1 生物多様性の保全の重要性と,生物多様性を保全するための条例制定の必要性について

(1)生物多様性とは,地球上の生き物の豊かな個性と繋がりのことであり,生態系,種,遺伝子の3つの段階での多様性を含むものとされています。生物多様性は,食糧,医薬品などの物的資源の供給のほか,水・土の保全や気候変動の緩和など生き物の生存に不可欠な機能を果たしており,人類が安定して存続するために不可欠な基盤です。

日本を含め,世界各地において,この生物多様性が人の自然破壊等の活動によって深刻な危機に陥っていることを踏まえ,1992年に生物多様性条約が採択されました。そして,2010年に名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では,生物多様性の保全のために2020年までに達成すべき20の目標(愛知目標)が定められました。

(2)しかしながら,COP10から10年後の2020年に,愛知目標の達成状況の評価を記した「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5:Global Biodiversity Outlook5)」において,「目標達成度は1割」程度と解説されており,生物多様性の保全の取り組みはまだまだ不十分な状況にあります。

(3)また,2015年9月の国連サミットで採択されたSDGs(Sustainable Development Goals,持続可能な開発目標)は,環境保護を基盤としつつ,環境・社会・経済がともに成り立ち持続可能な発展を行えるようにするために,2030年までに世界が達成する目標として17の目標を定めています。生物多様性の保全は,それら各目標の達成にも大きな関わりを持っています。

(4)以上より,愛知目標及びSDGsの目標の達成を目指して,現在の不十分な状況から生物多様性の保全を推進するためには,法律の分野においても,生物多様性の実効的な保全を可能とするための法令を積極的に定めることが必要と考えられます。特に,生物多様性の保全については,地域ごとに生態系・生物種等の生息状況が異なっていることから,地方自治体において地域の実情に即した形で,生物多様性を実効的に保全するための条例を制定し,運用することが重要と考えられます。

2 「地域の自然と生物多様性を守る条例の作り方~条例によって生物多様性を実効的に保全する方法を考える~」シンポジウムの開催

(1)愛知県弁護士会では,令和2年10月1日に,中部弁護士会連合会共催のもと,生物多様性の実効的な保全や活用のための条例の作り方をテーマとしたシンポジウムを,愛知県弁護士会ホールとZoomウェビナーとの併用で開催しました。

(2)導入報告

 同シンポジウムでは,第1部として,愛知県弁護士会の公害対策・環境保全委員会の委員から導入報告を行いました。

 まず,名古屋市平針で,希少な動植物が生息していた里山が開発されてしまった事例を踏まえ,都市部においても地域固有の自然環境が残されており,その保全を行うことの重要性,及び保全のための条例制定等の方法を考える必要があることについての報告を行いました。

 次に,生物多様性保全条例の実際の制定例として,東京都あきる野市,愛知県岡崎市,及び広島県北広島町が制定した生物多様性保全条例の内容上の特色や運用状況に関する以下の報告を行いました。

 東京都あきる野市では,希少な生き物を守り,将来世代へ承継するために,「生物多様性あきる野戦略」を打ち出しています。そして,ポイントとなる5つの取り組みとして,①生物多様性保全条例の制定,②あきる野市版レッドリストの作成,③カントリーコードの設定,④あきる野市生きもの会議の設置,⑤実施計画の策定,を挙げています。あきる野市の取り組みは,戦略を実行するためのよりどころになる生物多様性条例と,地域の実態に即した条例の運用を可能にする生物多様性地域戦略が,共にあってこそはじめて実効的な生物多様性の保全を行えることを示していると考えられます。

 愛知県岡崎市では,岡崎市自然環境保全条例が制定されており,「自然環境の保全及び創出」の目的実現のための計画や,市・市民・事業者の協働による推進体制や数値目標が定められており,実際にも,自然環境保護区を指定したり,指定希少野生動植物種を指定したりしていることが報告されました。市民・事業者の取り組みが生物多様性の保全のために重要な役割を果たしていることや,条例がいわば戦略や施策実現のツールとして機能していることが確認できました。

 広島県北広島町では,北広島町物多様性の保全に関する条例が制定されており,また,「生物多様性キャラバン~みんなでつくった生物多様性戦略~」というものを打ち出しています。ここでは,審議会委員と役場担当職員が一体となり,戦略の策定を進めています。また,地域住民には,指定希少野生生物及び野生生物保護区に関する提案権があり,その提案権に基づいて実行するという取り組みがなされており,条例の規定があることで,住民が積極的に地域の生物多様性の保全活動に取り組めることが示されている事例と考えられます。

(3)基調講演

 第2部では,日弁連公害環境委員会所属の幸田雅治弁護士,及び上智大学法学部教授の北村喜宣先生に,基調講演として生物多様性条例の制定上・運用上の実務的課題についてご講演いただきました。

 まず,幸田弁護士からは,生物多様性保全条例の制定上の実務的課題として,条例立案にあたっては,①政策目的性(立法事実,条例制定権の拡大など),②法的妥当性(条例の効力,憲法や法令との兼ね合い),③法的実効性(どのような行為形式を採用するか,裁量の範囲など)といった点が問題となることが示されました。さらに,以上を踏まえたうえで,規制の仕組みとして許可制とするか届出性とするのか,義務履行確保手段として刑事罰とするのか,公表するのかといった方法を検討する必要性や,刑罰として規定する際には,検察官と協議することも必要になること等が示されました。

 次に,北村先生からは,生物多様性保全条例の制定・運用に関する法律上の論点についての講演がありました。その中で,生物多様性の価値の問題(生命・健康が最も重要とすると,生物多様性の保全は個人的法益から距離があり,当然に保護が必要とはいえないと考えられていること)や財産権規制(民有地の問題などが挙げられ,補償の問題があること)の問題があることや,さらに保全のためのゾーニングをどうするべきか,地元同意をどうするか,保全のためにどのような手法を選択するかなどといった点を検討する必要があり,そのような検討を踏まえつついかに実効性のある条例を策定していくかが重要であることが示されました。

(4)パネルディスカッション

 第3部では,パネリストに北村喜宣教授,岡崎市役所の森本徳恵氏,北広島町職員の白川勝信氏を迎え,パネルディスカッションを行いました。

 ディスカッションの中では,まず,条例の制定と戦略の関係について意見交換が行われ,まずはベースとして条例を制定することで初めて戦略の計画・運用が実現できるといったお話がありました。また,運用面についてみても,地域戦略を条例に盛り込んで法定計画としての位置づけを明確にすべきといった実践的な話や,保全区域や保全対象種を定める前提として必要となる調査の実際の実施状況として,北広島町では審議会や専門委員会を設け,学術調査や実地調査を行ったということや,岡崎市でも調査会を立ち上げ,レッドリストの検討を行ったといった話があり,調査活動をいかに行うかについての非常に参考になるお話を聴くことができました。

 その他,保護地域の設定における財産権・損失補償の問題について意見交換が行われ,地元住民や所有者の同意を得るために,上意下達の方法ではなく,なぜ貴重な場所なのか,なぜ指定するのかといった説明を行ったり,住民の意向を元に保護区を指定したりするなどといった絶え間ない努力が行われていることが確認できました。

 その後に行われた会場・WEB参加者からの質疑応答では,各専門家や地元住民との連携に関する質問などがなされ,有意義なディスカッションとなりました。

(5)愛知目標やSDGsの目標の達成に向けて,今後,各地方自治体の主導により,各地域の実態に合わせた生物多様性保全条例の制定や運用を行うニーズがさらに高まると考えられます。そのような中で,今回のシンポジウムは,参加者にとって,条例の制定・運用のあり方を具体的に考えるうえで非常に参考となる点が多かったのではないかと思いました。

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3 愛知県弁護士会における,環境保全条例の制定・運用に関する支援の取り組みについて

 愛知県弁護士会の公害対策・環境保全委員会では,今回のシンポジウムで検討した点のように,環境保全条例を制定・運用する際に検討すべき課題,例えば条例の内容が法律の規定上定められる範囲を超えていないかの検討や,許可制・罰則の導入の可否といった点について助言等を行うことを中心とした,環境保全条例の制定・運用支援業務を行っております。また特に,継続的に支援を行わせて頂くことが必要となる場合には,愛知県弁護士会と地方自治体とで協定を結んだうえでの年単位での持続的支援の取り組みなども行っております。

 その他,地方自治体が制定した環境保全条例に基づいて設置された第三者委員会・審議会の委員の推薦・派遣も行っております。

 上記のような,環境保全条例の制定・運用支援業務,及び環境保全条例に関する委員の推薦・派遣のご依頼を希望される自治体におかれましては,愛知県弁護士会までお電話にてお問い合わせください。