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知財トラブルの対処・回避(テーマ別)
~日本知的財産仲裁センターのご紹介も添えて~

日本知的財産仲裁センターシンポジウム
知財トラブルの対処・回避(テーマ別)
~日本知的財産仲裁センターのご紹介も添えて~

会報「SOPHIA」 令和2年4月号より

日本知的財産仲裁センター名古屋支部運営委員会委員 早瀬久雄

1 シンポジウムの開催

 日本知的財産仲裁センターが主催するシンポジウムが、2月21日に、名古屋商工会議所ホールにおいて開催されました。同センター主催のシンポジウムは、企業の知財部、官公庁の知財担当、弁理士、弁護士等の知財関係者向けに、センター業務の周知も兼ねて毎年この時期に実施しています。本年は、「知財トラブルの対処・回避(テーマ別)」と題し、3人の講師にご講演いただきました。各講師から、技術分野や国ごとの知財の特殊性を踏まえつつ、具体的な取組例や注意点についてご紹介いただきました。

[情報電子機器分野]

 情報電子機器分野に関する講師は、株式会社メルコホールディングス知財課にご所属の中山千里弁理士です。

 情報電子機器分野における知財(特許)では、①1つの製品に何万、何十万という特許権が含まれている場合があり、侵害調査による事前のトラブル回避が困難なことが多い、②標準規格が存在し、それを使用すれば標準必須特許を回避することができない、といった特殊性があります。

 このような特殊性を踏まえ、同社では、トラブル発生の可能性と事業への影響度とに基づいて、製品ごとに紛争発生リスクの評価を行い、その評価にしたがって事前の対応方針を定めているとのことです。また、実際にトラブルが発生した場合には、対象となる特許が標準必須特許なのか、自社が売りにしている機能に関する特許なのか、基本機能に関する特許なのかなどの場面に分けます。そのうえで、相手の素性、特許の力、侵害可能性、特許の有効性、事業へのインパクト等の諸要素を考慮しながら最終目標を定め、交渉を進めているとのことです。

[タイ王国]

 タイの知財に関する講師は、現在、古河AS株式会社の経営管理部にご所属の藤井嘉子弁護士(滋賀)です。講師は、タイの知財系法律事務所において知財業務に携わられたご経験をお持ちです。

 近年、タイでは、知財インフラの整備が進められているとのことです。特許法や商標法の概要やタイへの出願時における留意点についてひと通りご説明いただき、そのうえで、侵害対応やトラブル回避の際の留意点についても示していただきました。

 タイで知財の侵害があった場合、民事事件として対処するには現状では制度が不十分なため、刑事事件として対処することが多いとのことです。捜査機関による手続とは別に、知的財産権の被害者が収集した資料に基づき、当該被害者の提訴によって刑事手続に乗せることが可能となっています。そのほか、迅速かつ確実な権利化、税関への保護要請等のアクションをこまめに取っておくことも、侵害予防や侵害発生への対処には有効とのことです。また、これらの対処には、現地専門家への相談も必要とのことです。

[医療機器分野]

 医療機器分野に関する講師は、株式会社ニデックの法務部知的財産課にご所属の水越邦仁弁理士です。

 医療機器分野における知財(特許)にも、先の情報電子機器分野とはまた違った特殊性があります。まず、損害賠償の認容額が高額である点です。近時の調査によれば、医療機器分野の認容額は食料品分野に続く第2位、中央値が7800万円となっています。次に、医療機器は1年~数年にわたる臨床試験を経て販売されるため、特許権を回避するための設計変更を試験開始後に行うことが困難という特殊性もあります。

 これらの特殊性に加え、過去に米国で特許訴訟の当事者となった経験(結果は勝訴)を踏まえ、同社は知財に注力し、製品群単位で知財担当者を配置する体制を採用しているとのことです。知財担当者が開発プロジェクトに参加することにより、業界の動向や製品の重要度等を開発者と共有できます。そのうえで、知財担当者には、権利化や侵害回避の対応を担うことが期待されています。このような体制は、トラブル回避にも自社による権利取得にも有効であるとのことです。

2 日本知的財産仲裁センターのご紹介

(1)日本知的財産仲裁センターとは

 続いて、当センターのご紹介をします。

 当センターは、日弁連と日本弁理士会とが半分ずつ出資して1998年に設立した法務大臣認証ADR機関です。知財事件に特化していること、弁護士と弁理士との協働運営であること、全国7か所の支部支所があること等が特徴として挙げられます。当センターは、次に概要を説明しますように、知財事件に関する調停・仲裁、特許権等の権利範囲・無効事由の有無に関する判定等の業務を行っています。

(2)調停

 弁護士、弁理士が1名ずつ調停人となり、事件管理者として若手の弁護士又は弁理士が付き、計3名にて事件解決にあたります。

 候補者名簿の中から調停人を希望できること、当センターのウェブサイトに掲載された申立書と基本資料があれば簡単に申立てできること、調停条項にライセンス契約を定めるなどの柔軟な解決ができることといった点で、当センターの調停には訴訟と違ったメリットがあります。資料不足があった場合や申立人からの質問等には、事件管理者が迅速かつ丁寧にフォローしますので、手続面での心配もご無用です。調停の手数料は次のとおりです。

 [調停手数料](消費税は別途)

 申立手数料     47,620円

 期日手数料     47,620円/1回

 和解契約書作成料 142,858円

※申立手数料は申立人のみ、その他は当事者が各々負担となります。

※相手方が調停に応諾しない場合は、申立手数料の一部を返還いたします。

(3)判定

 弁護士、弁理士が1名ずつ判定人となり、両判定人から、「競合他社の製品は当社の特許権の範囲内か否か」(範囲判定)、「当社の特許権が特許庁の審判手続で無効とされるか否か」(無効判定)等について意見が得られます。

 当センターの判定業務の特徴としては、単独でも申立てできること(特許庁が行う判定手続は、紛争当事者の双方からの申立てが必要です)、そのため、他社に知られることなく判定結果が得られること、利害関係のない第三者による客観的な判断が担保されること等が挙げられます。単独判定の手数料は次のとおりです。

 [単独判定手数料](消費税は別途)

 申立手数料     300,000円

 期日手数料     100,000円/1回

※判定事項が増加する場合、追加手数料が必要となります。

(4)最後に

 特許紛争については名古屋地裁に裁判管轄がない中、当センターによる調停・仲裁は紛争の早期解決にとって有効な手段の一つとなり得ます。また、権利者にとっては、センター判定の結果が、紛争化するか否かの判断材料となります。