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子どもの事件の現場から(146) 苦しみの中でも、輝く力を持つ

会報「SOPHIA」 平成27年8月号より

会員 杉浦 宇子

  1.  T君は高校1年生で、不登校気味でした。息子を心配したT君のご両親が「子どもの人権相談」に電話をくれ、私たちと出会いました。
    T君が不登校気味になった原因は、中学3年のときの出来事にありました。
  2.  T君は中学で陸上部に所属し、日頃の練習にも真面目に取り組んでいました。T君には吃音がありましたが、周りが少し余裕をもって待っていれば、言葉が出てきて、会話には何の問題もありませんでした。ところが、中3のとき部活の顧問になった教師が、T君の言葉が上手く出て来ないことを指摘して叱り、他部員が見ている前で発声練習をさせるという誤った指導を繰り返しました。
     吃音は、本人のせいでなるものではなく、練習したり叱ったりしても、改善するような性質のものではありません。自分に責任がないことで、後輩もいる前で、無意味な練習を強制されることは、T君にとってどんなにか辛く屈辱的なことだったでしょう。このような教師の不適切な関わりが繰り返された末、秋頃からT君は学校に行けなくなりました。その後も学校はT君の気持ちを理解して適切に対応することができませんでした。
    高校に進学しても、中学での辛い体験が拭えないくらいT君は傷ついていました。
  3.  T君は、吃音への理解を欠いて不適切な対応に終始した先生たちに、自分たちの誤りをしっかりと理解・認識したうえでの謝罪と、再発防止を強く要望していました。私たちは、T君のその思いを至極正当なものと考え、T君の希望やその時々の気持ちを尊重しながら、①まず学校に手紙を書いてT君がどんなことに傷ついたかということと、謝罪と再発防止というT君の希望を伝え、学校側の当事者と弁護士との面談を申し入れ、面談を実施し、②次に学校側とT君・ご両親との面談を弁護士の同席のもとで実施し、③さらに、再発防止という意味では教育委員会にもこの件を理解してもらう必要があるということで、教育委員会との面談を実施しました。
  4.  いずれの面談においても、学校側は、当初からT君を傷つけた先生たちの非を認め、T君への謝罪の言葉を述べていました。
     T君は、面談前には、多少緊張していたものの、いざ当事者の先生たちと向かい合うと、きりっとした表情になり、先方の話を黙って聞いた後、しっかりした口調で、先生の軽率な考え・指導によりT君がどんな思いを味わわされたかを、先生たちが真摯に考え本当に理解できているのかを真っ直ぐに問いかけ、先生たちをたじたじさせました。「吃音に対する知識がなかったと言いますが、知識がない人が人を傷つけます。『人の上に立つ者は、人の上に立つのに相応しい行動をせよ、さもないと軍は乱れるだろう』という言葉を知っていますか。」とT君が先生たちに問いかけたときは、私たちも身の引き締まる思いでした。また、理不尽な指導を受けたことで自分がどれ程苦しみ、さらに自分が苦しむことで家族をどんなに心配させてしまったかということも明確にしっかりと伝えました。その姿は、その場にいたどの大人よりも堂々として立派でした。
    自分の思いを相手に伝わる言葉でしっかりと表現するT君の力。辛さにもだえ多くの時間を経てT君自身が得たものなんだと感じ、胸がぐっと熱くなりました。