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刑事弁護人日記(97) 保護観察付執行猶予中の犯行で実刑回避
会報「SOPHIA」令和5年5月号より
よりそい弁護士制度運営委員会 委員長
田 原 裕 之
昨年国選弁護人として担当した件です。
この被告人(22歳)は、保護観察付執行猶予中(前刑判決は、京都地裁で令和3年2月に、懲役10月、全部執行猶予3年、その間保護観察)に、窃盗事件を起こした。前刑判決言渡し後、親元ではなく名古屋のグループホームで支援を受けていた。再度の執行猶予の要件はない。
通常の感覚では、実刑ですね。
【実刑に処して問題は解決するか】
この被告人を実刑にして問題は解決するのだろうか。執行猶予が取り消され、さらに今回の件で実刑判決を受けると、2~3年くらい服役することになる。折角執行猶予期間中に支援を受けていたのに、2年間中断すれば、元の木阿弥になるだろう。
私は、弁論要旨で、「罰金刑を求める。現在の執行猶予は取り消すべきではない」と主張した。その中で裁判官に問いかけたのは、「執行猶予取消、今回の事件には実刑」でいいのかという点。
【驚いた判決】
判決言渡しは、令和4年10月5日。判決は、検察官の求刑(懲役10月)も「十分首肯でき、同種事案の量刑傾向とも合致する」とした上で、「刑罰よりも福祉的支援の継続による更生(特別予防)をより重視し、罰金刑を選択するのが相当」として、罰金刑を言い渡した。
この判決には、支援に当たっていた福祉関係者も、刑務所行きを覚悟していた本人も驚いていた。
私が判決書をもらって、びっくりしたのは、「出席弁護人」のところに「田原裕之(国選、よりそい弁護士)」と書いてあったことだ。
判決中に、被告人には支援体制が組まれ、今後の支援継続が見込まれる旨書かれている。私は、「よりそい弁護士として支援に加わる」旨を弁論要旨で述べた。弁護士会からもらったよりそい弁護士の決定書も弁号証として提出した。裁判所は見ていたのだ。逆に言えば、裁判所は、「罰金刑にするから、後の支援をちゃんとやれ」と私に言っている。
【公判手続中の工夫】
公判での工夫にも言及する。
第1回公判で、検察官立証までを終え、検察官立証終了を確認する。第2回公判の冒頭、弁護人の冒頭陳述を行った。冒陳では、弁護人が何を証明しようとしているかを自由に言える(立証に成功するかどうかは、結果なので構うことはない。また、冒陳自体は証拠ではないから伝聞法則の適用もない。弁論では証拠に基づかない弁論は禁止されるので、弁論より冒陳の方が言いたいことが言える。事前に検察官に開示する必要もない)。それを立証するため、証拠請求する。その中には、支援に当たっている人の証人尋問、更生支援計画書(前刑以後の支援経過、今後の支援予定)が含まれている。
【よりそい弁護士制度の刑事弁護への波及】
「よりそい弁護士制度」は判決後の元被告人への社会復帰支援活動を対象とする。しかし、判決後このような支援をする、と訴えることは判決にも影響する。執行猶予判決を言い渡す事情の一つとして取り上げられた例、弁論再開してよりそい弁護士に関する立証を行い、執行猶予判決を受けた例がある。無罪を争うような刑事弁護活動ではないが、こういう活動も刑事弁護人としてなすべきことだと考えている。