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児童向け推理小説家 ~村松由紀子会員~

連載 弁護士とオフ(57)
児童向け推理小説家 ~村松由紀子会員~

会報「SOPHIA」令和5年7月号より

会報編集委員会


 作家、小説家、物書き・・・なんとも憧れる響きですが、最近、児童向け推理小説を出版した会員がいるらしいと聞きつけて、早速取材に行ってきました。村松由紀子会員(60期)です。弁護士は書面を書く機会は多いですが、物語を作るというのはどういう感じでしょうか。どんなきっかけで始めたのか、どんな楽しさや苦労があったのか。これを読めばあなたも小説に挑戦してみたくなる!?

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■児童向け推理小説「二人と一匹の本格捜査ミステリー ①消えたボウリングボールの行方」(文研出版、令和4年10月発行)を執筆された村松会員。普段書面を書くことにはなじみのある弁護士でも、物語を書くとなると全く勝手が違いそうです。児童向け推理小説を書こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
 娘が推理小説を読むことが好きで図書館でよく借りていました。児童用の推理小説は高学年向けになると、設定や解決方法が現実離れしたものが多くなり、当時小学4年生の娘が読むのにちょうどいいものがありませんでした。そのことを夫に相談したところ、「それなら自分で書いてみたら」と勧められたので、せっかくなので書いてみようと思いました。夫には、以前、推理小説を書いてみたいと話したことがあったので、提案してくれたのだと思います。
■もともと小説家や本を書く仕事を目指していたことがあるのでしょうか。
 小さいころから本を読むのは好きで様々なジャンルのものを読んでいました。小説については大人向けの推理小説を書いてみたいという気持ちはありましたが、職業として小説家や文筆家を目指していたということはありません。今回も、夫からの勧めがなければ書いていなかったかもしれません。
■本書の内容は、小学5年生の男の子が、幼なじみの女の子と愛犬と一緒に、お父さんの働くボウリング場で起きた事件を解決するというものになっていますが、テーマや題材選びはどのように行ったのでしょうか。
 リアリティのあるものにしたかったので、事件の舞台は子どもたちにもなじみがあって日常の中にある場所にしようと思いました。その中で非日常的な要素も入れようと考えたときに、夫が大会に出るほどボウリング好きなので、夫に訊けばボウリングの専門的な部分も取り入れられると思い、この題材にしました。
■執筆にはどのくらいの時間がかかったのでしょうか。やっぱりホテルに缶詰になって疲れ果てて完成させた(イメージ)という感じでしょうか。
 大きな流れを考えた後、ある程度のところまでは、冬休みを使って3日間くらい集中して一気に書き上げました。
 その後、事件解決の場面を書く際には、大人が解決する方が現実的かなと思っていたのですが、娘に話すと、子どもが解決した方が面白いよ、とアドバイスされたので、リアリティを持ちながら子どもが解決できるように話の流れを修正して、完成させました。令和元年12月に書こうと思い立ち、完成したのはその2か月後の翌年2月でした。
■そんな短期間で!集中して完成させたのですね。出版については最初から決めていたのでしょうか。
 最初は、完成したらある賞に応募しようと思っていましたが、その賞は娘の趣味に合わなかったようで(笑)、断念しました。娘からは、出版社に直接持ち込むのがいいのでは、とアドバイスされましたが、最初は、そんなの無理だよと思い、なかなか決心ができませんでした。それでも、娘が後押ししてくれたので、しばらくは手つかずだったものの、完成してから数か月後に意を決して、出版社3社に原稿を送りました。伝手はなく、ホームページ上で「持ち込み原稿を受け入れる」としている児童書の出版社も数社しかなかったので、そこを選びました。
 3社のうち1社は最後まで全く反応がなく、1社は絵本を専門としている出版社だったので、ジャンルが合わないというお断りの連絡が来ました。最後の1社である文研出版からもしばらく音沙汰がなかったのですが、数か月経ってから、原稿が戻ってきました。私は断られているのではないかと思い、なかなか開封できずにいたのですが、ここでも娘からの後押しがあって開封すると、原稿に詳細な書き込みがあり、分量が足りないなどの理由で、このままでは出版できないが、もし良ければ書き加えるなどして、再度、送付して欲しいということでした。
 そこで、出版社の担当者の方と連絡を取り、そこから出版に向けての加筆作業に入りました。物語の中に、一般のお客さんには余りなじみのないボウリング場の機械室の中での場面が出てくるのですが、それはそのとき増やした部分です。ここでも、ボウリング場で働いていたことのある夫に教えてもらったり、夫の縁でボウリング場の機械室を実際に見せてもらったりして、リアリティをなくさないように気をつけました。
■加筆作業や出版社とのやりとりはスムーズに進んだのでしょうか。
 結局、出版社の担当者とは2往復くらいやりとりをしました。その後、完成したものが、出版社の企画会議を最終通過し、令和3年8月に出版が決定しました。
 その後、挿絵を描いてくれるイラストレーターや本全体のデザイン担当の方との打合せを重ねて完成になりました。イラストレーターの方は決まるのに少し時間がかかったのですが、最終的にイメージの合う方と巡り会えてとても良かったです。
 児童書の大きな販売先は図書館で、図書館に買ってもらうには季節感も大事らしいのですが、本書は冬休みが舞台となる話だったので、冬に向けて出版するのがいいだろうということになり、少し先の令和4年10月に出版となりました。
 出版社の担当者と色々やりとりする中で、出版社の方は乗せ上手だなと思いました。

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■本書の挿絵やデザインは優しい雰囲気で全体の世界観ととても合っているように思います。ところで本書の表紙には、「To be or not to be, that is the question.」 の文字があり、奥付ではシェイクスピアの「ハムレット」の有名なセリフで、トリックの暗示になっていると説明されています。ここでシェイクスピアの言葉を選んだのは理由があるのでしょうか。
 この部分は、出版社から何か英文でヒントになるようなものを書いて欲しいと言われて考えた部分です。実は、祖父がシェイクスピア文学の研究者で、これは祖父の好きな言葉の1つとして、子どものころに解説をしてもらったものになります。両親は理系の研究者で、私が文系の学部に進学を決めたときに少し寂しそうだったのですが、祖父は、私は小さいころから本が好きだったし文系で学ぶのがいいと思っていてくれたみたいです。当時、私は自分が選んだ進路に迷いがあったので、祖父がそのように応援してくれていたことがとても嬉しかった覚えがあります。
 今回、出版社の担当者から英文のヒントを考えてくださいと言われたときに、ふと祖父に教えてもらったこの一文が出てきて、内容的にも本書のヒントになりそうだったことから、これだ!と思って決めました。

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■お祖父様から教わった言葉をヒントにして本書に書いたというのは運命的というか、感慨深いお話ですね。さらに、ところでなのですが、本書の副題には「①」とあります。もしかして、続編の構想があったりするのでしょうか。
 児童向けの探偵ものの小説はシリーズ化するのが定番のようで、実は、本書も、出版前の段階で、シリーズ化することが決まりました。それに伴い、小学6年生の冬休みという設定を、続編も書けるよう小学5年生の冬休みに変更しました。
 シリーズ化が決まったときはもちろん嬉しかったのですが、もともと続編を考えていたわけではなく、そのときはネタも持っていなかったので、イラストレーターとデザイン担当者が2作目のデザインの話で盛り上がっているところや、実際に本書の「①」の文字を見たときには、少しプレッシャーを感じました。
■確かに小学校の図書室に並んでいた本もシリーズものが沢山あった気がします。2作目以降はどのようなテーマになるか決まっているのでしょうか。
 実は2作目については、大学の研究室での出来事を扱ったものを既に書き上げています。私の両親がともに研究者なので、なじみがあってリアリティを損なわずに扱えそうだったので、そこを舞台にしました。両親にも読んでもらい、描写に間違いがないか、アドバイスをもらっています。
 それ以降のテーマはまだ決まっていませんが、読者である子どもたちが楽しみながら新しい世界を知ることのできるものを扱いたいです。地下鉄等の乗り物系や、今テレビ局からの取材の話も頂いているのでその機会にテレビ局を取材してテーマにできたらそれも面白いと思っています。
■本書の話に戻りますが、執筆や出版にあたり、楽しかった点や工夫された点はどのようなところだったでしょうか。
 執筆自体が楽しかったです。弁護士としての普段の書面は、当たり前ですが、書く内容に制約があります。でも、小説では、自分が思い描く世界を自分の自由に表現できるので、そこがとても楽しいです。
 工夫したのは、最後に子どもたちだけで事件を解決するところです。リアリティのある話にしたかったので、証拠集め等についても子どもたちだけでできることを考えながら、執筆しました。他方で、せっかく愛犬を相棒にしているので、少しファンタジー的ではありますが、愛犬がピンチを助けてくれる場面等も入れました。あとは、後味を悪くしたくなかったので、あまり人を恨むような終わり方にならないように気をつけました。
 私も娘も推理小説を読みながら一緒に考えていくのが好きなので、本書も読者の方にそうやって読んでもらえたら嬉しいと思っています。
■反対に、執筆や出版にあたり、難しかった点や気をつけた点はどのようなところですか。
 ご都合主義の話にはしたくなかったので、専門的なところも注意しました。最終校正の段階で、夫の縁で知り合ったプロボウラー坂田重徳さんに読んでもらったところ、違和感がなく面白い!と言ってもらい安心しました。坂田プロには、帯のコメントも書いてもらい感謝しています。
 あとは、出版社から、子どもにとってためになる部分や教訓を入れて欲しいという話がありました。私としては、物語の面白さや楽しさが第一で、教訓めいたことは積極的には入れたくなかったのですが、出版社の言うことも分かるので、若干の修正をしました。
■弁護士としてのご自身の経験が、執筆に役立つことはありましたでしょうか。
 リアリティという意味では、自白だけで話が終わるのはもちろんダメで、捜査実務や証拠の観点は必須でした。その点で弁護士の経験はとても役に立ちました。
 巻末にある捜査ノート(話に出てくる専門用語の解説)は出版社のアドバイスでつけたものですが、弁護士としての知識をそのまま生かすことができました。
■本書を通じて読者に伝えたいメッセージのようなものはありますか。
 特にないです。むしろメッセージの押し付けにならないにようにしたいと思っています。もちろん結果として、心に残る場面があったり、本書をきっかけにボウリングや弁護士等に興味を持つきっかけになったりすれば、著者としてこんなに嬉しいことはありません。
■出版後の周囲や読者からの反応はいかがでしたか。
 家族は、両親も含め、とても喜んでくれました。夫と子どもとは書店に並んでいるのも見に行きました。
 友達も本書を読んでコメントをくれたりするので、嬉しいです。
 とても驚いたのが、ブログで本書の書評を書いてくださった方のコメントです。リアリティと物語の面白さのバランス、2人だけでなく1匹も活躍する展開、人を憎まずという話の終わり方等、私が意識していたことや大切にしていたことが的確に指摘されており、びっくりしました。全然知らない方なので、伝えようもないのですが、「そのとおりです。ありがとうございます!」という気持ちです。

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■最後に、少し話が変わって、最近はChatGPTのようなAIが小説を書いたりしていますが、どのように思われますか。
 AIの進化はすごいと思いますし、場面によってはとても有用だと思います。ただ、物語については、まだまだ人が書いた方が面白い作品が作れると思っていますし、私自身もそういう作品を書きたいです。

 村松会員のお話からは、日常の弁護士業務とはまた別の楽しさや大変さを感じました。娘さんとのふとしたやりとりから実際の出版まで進んだのは、村松会員がもともと持っていた執筆への情熱があればこそだと感じました。今後続編も出版されるということですので、小学校の図書室にシリーズ本がずらっと並ぶのも遠くない未来かもしれません。村松会員のご活躍、楽しみです!