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子どもの事件の現場から(262) 実行役をやらされた未熟な少年へ、必要な自立支援を求めたケース ~厳罰一本やりへの抵抗~

会報「SOPHIA」令和7年5月号より

子どもの権利委員会 委員 杉 浦 宇 子

 昨年、匿名・流動型犯罪グループ事件=トクリュウの実行役の行動が凶悪化して、世間ではトクリュウへの恐怖が高まった。
 実行役として利用された少年の逮捕が増え、私の仲間内でもその非行での少年事件の附添人を経験したことのない人はいなかった。
 そんな中で私が被疑者弁護の当番で呼ばれ警察署で出会った19歳の少年。他県に住所があり、妻と生まれたばかりの子がいた。
 少年には、少年院送致の前歴があったが、そこに至るまでの少年審判では、彼の非行の背景にある過酷な成育歴が深堀りされず、虐待を受けていた事実に触れられることなく、試験観察中に犯した非行で非行傾向が深化していると判断されたようで、少年院送致となっていた。
 幼児期に両親が離婚し、少年は母と妹と共に母の実家に住んでいたが、母は夜勤のある仕事で、休みがあっても出かけてしまうため、祖母に育てられており、学齢になると同居する伯父から理不尽な激しい暴力を受けた。祖母も母も伯父の暴力を止めなかった。中学になって少年は起立性調節障害と思われる状態となるなど、学校との関わりも上手くいかず、不良交友が居場所となっていき、仲間と喧嘩やバイク盗等の非行をするようになったという。母親からのネグレクトもあったが、周囲はシングルでの子育てが大変だったとの理解に留まり、少年も、母親への複雑な気持ちを一切話さなかったようだ。
 今回、彼は、指示役の指示で高齢者からキャッシュカードを騙し取り、ATMで現金を引き出す実行役をして、愛知県の警察署に勾留されていた。トクリュウ事件だ。その後類似事件で再逮捕が繰り返され、私はその長い期間を使って少年からじっくり成育歴を聞くことになった。少年は、成育歴を聞かれたことは初めてだと言った。今までは、聞かれなかったから話したことはないし、聞かれないことは大事なことじゃないと思っていたと。
 少年院出院後、少年は以前の不良交友を断って真面目に生活をしていたが、少年院に行く前の時期に先輩に紹介されて運び屋をやったときの指示役Aから突然連絡が来てバイトに誘われた。少年が断るとAは「女と暮らしているでしょ」と、少年の生活を把握していることを匂わせ「(断ったら)女がどうなってもいいの?」と脅した。少年には相談できる大人がおらず、「家族を守るため従うしかない」と視野狭窄に陥り、Aに従っていた。
 少年は家裁送致後地元の家裁に移送され、逆送決定で戻ってきて名古屋で起訴された。
 少年は、信頼できる大人の支援を得ながら
であれば、社会内で更生できると考えた私は、少年と相談して「地元で少年の話を親身に聞いてくれた保護観察官の支援で、地元の自立援助ホ
ームに入り、仕事と生活が落ち着いたところで妻子と暮らす」更生の道を考え、保護観察所にも段取りをとり、弁護人の弁論では実刑ではなく成長のための自立支援を求め、保護観察付の執行猶予の意見を述べた。
 しかし、トクリュウの恐怖が世間を騒がせた後では、弁護人の訴えは一顧だにされず、少年は実刑となった。
 非行の背景に虐待のある少年の健全な人間的成長への適切な援助は、少年の更生のためにも、虐待の連鎖を断ち切るためにも重要だ。「少年司法こそ健全育成のための支援に真摯に取り組まねばならないのに、厳罰で済ます制度で良いのか」「少年の健全育成の責任が社会全体にあることをもっと真剣に考えるべきではないか」等の思いで悶々とする。
 彼を担当していた頃、「虎に翼」の家庭裁判所設立シーンを見て心震えたのを、何故か今思い出した。