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~口約束の相続放棄は有効?~

中部経済新聞2020年7月掲載 ひまるん相談室
~口約束の相続放棄は有効?~

【質問】

私の夫の実家は、家業を営んでいます。夫は長男で、家業を継ぐことを期待されていましたが、音楽家という夢を追いかけて、親の反対を押し切って実家を飛び出し、家業は次男である弟が継ぐことになったそうです。

その後、音楽家としてデビューした夫は、数年ぶりに実家に帰省したのですが、その際に、父親から、自分の財産は、家業を継いでくれた弟にすべて相続させたい、相続放棄をしてくれと頼まれたそうです。

夫は、自分の代わりに家業を継いでくれた弟に後ろめたさや感謝の気持ちがあったことから、父親のその頼みに応じた、ということでした。

その後、父親が急逝しました。弟にすべて相続させるとことについて、遺言書などはなく、夫と父親の口約束だけのようです。

夫は、父親との口約束を守らなければならず、相続分はまったくないのでしょうか。

【回答】

被相続人(父親)が亡くなる前にした相続放棄や遺産分割協議は、民法上の規定はありませんが、判例上は、無効とされています。

遺言書がないということであれば、相続人全員で遺産分割協議をする必要があります。

相続人が、母親、長男(あなたの夫)、次男(弟)の3名であれば、民法上は、長男には、父親の遺産に対して四分の一の法定相続分があることになります。

次男からは、相続放棄をするという約束があるから、長男の相続分はないはずだ、という主張がされるかもしれませんが、先ほど述べた通り、生前の相続放棄は無効ですので、長男としては、改めて、相続放棄をするか、あるいは法定相続分を主張するのかを決めることになります。

そこで、長男が、父親との生前の口約束を守って、相続放棄をするということであれば、それはそれで筋の通った判断だと思います。

あなたとしては、夫が遺産を全く受け取らないことに多少の不満があったとしても、相続人はあくまで夫なのでその意思を尊重してあげてください。

相続は、家族の問題ですが、それぞれの家族に歴史と物語があります。相続人となった人が、その物語や歴史を踏まえて、どのような遺産分割をすれば、相続人全員が幸せになれるのかを考えることができれば、「争族」と揶揄されるような相続紛争は起きないのではないかと思います。