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連載 弁護士とオフ(55)

会報「SOPHIA」令和5年3月号より

東京女子大学バスケットボール部監督~村松祐哉会員~
会報編集委員会

 令和4年に第一東京弁護士会から当会に登録換えをした村松祐哉会員(73期)が、名古屋に転居後も東京女子大学のバスケットボール部の監督を務めているらしいという情報を聞きつけ、お話を伺ってきました。「SLAM DUNK」の桜木花道のイメージから、バスケットボール(以下、「バスケ」)は体力と勢いでやるスポーツだと思っていたバスケ未経験の会報子は、バスケが戦略のスポーツだということを知り、まず驚き、さらに村松会員のバスケ愛にも圧倒されました。

■どのような経緯で東京女子大学(以下、「東女」)のバスケ部の監督に就任されたのですか。
 大学入学後、部活などの指導をするために必要なライセンス(1)を取得して、母校の高校のバスケ部のアシスタントコーチをしていました。大学2年の秋口に、知人から、東女の監督をしていた大学生が就職で退任予定なので後任になってもらえないかという話があり、お引き受けしました。
■監督に就任して7年ほど経つということですね。村松会員ご自身もバスケをやっていたのですか。
 はい。小学校2年生の時に、上級生がミニバス(2)をやっていたのを見て楽しそうだなと思い、地元のクラブチームに入りました。昭和50年代から続く歴史のあるチームで、OBに篠山竜青選手(3)がいて、当時300チームほどあった神奈川県でベスト4にもなったことがある強いチームでした。
 そのクラブチームの女性の監督がすごく怖くて(笑)。本業は小学校の先生で、生活の規律や保護者の応援ルールなども徹底しておられ、きちんとした方だというのは今となればよく分かるのですが、小学生の頃は、あまりに怖くて、練習の時以外はバスケのことを考えたくなかったです。

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(写真 小学生時代の村松会員(白ユニフォーム))

 中学校では学校のバスケ部に入りました。クラブチームの時の仲間もいて強いチームでした。
 高校は、強いチームではなかったので、全国大会出場等の実績はありませんが、小学校、中学校とそこそこ強豪チームに所属していたこともあり、チームの中心的選手としてプレーすることができました。
 高校までいろいろな役割をやって満足したのと、大学に入って部活でまでバスケをするつもりもなく、かといってサークルでは物足りないだろうと思ったので、大学に入ってからは、母校の指導をするのみで、自分でプレーはしていませんでした。
 今は、当会のバスケ部に所属し、時間が合うときにプレーを楽しむことはあります。
■恥ずかしながら、バスケは5人でやるスポーツというくらいしか知識がないのですが...野球やサッカーのようにポジションが決まっているのですか?
 ポジションはありますが、野球やサッカーと比べると緩やかですし、その時々の流行りの戦術などによってもポジションの役割が変わります。私は、小学生の頃から、ポイントガード(4)というポジションでプレーしていました。ポイントガードをやるようになったきっかけは、小学生の頃背が小さく、それでもできるポジションだったからです。中高になって背が伸びても(今は178㎝)、これまでの経験があるので、引き続き担当していました。
 一般的には、ポイントガードの他に、シューティングガード、スモールフォワード、パワーフォワード、センターというポジションがあると言われます。シューティングガードやスモールフォワードがそのチームの「エース」であることが多いです。ちなみに、八村塁選手(5)はパワーフォワードです。
■得意なプレーはありますか。
 パス、ドリブル、ディフェンスが得意で、シュートが苦手です。
 それは、小学生の頃に所属していたクラブチームがディフェンスを大切にしていて、守りからチームを作るという発想を叩き込まれてきたからだと思います。私は監督からずっと相手のエースの目の前に立ち塞がって動きを封じる役割をするよう指示されていました。私のディフェンスによって相手が困っている顔をしているのを見るのが楽しかったんです(笑)。
■敵に回したくないです...(笑)。ところで、自分でプレーするのと監督をするのとはやはり違うのですか。
 全然違います。今は、自分でプレーするよりも監督の方が楽しいです。
 自分がプレーしていると、ゲームを俯瞰的に見ることはできませんが、コートの外からだと、どこにボールを回すとスムーズに攻撃できるなど、どのようにゲームを展開すべきかがよく分かり楽しいです。
 かつて、自分がプレーしているときに、監督から、「走れ!」と言われて、内心、(もう走っているんだけど!)とイラッとしたことがあったのですが、今、監督の立場になってみると、どのスペースに走り込まなければならないか、どのようにボールをつなげばチャンスが生まれるのかがよく分かります。監督が「単に」走れ!と言っていたのではなく、「どこに」走れ!と言っていたのか理解できていなかったことが分かり、監督ごめん、と思いました(笑)。
■試合の勝敗は監督の戦術による部分は大きいのですか。
 私の感覚では、試合の9割はチームの実力や練習量で、残りの1割が戦術で決まります。しかし、その1割でゲームの勝敗が決まることは結構ありますので、戦術は重要です。負けたゲームでは、このチームに自分が立てた戦術が合っていなかったり、タイムアウトのタイミングが悪かったりが原因なのではと反省したりします。
■戦術はどうやって学ぶのですか?
 JBA(6)の講習会に出たり、プロを引退した選手が行っているオンラインのバスケットボールクリニックを視聴したりして学びます。プロの試合を見るのも勉強になります。たとえば、NBA(7)は戦術のトレンドをいち早く取り入れています。ですが、プロの戦術を身体能力の劣る学生のゲームにそのまま取り入れてもうまくいきませんので、何を取り入れるかを考える必要があります。
■ところで、東女のバスケ部はどのようなチームなのでしょうか。
 今は、部員は全部で10数名です。サークルに入る学生が多く、部活に入る学生はそこまで多くありません。
 高校までにバスケの経験のある学生がほとんどですが、全く未経験の学生もいます。

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(写真右上が村松会員)

 今、東女のバスケ部は、関東大学女子バスケットボール連盟(以下、「連盟」)の4部に所属しています。連盟は、1部から4部まであり、1部・2部はスポーツ推薦で大学に入学する学生を集めた強豪の大学ばかりです。スポーツ推薦の学生がいない大学は、3部に上がるのが目標です。東女は、昨年度のリーグ戦で4部Bブロックの3位でした。2位以上だと、3部との入替戦に向けた試合に挑むことができますので、惜しいところまで行ったという感じです。
 3部・4部だと、監督やコーチがいても、常に練習を見ているわけではない学校も多いです。
■練習はどのくらいの頻度で行っているのですか。その際の監督の役割はどのようなものですか。
 練習は週に2~3回、平日は18時から20時、土曜日は9時半から13時頃まで行っています。
 経験者が多いので、練習メニューを作り、技術的に不足しているところや試合をしていく中で考えて欲しいことを伝えたりするのが監督としての私の役割です。全くの未経験の学生には、基本から技術を教えたりもしました。
 監督に就任したばかりの大学生当時は、基本的に練習には毎回顔を出していました。私の大学から吉祥寺にある東女までは1時間30分近くかかりましたので、練習のある平日は夕方がほぼ潰れていました。
 司法試験に合格し、司法修習生(実務修習地は三重県津市)だった時期は、ちょうど新型コロナウイルスの影響で部活動が中止になった時期でした。就職して東京に戻ってから、部活も徐々に再開したので、練習のある土曜日には、顔を出すようにしていました。
■その生活でどうやって司法試験の勉強時間を捻出していたのか不思議です...名古屋に転居してからは、監督としてチームにはどのように関わっているのですか。
 私が名古屋に転居した昨年からは、早稲田大学の学生(現在3年生)のコーチに入ってもらっています。私は平日の練習には顔を出せませんので、普段はコーチに練習内容などは任せています。
 今も土曜日に少なくとも月に1回は練習に顔を出しますし、試合には必ず行きます。連盟のリーグ戦のときは、土日両方試合がありますので、土曜の朝に名古屋を出て、日曜の夜に戻ります。去年までは、コーチより年上の選手もいてコーチが強めの指示を出しづらい状況でしたので、試合での指示などは私が全て出すようにしていました。
 なお、妻と出会う前から東女の監督をしていましたので、妻からは、東京に月1で行くことも、試合の時には土日不在なことについても、今のところ特に不満を述べられたことはありません(笑)。
■月1で東京に行かれているのですか!ちなみに交通費等は大学から出るのですか?
 残念ながら、出ません(笑)。
 対外的には私が監督として登録されていますし、大学への入構証も受け取っていますが、大学との有償での契約関係があるわけではないので、監督としての報酬はもちろん、交通費などの実費も受け取っていません。ちなみに、部費は学生から徴収して学生の経理担当が管理していますが、どうしても足りないという時には私が出すこともありますし、大会後の打上げの際の飲食費も私が支払っています(笑)。
■ですよね...弁護士業務が忙しい中、時間のみならず自腹を切ってまで監督を続ける理由はどこにあるのでしょうか。
 やはり、学生のバスケ選手としての成長を感じるのがとても楽しいからです。選手たちには、先ほど述べたように、バスケはチームの実力や練習量でほぼ決まるので、練習量が違う強豪校に正面からぶつかっても勝てない、それをカバーするために頭を使ってプレーをするのだという話をしています。私の意図が伝わって、コートの中で、選手たちなりに頭を使いながらプレーしているのが分かると、この試合は任せていいなと思えてとてもハッピーです(笑)。
 今年のチームは、バスケ的に賢い子が多く、意図が伝わっている手応えがあります。
■学生たちにはどのような指導をしているのでしょうか。
 先に述べたように、私のバスケの原点は、小学生の時にディフェンスを大切にして、守りからチームを作るという発想を叩き込まれたことにあります。ですので、練習としては、いろいろな場面に応じたディフェンスの練習を指示することが多いです。地味な練習が多いと思います。
 また、最後にゲームに勝つ、勝たないは気持ちの部分も大きいと思いますが、それはあくまで最後の最後ですので、試合でも練習でもあまり精神論は言わず、何か指摘をするときには根拠を伝えて話をするようにしています。体幹のトレーニングといった基本的なことはもちろん、男女で身体のつくりが違うことによる注意点、例えば女子は膝の靱帯を切りやすかったりするので、重心の使い方などが気になる学生には意識してつま先より膝が前に出ないようになどのアドバイスをしたりすることもあります。アドバイスの仕方や内容なども、戦術と同様、指導者向けの講習やオンラインで動画を見たりして学んでいます。
■部活以外の学生生活について学生と話をしたりすることはあるのでしょうか。
 大学生なので、中高の部活の先生のような生活指導のようなことは言いませんが、単位は落とすな、就活はちゃんとやれよ、というようなことは言います。
 試合後の打ち上げなどに、私から声をかけることはありませんが、誘われたら行くようにしています。私自身は監督と一緒に食事に行くなんて絶対嫌でしたので、なんで誘うんだろうと思っていますが(笑)。ディズニーランドに行くから一緒に行こうと誘われて行ったこともあります。
■学生たちにもとても慕われているのですね
!とはいえ監督は責任が重くストレスがたまりそうですが...。
 私にとっては、監督をすることは、バスケの戦略を立て、それを実行することに没頭できるので、ストレスにはなりません。むしろ、仕事との切り替えができて、良いストレス解消になっています。
■さすがコート上の監督と言われるポイントガード出身ですね!監督をやってきたことが弁護士業務に生きたことはありますか。
 特に弁護士業務とのリンクを考えたことはありません。ですが、7歳から20年間バスケをやってきていて、バスケが生活の一部になっていますので、バスケで培われたものが総体として私の人間性となっていると思います。ですので、間接的に、バスケや、バスケの監督をしてきたことが仕事への姿勢や物事のとらえ方、考え方にも影響を与えているかもしれません。
■お仕事もますます多忙になると思いますが、これからも監督を続けていくのですか。
 JBAのコーチライセンスは毎年更新が必要なので、年に数回の講習(現在はWeb中心)を受けて更新しています。そこまでするのはバスケに関わるのが楽しいからです。仕事や家庭との両立ができる限り、これからも続けていきたいと思っています。
 バスケを全く知らない会報子にも分かるよう、具体例なども挙げて分かりやすく教えていただき、当初のバスケに対するイメージはがらりと変わりました。
 また、マニアックなバスケの戦略話等から村松会員のバスケ愛の深さも垣間見ることができました。ありがとうございました。

1 JBA公認E2級コーチライセンス(現在はC級ライセンス)
2 ミニ・バスケットボールの略称で、小学生を対象としたバスケットボールのこと。バスケットボールと比べて、試合時間が短い、ゴールが低い、ボールが小さい、出場時間や交代についてのルールが異なる、スリーポイントシュートやバックパスがない等の違いがある。
3 川崎ブレイブサンダース所属のプロバスケ選手。
4 チームの司令塔で、ゲームをコントロールする役割のポジション。コート上の監督とも言われており、判断力はもちろん、バスケIQの高さも必要とされる。
5 日本人史上初めてNBAドラフトで1巡目指名されたプロバスケ選手。ロサンゼルス・レイカーズ所属。
6 公益財団法人日本バスケットボール協会。
7 National Basketball Associationの略。北米の男子プロバスケットボールリーグ。