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~立憲民主主義を担う「市民」が育つために~

シンポジウム第2分科会 主権者教育における弁護士・弁護士会の役割
~立憲民主主義を担う「市民」が育つために~

会報「SOPHIA」 平成28年10月号より

会 員 細 溝 耕太郎

1 はじめに

 10月6日、福井市のフェニックス・プラザ小ホールにて、標題のシンポジウムが開催され、500名以上の多数の参加があった。本シンポジウムでは、選挙権年齢が18歳以上へと引き下げられたことを契機に注目を集めることとなった主権者教育について、そもそも主権者教育とは何か、「政治的中立性」とはどのようなことに配慮すべきか、主権者教育における弁護士・弁護士会の役割とは何かといったテーマについて、基調講演、基調報告、パネルディスカッションが活発に行われた。また、本シンポジウムの中で、高校生対象の主権者教育をテーマにした提案授業が壇上で行われる場面もあった。

2 基調講演Ⅰ

 「主権者教育と立憲民主主義」と題する東京大学法学部教授宍戸常寿氏による基調講演が行われた。同氏からは、そもそも主権とは、複合的・立体的に理解すべきであると提言された。そして、今まで行われてきた法教育と主権者教育は、いずれもシティズンシップ教育の一部をなしており、内容・手法ともに密接に関連していると指摘された。そして、教育現場において主権者教育を行うにあたって、弁護士はファシリテーターとしての役割が期待されると言及された。最後に、政治的中立性については、民主主義社会においては、あらゆる問題が「政治的」たり得る以上、教育目的からの整理が必要ではないかと提言された。

3 基調報告Ⅰ

 「ヨーロッパ視察等報告」として、ドイツ視察報告、イギリス視察報告、東京国際フランス学園訪問報告がなされた。中でも、政治教育に熱心に取り組むドイツには、「連邦政治教育センター」という機関が存在しているという報告が印象的であった。

4 基調講演Ⅱ

 「ドイツにおける政治教育の在り方」と題するカールスルーエ教育大学教授ゲオルグ・ヴァイセノ氏による基調講演が行われた。同氏は、まず、学校教育において政治課題を取り上げることの意義に関し、「学校において進行形の政治の動きを取り上げずにいるという態度は、生徒の体験領域を制限しようという企てであ(る)」とし、「『政治』の授業の使命は、政治についての意見を形成されることではない。(日々の)政治の出来事の関連を客観的に記述することが、使命なのだ」と提言された。そして、「政治のことをよく分からない者は、政治家の言うことを真に受け易い。ドイツでは、客観的に情報を処理すること、そして啓蒙という役割が、学校に与えられているのだ」と指摘された。

 その後、同氏は、ドイツにおいても1970年代に政治教育をめぐる政治的争いが生じたことはあったが、政治教育における圧倒の禁止、論争性のあるものは授業においても論争性があるものとして取り扱わなければならない等の基本的なルールが定められたボイテルスバッハ・コンセンサスという行動規範の登場によって、上記政治的争いは終焉を迎え、上記コンセンサスは、今日に至るまで受け容れられている旨説明された。

 最後に、同氏は、政治教育は、公共の政治問題を理解し、できることなら参画しようとする場合に必要となる知識、能力、態度を伝えんとするものであると提言され、「民主主義者は、勝手に降って湧いてくるものではない」というドイツの法諺を紹介された。

5 提案授業

 まず、福井県立勝山高等学校1年生1クラスが会場の壇上に上がり、その場で、同校教諭の二丹田雄一氏による「死刑制度の是非について」と題する授業が行われた。同授業は、4時限構成となっており、生徒達は第1、2限で資料を読み込み、第3限でグループ協議を行い、今回の授業が第4限にあたる。今回の授業では、生徒達が死刑「存置」派と死刑「廃止」派に分かれてそれぞれその論拠を述べた後、対立する立場の生徒に対して様々な質問や意見を投げかけていた。

 次に、福井市明道中学校3年生に向けて行われた授業のビデオ上映があった。

 同授業では、あえて弁護士が直接関与しない授業構成となっており、福井弁護士会にて制作された「アリとキリギリス」を題材にした創作劇(授業の中でビデオ上映)を見て、アリたちがどのように行動すればよいか、どのようなルールを設けるべきか等を生徒達に考えさせることで、憲法を頂点とする法の支配、民主主義社会における立憲主義の重要性、基本的人権の尊重等について理解(体感)させようというものであった。

6 特別報告

 「新学習指導要領(平成30年度版)の方向性と実施上の課題」と題する福井大学学術研究院教育・人文社会系部門教授橋本康弘氏による特別報告が行われた。同氏からは、新学習指導要領では、社会的事象(社会における論争問題)を多様な視点(概念や理論)に着目して捉え、課題解決のための選択・判断ができる資質・能力を育成すべき、という点が特に重視される見通しであるとの報告があった。

7 基調報告Ⅱ

 「主権者教育において活用できる弁護士会の活動」と題して、村松剛弁護士、春田久美子弁護士、根本信義弁護士より基調報告が行われた。報告の中で、論拠を基に議論する力を育成するためトゥールミン図式を活用することが有用であるとの報告があった。また、当会を含む各地のプレシンポジウムの実施経過についても報告がなされた。

8 パネルディスカッション

 前出の宍戸氏、ヴァイセノ氏、橋本氏、二丹田氏に加え、立命館宇治高等学校教諭杉浦真理氏をパネリストとして、「あるべき主権者教育と弁護士会の関わり」をテーマにしたパネルディスカッションが行われた。

 パネルディスカッションでは、様々な意見交換が行われたが、教育現場で特に懸念の声が上がっている「政治的中立性」の問題について、ヴァイセノ氏からは、ドイツでは、教員が自分自身の政治的意見を伝えること自体は禁止されておらず、意見を押しつけることがNGとされていると説明された。これを受けて、橋本氏からは、授業目的や授業の方法等を丁寧に準備し、進めていくのであれば、過剰な抑制までは必要ないのではないかとのコメントがあった。また、宍戸氏からは、「教員」という地位を利用した思想等の押しつけが許されないという外縁を明確にすることが重要ではないか、との発言があった。さらに、杉浦氏からは、「政治的中立性」という言葉によって、教育現場において、現実の政治的な課題を授業で扱うこと自体を避けようとする萎縮効果が生じないような施策が必要であるとの発言があった。なお、コーディネーターの野坂佳生弁護士からは、当会の活動について特別に触れられる場面もあった。具体的には、当会において、出前授業に複数の弁護士を派遣し、各弁護士からそれぞれ対立する意見を生徒に伝え、生徒に深く考えてもらう取組を行っているとの紹介がなされた。

9 さいごに

 本シンポジウムに参加することで、「政治的中立性」という言葉が一人歩きし、かえって主権者教育を実施することへの弊害にならないよう対策を講ずることの重要性を実感した。