愛知県弁護士会トップページ> 愛知県弁護士会とは > ライブラリー > 中部経済新聞2017年4月掲載
預金債権と遺産分割ー預金も遺産分割の対象にー

中部経済新聞2017年4月掲載
預金債権と遺産分割ー預金も遺産分割の対象にー

社長 さっき、銀行に用事があって行ったんだけど、すごく混んでたよ。
弁護士 年度初めはどこも混みあいますね。
社長 高額な預金の払い戻しとかだと余計時間がかかるしね。
弁護士 そうですね。
社長、預金といえば、相続における預金債権の扱いについて、昨年末に最高裁で大きな判例変更があったのをご存知ですか。
社長 新聞の一面で見たような気がするけど・・・どんな内容だったっけ。
【これまでの考え方】
弁護士 まず、被相続人、つまり亡くなった方名義の預金債権も相続財産に含まれます。
これまで最高裁は、預金債権は性質上分割することが可能な可分債権であるから、相続によって当然に分割され、各相続人が相続分に応じて権利を承継するとしてきました。
当然に分割されるわけですから、相続財産をどう分けるかを話し合う遺産分割の対象とはならない、というのが従前の考え方だったのです。
社長 そうなんだ。
弁護士 ですから、預金については、相続人全員が遺産分割の対象とすることに合意した場合を除いて、遺産分割の対象にはできないというのがこれまでの家庭裁判所での実務でした。
社長 ふうん。でも当然に分割されるなら、簡単でよさそうだけどね。
弁護士 ただ、この考え方だと、例えば相続人の一人が被相続人から多額の生前贈与を受けていたとしても、預金債権しか相続財産がない場合、預金は自動的に分割されてしまうことから、本来遺産分割の場で考慮すべき事情が考慮されず、結果として相続人間に不公平が生じてしまうということがありました。
社長 先にたくさんもらっていた人がいても、相続のときに調整できないってことか。
弁護士 そうなりますね。また、これまで最高裁は、預金債権は遺産分割の対象とはならないとする一方で、株式や個人向け国債などは不可分債権として遺産分割の対象としてきたため、預金債権との違いが分かりづらいという指摘もありました。
社長 確かに、株式や国債は話し合いで分けるのに預金は勝手に分かれるっていうのはよくわからないね。
弁護士 さらに、現金も遺産分割の対象ですから、世間一般の感覚からはわかりづらいですよね。
社長 え、現金も?預金と現金の扱いが違うのか。そりゃますますわからないな。
【今後の考え方】
弁護士 はい。そこで、最高裁平成28年12月19日決定は、「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権、及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」と判断したのです。
(その後、最高裁平成29年4月6日判決において、共同相続された定期預金債権及び定期積金債権についても、「いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない」と判断されています。)
社長 預金債権も遺産分割の対象となるって明言したわけか。世間一般の感覚に合わせたってことなのかな。
弁護士 そういう面もありますね。
社長 預金債権が遺産分割の対象となることはわかったけど、今後、具体的に何が違ってくるのかな。
【実務への影響は?】
弁護士 まず、家庭裁判所での遺産分割の場における影響が考えられます。これまでは、先ほどの例のように、預金債権が当然に分割されてしまうことで相続人間に不公平が生じてしまうことがありました。
今後は、預金債権も当然に遺産分割の対象となるわけですから、相続人の一人が受けた生前贈与などについては特別受益として扱われ、遺産分割における預金債権の分配の際にこれを考慮し、生前贈与を受けた相続人の預金債権の取り分を少なくするなどの調整が可能となります。
結果として、より柔軟で公平な解決が期待できますね。
社長 それはいいね。じゃあデメリットみたいなものはないの?
弁護士 金融機関の対応が変わってくる可能性が考えられますね。
社長 え、どういうこと?
弁護士 これまでは、預金債権は相続分に応じて当然に分割されるという考えだったわけですから、理論上、各相続人は、金融機関に対して、自分の相続分に応じて払い戻し請求をすることが可能でした。
社長 そうなんだ。でも、亡くなった人の預金口座って凍結されちゃうんじゃないの。
弁護士 そうですね。金融機関としては、各相続人がそれぞれ払い戻し請求をしてきた場合の事務手続の煩雑さや、二重払いの危険を考えて、払い戻しには相続人全員の承諾を求めてくるのが一般的でした。
ただ、一度預金口座が凍結されても、各相続人が改めて自分の相続分について払い戻し請求をした場合、これに応じる金融機関もありました。そして、応じない金融機関に対しては、訴訟を起こして払い戻しを求めることもあったわけです。
社長 そうだったんだ。でも今後は・・・?
弁護士 最高裁の判断が変わったことによって、金融機関としては遺産分割が終了するまで口座を凍結するという対応をする可能性が高くなりますね。
社長 そうなると、遺産分割が終わるまで預金を現金化できない可能性があるのか。
弁護士 相続人全員の承諾が得られない場合は難しいでしょうね。現金化ができないとなると、相続税の納付資金に困るケースも出てくるかもしれませんね。
社長 それは困るね。そうすると、今後そういった困った事態にならないためには、どういう対策をしていったらいいんだろう。
弁護士 まず、遺言書を作成して、預金債権を誰に相続させるのかを明記するというのが一つですね。
遺言執行によって預金債権を取得すれば、比較的早い段階での現金化ができます。
社長 やっぱり遺言って大事なんだね。
弁護士 はい。しっかりした遺言を作成しておけば、遺産分割自体必要なくなることも多いわけですから。また、他には、生命保険契約や信託を活用することで、現金を取得することも考えられますね。
社長 色々やっておけることはあるんだね。
弁護士 ええ。いずれにしても、相続は誰にでも関係することですし、事前に対策をしておくことで、相続発生後のトラブルを未然に防ぐこともできますから、早めに対策をすることが大事ですね。
社長 そうか。相続なんて自分にはまだ関係ないと思っていたけど、考えておいた方がよさそうだね。近いうちに、改めて相談させてもらうよ。