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子どもの事件の現場から(149) 虐待被害を乗り越えて

会報「SOPHIA」 平成27年11月号より

会員 兼子 千佳

 私が初めてAさんに会ったのは彼女が18歳の春でした。父親から虐待を受けて保護された彼女は、年齢よりもずっと幼くみえました。悩みに悩んだ末の被害申 告であったにも関わらず、被害を申告したことに激怒した母からも見捨てられ、家を追い出された彼女は、帰るところがなく、縁あってステップハウス「ぴあ・ かもみーる」で生活をすることになりました。私は、多田元会員、北川喜郎会員と共に、パートナー弁護士として彼女を応援することになりました。

 ぴあ・かもみーるでは、いわゆる「普通の生活」を経験しました。みんなで食卓を囲んで温かいご飯を食べるということさえ、Aさんには生まれて初めての経験でした。

 Aさんは、ぴあ・かもみーるで生活をしている限りは、笑顔を振りまいたり、時にわがままを言ったり、他の子達に家族の話をしたりするので、彼女が虐待を受けてきた子であることを忘れそうになる瞬間もありました。

 しかし、Aさんは、一人では買い物をしたことも、 電車に乗ったこともありませんでした。一緒に出掛けた際に、彼女が小銭を握りしめて「切符の買い方が分かりません。」と言ったり、「そんな格好じゃ寒いか ら上着を着ておいで。」と言う私に、目を丸くして「そんなこと初めて言われた。中学校でも制服の下は冬でもキャミソールしか着ていなかった。」と言った り、彼女と関わる中でのふとした瞬間に、彼女が受けてきた被害の重さを実感することが何度もありました。

 Aさんには、しばらく休憩をして心と体を休めても らいました。その間に、ぴあ・かもみーるで毎日課題を自分で決めて、お菓子作りをしたり、編み物をしたり、スポーツをしたりしました。よい経験になったよ うで、最初は料理本の漢字も読めなかった彼女が、いつの間にか本格的なケーキを焼くようになっていました。ケーキの出来映えを褒められる経験も、彼女の力 になりました。

 その後、ボランティア活動、職業体験と経験を積み、アルバイトができるまでになりました。スーパーでアルバイトをするときには、一生懸命野菜の名前を漢字 で覚えました。様々なサポートを受けて生きていくために、療育手帳も取得しました。Aさんは、仕事をして少しずつ社会勉強をしながら、成長していきまし た。

 20歳になり、ぴあ・かもみーるを旅立ったAさんは、グループホームを経て、最近独り立ちしました。

 ぴあ・かもみーる卒業後も、Aさんの人生は必ずしも順風満帆ではありません。今でも、父母から金を請求されて悲しい思いをすることもあります。しかし、この数年間で知り合ったたくさんの支援者たちに支えられながら、Aさんなりに前に進んでいます。

 先日、はじめて彼女の家に行きました。

 私にお茶を出し、嬉しそうに今の生活を語る彼女は立派に成長した大人の顔になっていました。鍋には肉じゃがが入っていました。買い物もしたことがなかったAさんが、スーパーで食料品を買って料理をしているのかと思うと感慨深いものがありました。

 恋もしているAさんは、今は彼氏と結婚式の資金を貯めているそう。帰り際、「結婚式には呼んであげるね。絶対きてね。」と笑っていました。