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時給1,000円時代を迎えた最低賃金法の課題(9月掲載)

中部経済新聞令和5年9月掲載

愛知県弁護士会 弁護士 加藤裕治

 厚生労働省中央最低賃金審議会は本年7月、最低賃金の引上げ額の目安としてAランクを41円とする答申を行ないました。これにより、日本の最低賃金の全国平均は加重平均で1,000円を超えることとなりました。日本の雇用現場は、非正規労働者が約37%(2022年度、総務省調査)であり、低所得が深刻な問題となっていることから最低賃金引上げの効果は大きく、審議会の結論は妥当との受け止めが一般的です。愛知県弁護士会としても、本年6月、最低賃金の大幅引上げをすべきとの会長声明を出したところです。

 日本の最低賃金は1959年に施行された最低賃金法の下で実施されていますが、いくつか課題があります。一つは、日本の最低賃金の水準が欧米諸国より20~30%低い点です。最低賃金の金額は、政府の下に設置された三者構成の中央最低賃金審議会が示す「目安」を基準に各県の審議会で県毎に決定します。ただ、その金額については、最低賃金法がごく一部の例外を除くすべての労働者に適用されるため、その水準については、正規労働者中一番低い15歳の初任給をにらんで決定されてきました。ところが中学卒で働く人がほとんどいなくなった昭和の終盤に至っても毎年2~3円ずつしか上げられず、仮に最低賃金で1か月働いても生活保護世帯より収入が低いとの批判が高まってきました。そこで、政府は2007年に「生活保護施策との整合を配慮」との改正(法第9条3項)を加え、最低賃金の水準引き上げに向け動き出しました。

 この法改正施行を控え、2007年には、審議会はこれまでの引上げ額の10倍となる20円の引き上げを答申し、以降今日まで毎年30円前後の引上げを続けてきました。一方でこの間、正規労働者の賃金水準が停滞を続けたことから、2022年には東京都の最低賃金1,072円は月給に換算すると17万円を超え、高卒初任給の平均である17万3000円と拮抗する水準となったのでした。

 我が国の最低賃金水準は、2023年の引き上げ後でも、未だ欧米諸国の7割程度の水準にとどまっており、非正規労働者や若年者の賃金を上げるためには、今後も高水準の引き上げを続ける必要があります。しかし、そうした場合正規労働者の高卒初任給も押し上げることとなり、日本の年功賃金という現状の中では、中高年層まで賃金を上げざるを得ないことから、企業にとっては重い負担となります。とりわけ、賃金を上げても仕入れ価格にすぐには反映できない中小零細企業にとって企業の存続にもかかわる深刻な問題となっています。

 日本企業が労務コストの上昇で破綻することを防ぐためには、政府として、特に中小零細企業への補助などの施策、あるいは、イギリスやフランスでは最低賃金を年齢や雇用形態などで区分適用していることなどを参考に、現行最低賃金法の除外規定のありかたを検討するなど、その対策立案は待ったなしの状況になっていると言えます。