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嘘つきなんかじゃない

子どもの事件の現場から(197)
嘘つきなんかじゃない

会報「SOPHIA」令和元年12月号より

子どもの権利委員会 委員 長谷川 雄 一

 私が出会ったA君は、19歳の男の子でした。A君の非行事実は恐喝未遂でした。A君は、母親から「貸したお金を返さないなら家から出ていってもらう」等と言われて困ってしまいました。そこで、ネットゲームで知り合ったBさんからお金をもらおうと思いつきました。A君は自らが誘拐されたように装い、誘拐犯に成りすましてBさんに身代金を渡さないとA君を殺すと脅して金銭を支払うよう要求しました。驚いたBさんが警察に通報して狂言と判明し、逮捕されたのです。
 A君は、人懐っこい性格で、すぐに打ち解けた様子で私にたくさん話をしてくれました。
 A君は一人っ子で母親と二人で生活していました。A君は軽い知的障害を負っていたため人間関係がうまく築けずに仕事が長続きせず、家に引きこもっている状況でした。母親が一人で生活費を稼いでいたため生活に困窮するようになりました。母親も、A君とどう接していいのか分からずに悩んでいました。そのため、A君に働いてもらおうと思い、あえて厳しい態度を取ったところA君は追い込まれてしまい、狂言誘拐を考えついたのです。
 母親は、A君がよく嘘をつくと嘆いていました。しかし、A君は嘘をつくつもりは全くありませんでした。A君は、その場で深く考えずに、つい「できる」等と無理して答えてしまうため、約束が守れなくなってしまうという状態に陥ることが多い子でした。
 そこで、調査官は、A君を試験観察に付してコツコツと努力することの大切さを学ばせようと提案してくれました。そこから、A君は私や調査官と一緒に試験観察に励むことになりました。
 裁判官や調査官からは、1回目の審判で一呼吸置いてから発言するようにしてみてはどうかというアドバイスを受けました。そこで、A君は素直に一呼吸置いて落ち着いてから、答えるという態度を取るよう心がけました。
 A君は、試験観察中、調査官から使用済み切手を封筒から切り取って整理するという宿題をもらい、一生懸命取り組んでいました。A君は調査官面談の際に整理済みの切手を持参していましたが、試験観察を続けるに連れてその量も増えていき、最後にはたくさんの量の使用済み切手が整理できていました。使用済み切手の代金はボランティア活動に使われるとのことでした。A君は、自分の努力で困っている人を救うことができることにやりがいを感じ、喜んで課題に取り組みました。
 A君は、はじめは母親と一緒に裁判所に赴いていました。調査官から一人でバスに乗って裁判所に来るという課題が出され、それにも取り組み、無事に一人で来ることができました。私が「頑張ったね」と言うとA君は嬉しそうに笑ってくれました。A君は、次第にきちんと約束を守ることの大切さや楽しさを感じ、約束を守れるようになっていきました。
 母親も、そのように課題に取り組んで頑張るA君の姿を見て、少しずつA君のことを信じるようになっていきました。
 このようなA君の頑張りが認められて、2回目の審判では、無事に保護観察となりました。保護観察となった時には、A君はもう嘘つきではありませんでした。
 無理をしないで、少しずつ課題に取り組んで粘り強く頑張ること。その大切さをA君は私に教えてくれました。
 今後も、粘り強く課題に取り組むことの大切さを忘れずに、少年と共に歩んでいきます。