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 「附添人」から「つきあう人」へ
 ~「いじめ」をのり超えて
   十五の春はそれぞれに~

子どもの事件の現場から(234)
 「附添人」から「つきあう人」へ
 ~「いじめ」をのり超えて
   十五の春はそれぞれに~

会報「SOPHIA」令和5年1月号より

子どもの権利委員会  委 員  多  田   元

 他県の事件であるが、14歳の中学3年生男子が同級生に大怪我をさせた傷害事件で、その地域の家庭裁判所の審判により初等少年院(2014年少年院法改正で現在は第一種少年院)に送致された後に保護者から相談を受け、少年院で少年と面接して抗告の附添人を受任した思い出深いケースがある。
 少年は、同級生3人に喧嘩をしかけられて、反撃したら相手が転倒して頭部に重傷を負った事件だった。私は、その事件より前にさかのぼって少年の学校生活がどんな風だったかを聴いていくと、少年の話す内容は、3人を中心に多数の生徒たちが少年の容貌をからかい、仲間外しをしたりの「いじめ」があり、そのなかで発生した事件と推察された。少年は夏でも顔を隠すためマスクをして登校したときもあるという。本件事件のときも、少年は、ここで負けたら、よけい意地悪されると思って必死で闘ったのである。私は、少年の話を聞きながら、それは「いじめ」という問題で、君が弱いせいではなく、もっと早くまわりに相談すればよかったと話したら、少年は泣きながら、本当のことを話せて安心したと言った。こうして少年は本当の意味で不幸な事件と向きあい、内省もして成長し、同じ過ちをくり返さないことにもなると思う。
 高等裁判所に抗告することになり、家裁で記録を閲覧すると、警察官も、家裁調査官も裁判官も、重大な結果を招いた非行事実を問題にするだけで、それ以前に少年が毎日のようにいじめを受け、不安と緊張で苦しんでいたことに気づかず、焦点を当てていないことが明白だった。少年が、いじめられていたと言うのは弱虫のみじめな弁解と思い込み、「いじめ」のつらさを話せなかったのも無理もないであろう。少年は孤立し、苦しみ、不登校もできず、強がって「苦登校」をしていたのだ。
 高裁も、問題の本質に踏み込まずに抗告を棄却した。少年に報告に行くと「多田さんと出会えたので良かった」と言ってくれたので、面会と文通により支援を続けた。少年の両親と中学校の先生方も、いじめの問題が背景にあることを伝えると、気づけなかったことを反省して理解してくれた。そして、仮退院前でも高校を受験できるように中学校側と相談し、校長らの努力で、志望高校側も少年の受験を認めた。当時は少年院法改正前ではあったが、その改正法には「院外の矯正教育」として、院長は学校長に少年の教育を委嘱して「院外教育」ができるとの規定があるので(39条、40条等)、院長に受験のための院外教育委嘱許可を求めたが認められなかった。翌年3月、少年は少年院内でひとりだけの卒業式で中学校の校長から卒業証書を授与されたが、私も少年の両親と中学校の先生方と一緒に出席し、式後の懇談会で自作の短歌を少年にプレゼントした。
  卒業の十五の春はそれぞれに
      きっと花咲く明日を信じて
 少年は同年6月、仮退院で家庭に戻り、中学校の先生方の学習支援を受け、翌年春に1年遅れて高校に入学し、福祉系の大学へ社会福祉士を志望して進学している。仮退院後、私が少年の代理人となり、事件で負傷した生徒側にも弁護士がつき、民事調停でいじめが認められた上で、保護者が治療費等を支払う和解もできた。非行事実だけを重視した家裁、高裁の司法判断は、真に事件を解明して問題の解決をし得たのか、深い疑問が残った。
 改正少年法も非行事実重視の刑事司法化、厳罰化に過ぎず、問題解決型の法ではない。