愛知県弁護士会トップページ> 愛知県弁護士会とは > ライブラリー > シンポジウム第2分科会
組織犯罪からの被害回復
~特殊詐欺事犯の違法収益を被害者の手に~

シンポジウム第2分科会
組織犯罪からの被害回復
~特殊詐欺事犯の違法収益を被害者の手に~

会報「SOPHIA」 平成30年 10月号より

民事介入暴力対策委員会 副委員長 安江 正基

1 はじめに

 10月4日、ホテル青森「グレートホール孔雀の間」にて、日本弁護士連合会が主催する標記のシンポジウムが開催されました。

2 第1部「特殊詐欺被害の実態」

 第1部は、パネルディスカッションから始まりました。当会の名越陽子会員から特殊詐欺の概要が説明され、青森県警の栗田政彦警部からは統計から見た特殊詐欺の実態が説明されました。シンポジウムが行われた青森県では、特殊詐欺の被害者は高齢者を中心とした幅広い年齢にわたっていることや、被害者の暗数が多い可能性があるということも述べられました。手口については、静岡県弁護士会の白井正人弁護士から、時期を経て変化してきたことなどが説明されました。

 その後、特殊詐欺の被害者2名のインタビューが上映されました。いずれの被害者も、自責の念に駆られていることが強く感じられ、特殊詐欺の被害は経済的損害に限られず、精神的損害も大きいことが痛感されました。

 特殊詐欺の被害者のインタビューの上映後、国士舘大学の辰野文理教授による基調講演がありました。講演は、被害者の苦悩についての分析、被害者に対する非難についての仮説の提示、被害の背景の分析、被害対策の提案などを内容とするものでした。被害者の自責の念の深刻さに加えて、特殊詐欺が様々な心理学的要因から生じてしまうものであり、誰でも標的になりうること、犯人はそのような心理的状況を作出・利用して財産を騙し取る存在であることが明らかにされたのが印象的でした。そして、対策についても、ただ被害者を非難するだけでは解決にならず、その場の判断に頼るだけでもなく、犯人像をイメージしやすいように伝える試みや、電話番号を変更するなどといった具体的なものが提案され、今後の取組への示唆は大きいものでした。

 講演後にはパネルが再開され、警察による特殊詐欺被害防止のための取組が報告されました。また、コンビニエンスストアでの被害防止の取組について、店長のインタビューが上映され、声掛けなどの様々な活動がなされていることが説明されました。特殊詐欺の手口については、電子マネーや収納代行を利用した方法が増加しているため、その現場となるコンビニエンスストアでの被害防止が今後の課題となっていくことが明らかになりました。その後のパネルでは、特殊詐欺の犯行グループと暴力団の関係、そのような関係を前提とした場合の責任追及の方法などが検討されました。

 一言で特殊詐欺被害の実態といってもなかなかイメージすることが難しいところがありますが、第1部のパネル、基調講演、映像の上映などにより、具体的で鮮烈なイメージを得られ、今後の対策に資するところは大きいと思われます。

3 第2部「特殊詐欺に対する行政・民間企業の各種取組」

 第2部は、被害者対策、全般的対策及び通信手段対策の観点から各種の取組について研究報告がなされました。

 まず被害者対策では、当会の安藤雅範会員から、留守番電話の活用や防犯機能付き電話による被害防止、広報・啓発、金融機関による声掛けやATMの利用制限、地域における見守りといった取組について報告がなされました。この報告では、いずれか一つの取組によるのではなく、複数の取組を組み合わせていくことの重要性が述べられました。

 次に全般的対策では、民間企業による犯行利用の防止措置の必然性が説明され、特殊詐欺グループの人材・被害者名簿・物件(架け子アジト)の調達手段についての報告、詐取金品の移動手段やマネー・ローンダリング手段についての報告がなされました。この報告では、自助・共助・公助の枠組みで考えていくことが必要であると指摘されました。

 通信手段対策では、まず関係事業者の種類が説明され、各事業者における防止の現状が報告されました。そして、固定電話を利用した特殊詐欺が増加していることについての対策の必要性や、正当な理由があることを根拠とした利用契約の解約の可能性が検討されました。また、弁護士が今後検討すべき点として、通信事業者への責任追及の可能性が述べられました。

4 第3部「特殊詐欺に対する捜査と裁判の現状」

 第3部のパネルディスカッションでは、当会の青葉憲一会員がコーディネーターを務め、まず特殊詐欺グループの「受け子」のインタビューが上映されました。事情により経済的に困窮しているところに日当を提示されて引き受けたとのことであり、グレーゾーンの行為だと思っていたにもかかわらず犯行に及んでしまったと語られました。受け子の中には、生活のために犯行に及んでしまった者もいるというのが印象的でした。

 続いて、取締りや捜査の現状が報告されました。この報告では、特殊詐欺が匿名性・組織性・広域性を特徴とするものであることに鑑み、捜査機関も専門の対策チームを設けていること、結果として認知件数・検挙件数ともに増加していることが明らかにされました。また、捜査手法については、架け子対策としてアジトの急襲、受け子対策として現場設定(騙された振り作戦)などがあることや、その後の捜査手法として突き上げ捜査、別の観点からは金融捜査が行われていることも述べられました。いずれも警察などの地道な捜査によるものとのことでした。

 その他にも、特殊詐欺に関する近年の重要な裁判例の紹介や、いわゆる日本型司法取引の活用可能性についての報告がありました。

5 第4部「特殊詐欺等の組織犯罪に係る被害回復」

 第4部では、パネリストに東京大学大学院の樋口亮介教授と大阪弁護士会の田中一郎弁護士を招き、「特殊詐欺の被害回復 スイス、米国との比較検討」と題するパネルディスカッションが行われました。

 パネルでは、日本における特殊詐欺からの被害回復に関する諸制度について、その制度的課題も含めて紹介されました。また、スイスの事例では、没収についての「犯罪は利益になってはならない」という連邦最高裁判所の基本的考え方、疑わしい取引の届出制度の充実や刑事司法当局に課せられた損害賠償に関する義務など、被害回復の制度に係る実効性確保の仕組みが紹介されました。米国の事例については、米国の資金情報機関(FIU)である金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)の果たす役割が極めて大きいことなどが説明されました。

 スイス及び米国の事例についての報告はいずれも印象深く、特に「犯罪被害者が完全な被害弁償を受けるべく国家に適切な措置を求める権利」の重要性や、「応報」を揺るがされた法秩序の回復ととらえたとき、被害回復もそれに含まれるという発想は、日本における特殊詐欺からの被害回復を考えるうえで大きい示唆となるものでした。

6 総括

 以上のように、本シンポジウムでは、特殊詐欺などの組織犯罪からの被害回復について多面的かつ詳細に検討され、その成果は翌5日に行われた人権擁護大会の決議につながる有意義なものとなりました。