愛知県弁護士会トップページ>
愛知県弁護士会とは
>
ライブラリー >
シンポジウム第3分科会
日本の社会保障の崩壊と再生
―若者に未来を―
シンポジウム第3分科会
日本の社会保障の崩壊と再生
―若者に未来を―
会報「SOPHIA」 平成30年 10月号より
貧困問題・多重債務対策本部 委員 久野 由詠
第3分科会では「日本の社会保障の崩壊と再生―若者に未来を―」を開催しました。
1 第1部:講演と報告
(1)本田由紀さんの基調講演
第1部は、東京大学大学院教育学研究科教授の本田由紀さんの基調講演「日本社会の課題にどう立ち向かうか」から始まりました。直近の貧困率の低下がまやかしであること、ブラック企業が「組織・集団への一体化」と「やりがい搾取」により成り立っていること、日本の就学前教育と高等教育に対する公財政支出がOECD加盟国中最下位であること、所得による教育機会の格差が国民に容認されてしまっていること、日本の若者の自己肯定感の低さ等について、豊富なデータに基づき分かりやすくご説明いただきました。本田さんのお話は、若者にとって生きづらい社会が放置され、政策によって分断が作られ利用されていることへの憤りをにじませながらの、迫力ある熱弁でした。
(2)基調報告
兵庫県弁護士会の阪田健夫弁護士より、「『自己責任』論が若者に及ぼす影響」をはじめとする日本の若者の現状報告、若者の社会参加の権利の説明、実行委員会からの提案である「若者が未来に希望を抱くことができる社会保障と労働のグランドデザイン」が示されました。グランドデザインの3本柱は、①最低賃金引上げと同一価値労働同一賃金の実現による賃金格差是正と人間らしい労働の保障、②受益者を選別することのない「普遍主義」の社会保障の実現、③所得再分配機能を果たす税制度の構築です。
(3)海外調査報告
鳥取県弁護士会の房安強弁護士より、5月のイギリス、6月のスウェーデンの各調査について、社会制度と財政、若者の政治参加を中心とする報告がなされました。イギリス調査報告では、サッチャー政権以来の緊縮政策に対抗する動き、具体的には①反緊縮運動団体であるPeople's Assembly Against Austerityの役員の「富裕層課税の強化により社会保障財政を賄い、拡大し続ける貧富の格差の縮小を図ることこそ中間層の支持を得られる」との発言、②不公平税制の是正を唱える専門家集団Tax Justice Network代表のクリステンセン氏の「行き過ぎた金融化が富の偏在や格差拡大をもたらし、社会的な結束や民主主義が危機に陥る」との指摘、③コービン氏を労働党党首に引き上げた若者団体Momentum創設者の「『社会をより良くしたい』という希望をもった運動こそが持続する。政党に依存せず、むしろ政党に働きかける運動が重要」との発言、④調査団も参加したメーデーデモでの「労働者の尊厳・連帯、最低賃金10ポンド」の訴え等が紹介されました。スウェーデン報告では、中央学習補助委員会(学習中の生活費援助を担う政府機関)、与党である社会民主党国会議員、学校選挙本部(4年に1度の総選挙時に中学と高校で行われる模擬選挙の実施団体)、若者の余暇活動センター等への訪問・面談を通じて学んだこととして、普遍主義的福祉政策と積極的労働政策の背景には、徹底した民主主義教育と、多様な余暇活動を通じて連帯精神を体得する環境があることが説明されました。
2 第2部:若者未来サミットin青森
私は、福井弁護士会の堺啓輔弁護士と共に、第2部のコーディネーターを担当しました。登壇した若者は、青森・東京・静岡・浜松の学生と社会人の総勢12名に加えて、スウェーデンで余暇活動団体「若者の家」の運営に携わっているBenjamin君(19歳)とDavid君(17歳)。このサミットは、スウェーデン調査で話を聞いた2人から、私達の帰国後に「皆さんの日本の若者のための活動に共感した。『若者の家』の活動紹介など、日本の若者のために協力したい。来日費用は市に補助金を申請する等して自分達で努力する」とのメールをいただいたことがきっかけでした。
サミットにて、日本の若者からは「同調圧力の中で育ちながら、高3で突然選択を迫られる」「失敗や変更が許されず、一生が決まる就活に必死」「夢よりも安定を優先」「転職するほど条件は悪化」「学費と生活のために始めたバイトがブラックで身体を壊したが、自分が辞めたら店長が過労で死ぬと思い辞められなかった」「今の状況は全て自分のせい。自分が無価値であることが怖い」「高い学費を払ってもらったのに落ちこぼれて親に申し訳なく、社会の役に立たなければと必死」「レールから外れてしまった自分に絶望して引き籠もりになった」といった発言。進行役でありながら胸が潰れる思いでした。スウェーデンの2人からは「大学入試はなく、高卒後は1~2年働いてやりたいことを見つけてから進学するのが一般的」「転職は経験と視野が広がるのでプラス」「過度な競争はなく、若者の時期は友人と交流して人間として成長する」「社会から得られるものを考えれば、税金が高いとは思わない」「困ったときのサポートは必ずある」といった発言。これを受けてスウェーデン視察に行った静岡の学生2人から「スウェーデンと日本とでは権利と義務の関係が逆。スウェーデンではまず自由と権利があり、大人になることを国が全力でサポート。だから大人になって還元しようってなる。日本では子どもの頃から『義務を果たしたら権利がある』という感じ」「スウェーデンは社会が生きてるけど、日本は社会が死んでる」と...。まとめとして、日本の若者に「生きづらい社会」を変えるために望むことを尋ねると、「ありのままの自分でいることが認められる社会になってほしい」「試行錯誤する時間と経済的保障が必要」「若者は社会に関心がないわけではないが、若者の声を届ける継続的な場が必要」「若者を信じて任せてほしい」といった具体的で積極的な声が上がり、スウェーデンの2人からは「レールに縛られている話が沢山出たが、ここにいる皆はレールから離れて頑張っている勇気のある人。諦めずに、一緒に続けていこう」とエールをいただきました。
3 第3部:パネルディスカッション
第1部講師の本田さん、慶應義塾大学経済学部教授の井手英策さん、都留文科大学名誉教授の後藤道夫さん、元SEALDsの諏訪原健さんの4人のパネリスト(コーディネーターは京都弁護士会の尾藤喜弁護士)による議論では、諏訪原さんが若者の立場で第2部を引き継ぎ、井手さんから不公平税制の是正・低所得者への保険料減免と消費税増税のベストミックスによる普遍主義的福祉サービス実現の重要性が、後藤さんから保険主義偏重の是正と最賃引き上げが急務であることが述べられました。最後に本田さんから、税制改革は国民の納得が不可欠であり、日本の状況改善のためには労働組合の再興と根深い「エイジズム(年齢差別主義)」の克服が不可欠であることが付言されたことも印象的でした。