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「女性と労働-生み育てながら安心して働ける社会をめざして-」開催

日弁連第58回人権擁護大会プレシンポジウム
「女性と労働-生み育てながら安心して働ける社会をめざして-」開催

会報「SOPHIA」 平成27年10月号より

両性の平等に関する委員会 委員
岡村 晴美

1 はじめに

 9月26日、鯱城ホールにおいて、当会主催のシンポジウム「女性と労働-生み育てながら安心して働ける社会をめざして-」が開催された。10月1日、2日に千葉県幕張市にて開催された日弁連第58回人権擁護大会の第1分科会が「女性と労働~貧困を克服し、男女ともに人間らしく豊かに生活するために~」をテーマとしたことから、そのプレシンポジウムとして、本シンポジウムが開催された。

2 基調講演「激変する女性の就労環境」

 基調講演は、若者の労働問題、女性の就業継続などの問題にライフワークとして取り組んでいる小林美希さんを講師に迎えた。小林さんは、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部を経て、2007年よりフリーとして活動する労働経済ジャーナリストである。働く女性がおかれている具体的な日常風景が、いくつものシーンとして切り取られて報告されたが、どのシーンをとっても安心とはほど遠い過酷な実態が明らかとなった。

(1)非正社員の激増

 雇用の規制緩和が進み、今や女性の6割が非正社員となった。非正社員の多くは短期雇用契約を結んでおり、簡単に雇い止めとなり不安定な身分に置かれている。賃金も低く、「嫌なら辞めろ」という言葉に象徴されるパワーハラスメントが横行している。15年間、同じ職場に派遣されてもキャリアにはならない。人気の職種ほど「代わりはいくらでもいる」状態であり、世間のイメージがよい企業でもその実態はブラック企業と変わりない。非正社員の雇用は不安定であり、結婚、出産どころではない。派遣社員のWEBデザイナーの一人は、「つくしても、つくしても報われない。まるでダメな男と付き合っているよう」と評した。

 他方、正社員も、「嫌なら辞めろ」と言われる状況は同じである。正社員であり続けようとすれば、夜勤、休日出勤をいとわない長時間労働に耐えるしかない。うつ病を発症する者も多い。

 非正社員の激増は政策によるものであって、「なんとなくそうなっていった」ものではない。1985年に男女雇用機会均等法が制定され、働く女性の地位は向上するかにみえたが、同時に労働者派遣法が制定され、結果的には女性の雇用の不安定さを加速する原因となった。1995年には、日経連(当時)が報告書「新時代の『日本的経営』」を発表し、以後、労働者派遣法は、1996年に対象業務を26業務に拡大、1999年には対象業務を原則自由化、2004年には自由化業務の派遣期間を3年に延長し、製造業務への派遣を解禁(期間は1年)、2007年には製造派遣の派遣期間を3年に延長するなど、とめどなく雇用の規制緩和が進んだ。派遣社員は、1986年度の14万人から、2010年度には271万人へと激増した。

(2)マタニティ・ハラスメント

 雇用者に占める派遣労働者の割合は、女性の場合25~39歳が多く、子育て真っ最中の年齢に派遣社員が多いことがわかる。専業主婦世帯と共働き世帯は1997年に完全に逆転し、子育て中の母親が働きに出ることが一般的となった。しかし、女性の雇用が広がったのは非正社員であって、契約を更新しないことで合法的にクビにされているのが現状である。妊娠したからクビ。これが、マタニティハラスメントの問題である。働く女性が妊娠、出産を理由として解雇、雇い止めをされたり、妊娠、出産にあたって職場で精神的、肉体的な嫌がらせを受けることは法律で禁止されている。しかし、連合の行った最新の調査でも、妊娠後に退職した女性労働者の割合は6割にも上る。仕事を辞めずに頑張ろうとすれば、ハードワークに耐えるほかなく、職場流産の恐れがある。現に、非就労妊婦の流産率が10.8%であるのに比べ、就労妊婦の流産率は15.3%に上ったという調査結果がある。職場流産は、環境を変えれば生まれた命である。

(3)男女の賃金格差

 女性を退職に追い込むマタニティハラスメントの横行を許す背景として、男女の賃金格差の問題は見過ごせない。OECD調べでも、子を持つ25~44歳フルタイム労働者の男女賃金ギャップは、子のいる男女の場合で61%の格差があり、国際比較でも日本はダントツで悪い。賃金の高い男性は仕事を辞められないが、賃金の低い女性は仕事を辞めても良いという社会環境がマタニティハラスメントを許す背景となっている。

(4)妊産婦の孤立化

 妊娠解雇により妊産婦が社会から孤立化してしまう。調査によれば、22.1%の母親が、自宅で自分と子どもだけで過ごす時間が1日15時間以上であると回答した。はじめての子どもを出産した後の夫婦の愛情の変化を調べる調査では、「配偶者といると本当に愛していると実感する」と回答した割合は、夫の場合がゆるやかな下降線を描くのに対して、妻の場合は妊娠期には74.3%、0歳児期には45.5%、2歳児期には34.0%まで急下降している。離婚にいたるケースもあれば、夫が育児にほとんど関与しない事実上の母子家庭も多い。

(5)保育崩壊

 マタニティハラスメントを乗り越えても、保育の現場もまた過酷である。保育士不足により、経験の浅い保育士が重い責任を負わされている。1歳の子に「行儀が悪い!」と手を挙げる副園長経験者の20代の保育士。「早く食べて!」と子どもの後ろに立って食事を口に掻き込ませる。保育士に対するマタニティハラスメントも多く、同僚が妊娠しても素直に喜べない。ブラックな職場環境のため、妊娠、出産を機に辞める者も多い。このような状況を招いたのもまた、政策によるものである。根本問題は予算の少なさにある。お金はかけずに、待機児童の問題を解消しようとすれば、保育の質は低下せざるを得ない。保育士配置の最低基準を緩和し、株式会社の参入を認めてきた。保育は託児ではない。専門医も、「1歳半までの発達は取り返しがつかないことが多い。劣った環境のなかで、子どもが大人になったらどうなるか考えて欲しい」と指摘している。

3 当事者の声

 基調講演の後には、関係する各分野の当事者の声として、公立保育園の保育士から、仕事を休めば雇い止めになるため、園の行事にも参加できない母子の話などが報告された。また、母子家庭を支援する相談員からは、一人親に対するセクハラも多いという指摘や、支援する側も非正規雇用となっている問題点が指摘された。

4 対談

 対談は、基調講演を行った小林美希さんと、当会の田巻紘子会員、安田庄一郎会員の3名で行われた。女性労働者の権利意識が弱く、法律を知らないため泣き寝入りしてきたが、最後には法律が守ってくれるという安心感が大切であるという指摘には弁護士として考えさせられた。「職場の仲間が仲良く助け合えてこそ会社も繁栄する」、「子どもを大切に育てなければ社会が衰退する」、という当たり前のことが共有されていない。妊娠したら、「すみません」ではなく、「おめでとう」と言われる社会にしなければと、強く感じた。