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鳴らなかった携帯電話

子どもの事件の現場から(228)
鳴らなかった携帯電話

会報「SOPHIA」令和2年7月号より

子どもの権利委員会 委員 長谷川 雄 一

 私が出会ったA君は17歳の男の子でした。お酒等を万引きし、父が引取りを拒絶したため、児童相談所が家庭裁判所に通告し、ぐ犯少年として観護措置を取られた子です。
 A君は4人兄弟の末っ子で、生後すぐに両親が離婚し、兄弟は親権者である母に引き取られました。しかし、母が育児ノイローゼになってしまい、ネグレクト等の虐待を行うようになりました。A君たちは児童相談所に保護され、子どもたちは父が育てることになりました。ところが、父には一度に4人も育てられないとして、A君だけ施設で暮らすことになりました。A君は軽度の知的障害等があり、適切な治療を受けられず、施設や学校内で問題行動を繰り返していました。そのため、施設での生活が続けられず、父の家で暮らそうとしてもトラブルを起こして児童相談所での一時保護となり、安定した生活拠点を持つことができませんでした。
 A君は中学校を卒業後、里親の元に住み込んで働いていました。父は、問題行動を繰り返すA君を激しく怒るのですが、A君は父のことが大好きでした。A君は、父と暮らしたいと望み、父の元へ戻りました。A君は、父の元から仕事に通って生活していましたが、今回の万引き事件を起こしてしまいました。
 A君は、とても人懐っこく、私にもすぐに打ち解けて話をしてくれました。A君は、「お父さんはすごく怒っているから、もう家には戻れない」と父のことをとても気にしていました。父がA君の引取りを拒否してしまったため、A君には帰る場所がありませんでした。そこで私は、A君が住み込みで働けるところを探すことにしました。私は、他の弁護士からある会社の社長を紹介してもらいました。建設業を営む会社で、寮もあり、外国人実習生も雇っていました。私は社長にお願いして、A君に会いに鑑別所まで来てもらいました。A君は緊張していましたが、次第に社長にも打ち解けて、社長の元で真面目に働くことを約束してくれました。社長も、A君を受け入れると言ってくれました。
 審判では試験観察の決定が出され、A君は会社の寮で生活することになりました。試験観察の開始が年末だったため、私はA君に自分の携帯電話の番号を書いた名刺を渡し、「何か困ったことがあったらすぐに連絡してね」と伝えました。A君も頷いてくれました。私は、年末年始の間、携帯電話にA君からの電話がかかってくるのではないかとずっと気になっていました。しかし、私の携帯電話にA君からの電話はありませんでした。
 A君は、寮生活と仕事に取り組む傍ら、社長や社員の方の協力で、病院に行って治療も受けることができました。治療のおかげか問題行動も無く、A君は明るくて人懐っこいため、勤務先のみなさんから可愛がってもらっていました。寮では、同僚の外国人の社員の方に料理を作ってもらったり、髪の毛を切ってもらったりしていました。
 最終の審判では、保護観察の決定が出されました。最後まで、A君からの電話で私の携帯電話が鳴ることはありませんでした。私は、ひたむきに仕事に励み、周囲のみんなを明るくしてくれるA君からたくさんの元気をもらえました。今でも、A君は寮で生活しながら真面目に仕事に取り組んでいます。
 今後も、少年と寄り添って応援しながら、少年が更生できるように手助けするとの気持ちを大事にして付添人活動に励みます。