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公開講演会 ヘイトスピーチ解消法施行から2年 「その後も続くヘイトスピーチと各地の取組・今後の課題」

会報「SOPHIA」 平成30年 12月号より

人権擁護委員会 委員 吉田 悟 

1 はじめに

 11月17日、弁護士会館5階ホールにて標記の公開講演会が開催された。第1部は、当職の名古屋市の現状報告、南山大学法学部憲法学教授菅原真氏の「ヘイトスピーチに対する憲法学からの考察」をテーマにした講演、大阪弁護士会の田島義久弁護士による「大阪市によるヘイトスピーチの対応」をテーマにした講演を行った。第2部は、当職がコーディネーターとなって、菅原氏と田島氏のパネルディスカッションを行った。

2 第1部

(1)名古屋市の現状報告

 当職が、名古屋市のヘイトスピーチの現状として、昨年末、某団体が名古屋駅東口交番前歩道上で行った街宣の内容を、文字起こしした調査報告書とともに、その街宣の一部を音声で流す方法で報告した。

(2)菅原氏の講演内容

 日本は、人種差別撤廃条約(1965年採択)に1995年加入・1996年発効した。しかし、処罰規定である第4条(a)項及び(b)項は、憲法の表現の自由(憲法21条)を理由に留保している。

 また、日本の憲法学界は、アメリカの学説の影響が強いので、ヘイトスピーチに対する刑事規制について消極的立場が多数説である。その理由としては、①立法事実の不存在、②平等の実現という保護法益への疑問、③ヘイトスピーチは価値が無いという理由で規制できないという民主的正統性、④萎縮効果、⑤思想の自由市場論、⑥憲法>条約優位説が挙げられる。しかし、①立法事実については、在日韓国朝鮮人の集住地域でのヘイトデモ等があり、②保護法益は、人間の尊厳・自尊(13条)・平等権(14条)があり、③憲法上民主的正統性は絶対ではなく程度問題であり、④捜査機関は、規制に消極方向にバイアスがかかるので萎縮効果はなく、⑤ヘイトスピーチはそれを面前で見聞きしたマイノリティに強烈な衝撃を与えるものであるから、いじめと同じ状況にあるので、対抗言論は有効に働かず、⑥日本国内における国際人権の消極状況の転換が必要である。

 また、ヨーロッパに目を向けると、ヘイトスピーチの規制によって、攻撃された人々の表現の自由を守るという考えがある。ドイツでは民衆扇動罪を設けて規制している。フランスもプレスの自由法により刑事規制がある。スウェーデン・イギリス・カナダでも刑事規制がある。このようにヨーロッパ諸国等では、おおむねヘイトスピーチに対する刑事規制が前提となっているが、アメリカや日本には刑事規制がない。

 最後に、国連の人種差別撤廃委員会では、2018年8月及びそれ以前にも、日本には人種差別を禁止する包括法が存在しないことが指摘されている。今後、包括的な差別禁止法の制定が、ぜひ必要である。

 

(3)田島氏講演内容

 ヘイトスピーチが許されないのは、「人種主義的ヘイトスピーチがその後の大規模人権侵害及びジェノサイド(集団殺害)につながっていく」(人種差別撤廃委員会・一般的意見(勧告)35)からである。また、ヘイトスピーチを許せばマイノリティの意見を言う自由が消されてしまうからである。

 日本は、人種差別撤廃条約を批准しているが、ほとんど何もしてこなかった。しかし、人種差別撤廃委員会が5年に1度、締結国の人権状況全般について勧告を出す。勧告に法的拘束力はないが、条約上の義務があるので、徐々に改善することが期待される。

 ヘイトスピーチ解消法(2016年6月公布・施行)は、ヘイトスピーチについて違法性が明確でなく、対象者も「本邦外出身者」に限定しており、不十分な内容である。

 同時期に制定された大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例も、違法規定がなく、氏名の公表等をして啓発するという内容なので、確信犯には制裁として働かない。また、運用は、市役所内に専属の事務局がなく、一つの部局の3、4名が兼務している状態なので処理が追いついていない。だから、昨年度までの認定は34件のうち4件だけだった。また、昨年度は、5件が地理的要件を充たさないとして、ヘイト該当性の判断がなされなかった。

 田島氏所属の市民団体提案の条例案は、ヘイトスピーチの定義は人種差別撤廃条約のものを使い、罰則規定を設け、審議会で判断させる内容とした。事前規制の要望も市民サイドからはあったが、恣意的に条例が使用されるおそれがあるので入れることはしなかった。現在、世界的な規制は刑罰による国が多い。また、行政から独立し(独立の程度は様々であるが)、調査・勧告等をする国内人権機関を有している国が世界で120か国ある。ヘイトスピーチは、そのような国内人権機関で対処している国が多い。そこで、条例案では、国内人権機関的な組織も組み入れてみた。

 今後のヘイトスピーチ対策は、①包括的差別禁止法の制定、②国内人権機関の設置、③個人通報制度の導入、④人種差別撤廃条約4条の留保の撤回によるべきである。

3 第2部パネルディスカッションの内容

 インターネット上のヘイトスピーチについて、両氏ともに、特定の個人に対するものでないと法務局は人権侵害事件として扱ってくれないことに問題があると指摘した。そして、菅原氏は、2016年に、EUでは、Facebook社、YouTubeが違法なヘイト投稿を報告し、24時間以内に削除する新しい行動規範ができたことを報告した。また、会場参加者の龍谷大学法学部教授の金尚均氏が、ドイツでは、SNS上のヘイトスピーチ等、犯罪とされている表現について一般人が苦情を申し立て、Facebook社が24時間以内に審査して削除しないといけない法律が施行され、フランスは、本年11月に、選挙期間中の「嘘の情報削除のための法律」を制定したと報告した。田島氏は、大阪市条例のプロバイダに対する削除要請は強制力が無い点が問題となるが、氏名公表は付和雷同的な人が減るという点で一定の効果があると説明した。しかし、両氏ともに、法律でネット上の規制をするべきであるとの考えを示した。

 刑事規制に関しては、菅原氏は、学説が、アメリカ型からヨーロッパ型へ転換しなくてはいけないから抵抗は強いが、性表現等に対する規制があるので、表現内容に対する刑罰を規定することは可能であると指摘した。田島氏も、構成要件について濫用の可能性の少ないものを作るのであれば、法律に基づく刑罰は十分あり得るとの立場を示した。

 公の施設利用制限は、両氏ともに、泉佐野市民会館事件の最高裁判例(1995年3月7日第三小法廷判決)が基準に使用されるとハードルがかなり高くなる上、暴動が起こるおそれがある事例なので、ヘイトスピーチの規制に使われることに疑問があるとの考えを示した。また、愛知県の公の施設の使用不許可に関する基準に関しては、両氏ともに、「不当な差別的言動」の定義が明確でない点に問題があるのに加えて、第三者機関ではなく行政庁の判断に委ねられている点にも問題があると指摘した。

 また、両氏は、日本政府は、部落を含めた差別問題に対して正面切って対応し、苦しんでいるマイノリティの声を聴きながら、包括的差別禁止法を作るべきであると主張した。

4 最後に

 本講演会には約90名の参加があり、講演会後、朝日新聞愛知版の記事になり、朝日新聞デジタル記事のアクセス数が一時、ベスト10位以内に入る等、世間のヘイトスピーチに対する関心を高めることに寄与したことを報告する。