人権擁護委員会・人権賞小委員会  委員 井口 光奈

 

1 はじめに

 本年度の当会人権賞は、在日フィリピン人の支援や多文化共生の推進を目的とする団体「FMC(フィリピン人移住者センター)」代表の石原バージさん(以下、「石原さん」)が受賞され、2月7日に授賞式が行われました。

FMC(フィリピン移住者センター)代表 石原バージさん
人権賞授与式にて石原会長(左)より記念の楯を受け取る石原バージさん(右)

 石原さんは、これまで長年にわたって、日本にいるフィリピンを中心とした外国人の方々のコミュニティを支援し、地域社会との窓口の役割を果たしていらっしゃいます。

 石原さんの活動と実績は人権賞に相応しいものでありますので、その活動や実績についてご紹介させて頂きます。
 

2 活動のきっかけ

 石原さんは、1992年にフィリピンから来日し、1994年に日本人男性と結婚をされました。結婚後は、ブラザー工業でミシンの仕事をしていた経験を活かし、エンターテイナーとして来日したフィリピン人女性の衣装修繕をおこなっていました。

 その中で石原さんは、修繕を依頼する女性たちの多くに、体に殴られたようなアザがあることに気づきました。彼女たちは、恋人・配偶者からの暴力(DV)の被害者でした。しかし、当時はまだ、彼女たちが母国語で相談できる場所は存在しませんでした。

3 自助・支援団体の立上げ

 そこで石原さんは、在日フィリピン人女性の人権擁護と社会福祉の向上のため、1997年、日本人の協力者と共に、FICAP Aichi(Filipina Circle for Advancement and Progress in Aichi)という団体を立ち上げ、YWCAなどでの活動を開始しました。当初は女性問題を中心に対応していましたが、その後、フィリピン人男性の労働問題を支援する複数の団体と合流し、2000年6月、石原さんを代表としてフィリピン人移住者センター(FMC)が設立されるに至りました。

 以降、石原さんは、FMC代表として、在日フィリピン人を巡るDV、在留資格(オーバーステイ)、結婚・離婚、労働、社会福祉等の諸問題の解決に取り組み、フィリピン人を中心とした在日外国人の地位向上と人権擁護、多文化共生の推進のため、現在でも精力的に活動を行っています。

 石原さんは、愛知県内を中心とした各地のフィリピン人コミュニティの立ち上げ・組織化に尽力してきており、これまでに、岐阜、一宮、豊橋、東浦、岡崎の各地域においてコミュニティが立ち上げられるに至りました。

4 FMCの紹介

(1)組織の概要

 石原さんが代表を務めるFMCは、石原さんの他に、弁護士、元市役所職員、行政書士を含む、日常的に関わっているボランティアスタッフによって支えられています。

 また、豊橋、岡崎、一宮など、愛知県内における各フィリピン・コミュニティや、NPOまなびや@kyuban(平成27年度愛知県弁護士会人権賞受賞者・川口祐有子さん主催の団体)、フィリピン・ソサエエティ・ジャパン(PSJ)等、多数の団体と交流があるほか、フィリピン現地のNGOとも連携を図っています。

(2)活動理念

 石原さんとFMCの活動理念は、自助、すなわち、石原さんに手を差し伸べてもらった人が、今度は別の誰かに手を差し伸べる側に回る、というもので、人的ネットワークや口コミが要となります。石原さんとFMCの活動に関する情報は、フェイスブック等のSNSや口コミで、在日フィリピン人や伝播されています。

(3)活動内容

 石原さんは、家庭内暴力や児童虐待など、日常生活において危機的状況に陥ったフィリピン人の保護・支援を行うほか、教育や家族などの日常の諸問題についても、随時相談を実施しています。

 FMCの事務所では、毎週水曜日に行政書士が、金曜日には元名古屋市役所職員のボランティアスタッフが常駐し、各分野について相談を受けています。毎週金曜日には女性、家庭の問題に関する相談を受け付けています。法律問題については、当会の笹尾菜穂子弁護士が、設立当時からのボランティアスタッフとして法律相談を担当しています。

 また、FMC事務所の所在する地域のごみ問題をきっかけに、地元町内会と連携するようになり、同会が主催するイベント、池田公園の清掃活動、防災訓練などの自治活動に積極的に参加するほか、同会と協力して、DVや防災に関するタガログ語のリーフレットを作成し、配布する活動も行っています。

 さらに、FMCは、愛知県在住のフィリピン人コミュニティリーダー等を対象とし、行政の仕組みや行政サービスについて学ぶセミナーを通して、フィリピン人住民が地域について理解を深め、地域活動に必要なネットワークづくりを推進する場の提供を目的とする事業(「「KnowYourCommunity!」プログラム)を実施しています。

5 活動の成果

 石原さんが取り組んできた活動の具体的な成果として、ケースを一つご紹介致します。

 日本人男性と内縁関係にあったオーバーステイのフィリピン人女性が、その男性との間にできた子ども共々捨てられたため、石原さんのもとに駆け込んで来たことがありました。石原さんは、この女性に知り合いの弁護士を紹介して法的手続につなげただけでなく、継続して女性の相談を受け続け、調停の際には女性に同行し、さらには国籍取得手続きの付添い・アドバイスなどの活動をし、その結果、子どもの国籍取得につながりました。

 また、石原さんの働きかけによって、県内各地のフィリピン人コミュニティが組織化され、かつ、バラバラだったフィリピン人コミュニティが石原さんを中心に一つにつながり、情報共有・伝達により有用な連携が取れるようになりました。

 石原さんは、他のフィリピン人とともに、池田公園の清掃活動に2003年から欠かさず参加していますが、このような地元住民との草の根の交流を継続することで、着実に多文化共生の意識が地域に根付いています。

6 今後の活動について

 石原さんは、これまで取り組んできた、DVや在留資格、労働等の問題に引き続き取り組んでいくとともに、次の世代に繋がる活動をしていきたいと考えています。

 現在、FMCの活動にはフィリピンにルーツを持つ若者(子どもや学生)の参加が増えていますが、彼らの中には、日本国籍を取得していても、日本社会に馴染めない者、また、アイデンティティ・クライシスを抱えている者も多いそうです。石原さんは、そのような若者に、自分たちのルーツや、母国フィリピンが抱える社会問題等について、石原さん及びFMCの活動を通して学んでもらい、両国の架け橋となるような存在になってもらいたいと考えています。

7 最後に

 石原さんは、在日フィリピン人の相談窓口として、実に16年以上の長きにわたり活動を続け、現在でも昼夜を問わず日々奔走しています。まさに八面六臂の活躍であり、人権賞の受賞者にふさわしいといえます。

 近年、欧州での難民受入が大きな課題となるなど、多文化共生社会の実現とそれを巡る課題は、今や世界的なトピックスとなっています。そのような現状の中、石原さんには今回の受賞を機に、多文化共生社会の実現のために更なる飛躍を遂げて頂きたいと思います。

受賞にあたり、石原バージさんから以下のお言葉をいただきました。

I extend my heartfelt thanks to the Aichi Prefecture Bar Association for honoring me with an award today.

I offer this award to my family, co-workers, and to the rest of the Filipino community.

This award will inspire as to continue with our aim to help those who are in need.

This task is not an easy journey to take, but organization such as yours makes our work easier and more rewarding.

We thank for reaffirming that we are doing the right thing no matter how challenging it might be.

We have a long way to go, the tasks ahead are numerous.
However, we know we have partners who understand the importance of equality and justice and knowing this we know that we are not alone in protecting and helping the rest of humanity.

Rest assured that we are not alone in defending the powerless, raising the voice for the voiceless, to give them new hope in life.

Again, our deepest appreciation to all of you of the great award.
Thank you. Malaming Salamat Po.

本日は,このような名誉ある賞をいただき,愛知県弁護士会に心からの感謝を申し上げます。

この賞は,私の家族,同僚,他のフィリピン人コミュニティと分かち合いたいと思います。

この賞は,助けを必要としている人々を支援するという私たちの活動を,今後も続けるにあたって,私たちに力を与えてくれるものです。

私たちの活動は茨の道でしたが,愛知県弁護士会のような組織のおかげで,活動がより容易に,より有益なものになりました。

私たちが行っていることが困難なものであったとしても,それが正しいことであると再確認してくださいましたことに,感謝申し上げます。

私たちは,今後も長い道のりを歩き続けなければなりませんし,やらなければならない課題は山ほどあります。

しかし,私たちには,公平と正義の重要性を知るパートナーがついていますし,人権を擁護し,他者に対する人道的な支援を行っているのは,私たちだけではないことを知っています。

改めまして,力のない者の人権を擁護し,声なき者のために声を上げ,そして,その者たちの人生に新たな希望となるために,私たちは一つだということを確認させてください。

改めまして,みなさま方には,すてきな賞に深く感謝いたします。
ありがとうございます。 Malaming Salamat Po.

《愛知県弁護士会・人権賞とは》

 愛知県弁護士会人権賞は、人権擁護のための地道な活動を続ける人や団体を顕彰するため、平成元年度に創設されたもので、今回が第28回となります。

 候補者の中から受賞者を選考する選考委員会は、学者の方やマスコミ関係者などから5名と弁護士4名の合計9名で構成され、さまざまな視点から意見を交わして選考を行います。