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窃盗癖のある高齢者の控訴審弁護活動

刑事弁護人日記(96)
窃盗癖のある高齢者の控訴審弁護活動

会報「SOPHIA」令和4年12月号より

会 員 森 下 泰 幸

 先日、控訴審の国選弁護人として窃盗癖のある高齢男性の弁護を担当し、再犯防止のための環境調整等をした結果、原判決(実刑判決)が破棄されて執行猶予付判決を受けることができましたので、ご報告いたします。

 まず、刑事事件記録を謄写して事実関係を確認したところ、被告人は、86歳男性、一軒家(持ち家)で一人暮らし(妻には16年前に先立たれており、一人息子は遠方に居住)、ステージ4の膀胱癌で、1か月に一度の通院治療中、足腰も弱くなっているため、在宅起訴されており、服役した場合、更なる体調悪化が懸念される状況でした。

 被告人の前科前歴を確認したところ、平成17年に妻に先立たれた後、一人でスーパーマーケットに買い物に行くようになり、その際、食材等をレジで精算せずに店外に持ち出して捕まるようになり、その後、暫くの間、前歴はなかったのですが、最近になって再び万引きをするようになり、遂に、平成31年に初めて起訴されて(在宅起訴)、執行猶予付判決を受けたものの、その後も万引きをして、令和3年に本件で在宅起訴され、原審で実刑判決を受けてしまったというものでした(なお、被告人は、高齢と病気を理由に、逮捕勾留されたことは一度もありませんでした)。

 被告人の自宅は、弁護人の事務所(小牧市)から電車と徒歩で片道2時間半近く要する場所にあり、事務所での打ち合わせは不可能でしたので、被告人の自宅を訪問して打ち合わせをすることにしました。

 当初、弁護方針としては、被告人に老人福祉施設に入所してもらい、再犯可能性がなくなったことを理由に、執行猶予付判決を求めようと考えました。
 しかし、被告人は、施設へ入所するために必要な要介護認定を受けておらず、自宅での生活を希望していたことから、施設への入所は断念せざるを得なくなりました。
 そこで、在宅のまま再犯防止のための環境調整をすることにし、被告人から「妻に先立たれた後、近所に住む女性看護師が、長年に渡り、食事を差し入れてくれたり、通院に付き添ってくれるなど、家族同様の交流をしている」と聞いたことから、その女性の協力を得ることにし、被告人の承諾を得た上で、その女性に全ての事実を打ち明け(女性は被告人の窃盗癖を知りませんでした)、その女性の全面的な協力を得て、再犯防止のための環境調整をしました(被告人が買い物に行かないようにするために、女性が被告人の買い物を一手に引き受ける、被告人が買い物に使用していた三輪自転車を処分するなど)。
 また、被告人の様子から、被告人が窃盗癖の原因の一つとされる前頭側頭型認知症に罹患している疑いがあったことから、被告人の通院に女性と共に同行し、医師に対して被告人の窃盗癖を打ち明け、脳のMRI検査を実施してもらったところ、「前頭側頭型認知症」との診断を得ることができました。
 さらに、女性の協力を得て、被告人について要介護認定を申請しました。

 以上のような環境調整等の結果を名古屋高裁刑事1部(吉村裁判長)に提出し、女性の証言も得て、執行猶予付判決を求めたところ、これを受けることができました。

 先日、女性から電話があり「今でも、被告人の買い物は全て私が代わりにしており、被告人は万引きをしていない」との報告を受け、ほっと一安心した次第です。