲載
秘密保持契約だけで大丈夫? ~特に海外取引には注意が必要~

弁護士 最近景気はどうですか。
社長 実は、我が社も製造を海外に委託しようかと思っているのです。コストが全く違うし、特にこのところ円高なんでね。それで、製造委託についての契約書を作っていただきたいのです。
弁護士 委託先はどんな会社ですか
社長 取引先の紹介なのですが、実はあまり詳しい情報が無いのです。うちとしても、製造を委託する以上相手方に製造上の秘密事項やノウハウを開示せざるを得ないと思うのですが、万が一のこともありますので、秘密保持義務等について契約書できちんと縛りをかけておきたいのです。
弁護士 なかなか難しい相談ですね。
社長 契約書を作るのは、得意じゃないのですか。
弁護士 もちろん得意ですよ。契約書は重要です。合意された内容が正しく反映されている必要がありますし、相手方に守らせたい点については個別的に明記しておく必要があります。ただ、こと秘密保持義務については、開示する秘密の重要性との関係で難しい問題があるのです。
社長 といいますと?
弁護士 契約書で厳しい秘密保持義務を課すことは可能です。しかし、相手方が秘密保持義務に違反した場合に、損害賠償を支払わせることしかできません。刑務所に入れることはできないのです。御社の企業秘密やノウハウが外部に漏洩した場合に被る損害は、損害賠償の支払いでカバーできますか?
社長 我が社の企業秘密やノウハウを盗まれたら、大変なことになります。損害賠償で済むという問題じゃありませんよ。
弁護士 そうでしょうね。また、損害賠償にしても、相手の会社が破産したら、それすらも取れないのです。
社長 契約書を作ることは必要だが、それだけで完全に秘密を守れるわけじゃない、ということですね。
弁護士 おっしゃる通りです。しかも今回は、相手が海外企業です。国によって法律も慣習も異なりますので、契約書を作る上では、どちらの国の法律を適用するのかとか、どこの国の裁判所で裁判をするのかなどについても取り決めておく必要があります。海外取引については、特定の第三国を指定して仲裁手続により解決する旨を取り決めておく場合も少なくありません。
社長 なるほど。しかし、外国で裁判をするとなれば、現地に出向いていただく旅費日当も相当かかりますね。
弁護士 いえ、私はそもそも海外では法廷に立てません。外国で裁判をするとなれば、その国で弁護士を探さなければならないのです。当然ながら、言葉の問題もありますし、費用もかかります。
社長 そりゃ大変だ。
弁護士 その意味では、海外企業との取引については、国内企業以上に相手方の信用状況などを調査しておくことが必要なのです。
社長 リスクは分かりましたが、さりとて弊社も海外での製造委託を考えないわけにはいきません。何か具体的なアドバイスはありませんか。
弁護士 資産のある、しっかりした会社を選ぶことが第一です。契約途中で破産されたらそれだけでも困りますからね。また、相手方の信用状況を考える上で、相手がどんな会社とどの程度の取引をしているかという点は、一つの目安になると思います。日本や海外の著名企業から仕事を受けているような会社であれば、御社とトラブルになることは他の取引先に悪影響を及ぼすことになりますから、秘密保持義務を含め、約束違反をする可能性は低くなると思います。
社長 そういう会社は、委託費用があまり安くないのですがね。
弁護士 その点は、リスクとコストは反比例しますので、やむを得ないと思います。また、全部の製造を委託するのではなく、ノウハウや企業秘密に関係しない部分だけの製造を委託し、ノウハウや企業秘密に関する部分は御社自身で作るという方法も考えられます。仮に現地企業に製造を委託するとしても、企業秘密やノウハウに関わる部分については、御社が管理する別棟の中で、御社の社員のみで最終加工するという方法です。
社長 ノウハウや企業秘密に関係する部分は相手方には開示しないということですか。
弁護士 そうです。ノウハウや企業秘密は、もれてしまったら取り返しがつきません。きちんとした契約書を取り交わすことは当然必要なことですが、本当に重要な企業秘密については、極力外部に流さない工夫が大切だと思います。
社長 それでは、もう一度製造委託の内容や委託先について再検討しますので、検討が終わり次第契約書の案を作って下さい。
弁護士 相手企業の概要が分かったらまた時間を取りますので、うち合わせしましょう。契約書では、将来紛争となる可能性のある点をきっちり押さえておく必要がありますからね。