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令和5年12月7日付要望書(法務大臣及び名古屋拘置所宛)
愛弁発第343号 令和5年12月7日
法務大臣 小泉 龍司 殿
名古屋拘置所所長 小川 雅之 殿
愛知県弁護士会 会長 小川 淳
要 望 書
当会は、貴職らに対し、申立人〇〇〇〇からの人権侵犯救済申立事件(令和4年度第57号)について、以下のとおり要望する。
第1 要望の趣旨
未決勾留により拘禁されている者のうち、少なくとも、運転免許が失効して2年が経過した者に対して、平成16年11月16日付け法務省矯保第5794号通知(「矯正施設における特定失効者に対する運転免許試験の実施について(通知)」と同様の試験を受験させるよう要望する。
第2 要望の理由
1 申立ての趣旨
申立人は、令和2年11月に逮捕され、一審判決(懲役11年)を経て、控訴審係属中であり、未決勾留中の令和3年に運転免許が失効した。令和6年で失効後3年を経過する。
上記控訴審においては、未だ公判期日が定められていない(申立て段階)。申立人は無罪を主張しており、控訴審でも有罪判決を受けて上告することとなると、失効後3年を経過する可能性が高く、運転免許の更新手続(再取得試験)を受けられなくなる。
申立人の前職は、トラック運転手であり、社会復帰後の就職先も同職を考えているので、運転免許は必要である。
よって、未決勾留中であっても失効した運転免許の更新手続をさせて欲しい。
2 調査方法と調査結果
⑴ 申立人との面談
ア 日時 令和5年9月12日午後1時~午後1時40分
イ 場所 名古屋拘置所
ウ 聴取内容の要旨
① 逮捕後、四日市拘置所、三重刑務所(未決)で勾留され、令和4年11月、控訴審係属に伴い、名古屋拘置所に移った。
② 現在は、控訴審係属中。控訴審第一回公判が本年1月にあり、その後、押収されたスマホの返還をめぐって津地裁で準抗告中。準抗告は、当初、本年7月中に結果が出る予定だったが、9月に延期された。控訴審は、第一回公判以降、進行協議のみが継続されている。
③ 勾留の執行停止をこれまで2回申し立てたがいずれも却下された。1審段階と2審段階で1回ずつ。2審段階は、本年5月9日申立をし、本年5月11日に却下された。近々、3回目の申立予定である。
④ 免許の更新手続については、これまで何度も申し出たが、認められていない。
⑤ 名古屋拘置所では、職員に口頭で何度も申し出た。「書面で出して も無駄だ」と言われたので、書面では出していない。
⑥ 令和4年の12月には、法務大臣への苦情申し出をした。書面で行ったが、回答(不採用)は書面ではなく、口頭で、拘置所職員から伝えられた。
⑦ 総務省行政評価局へも苦情を出したが、令和5年3月23日、書面で回答があった。書面の内容は、法務省の見解を伝えるだけのもの。ただ、申立人の見解については、法務省に伝えるとのことだった。
⑧ 三重県の刑務所の視察委員会に対しては、面接の際に、免許の更新をさせてくれないのはおかしいと伝えた。その回答が、令和4年7月14日にあった。日弁連からも法務省に対し、おかしいということを既に伝えているという内容だった。
⑨ 保釈申請はしていない。
⑩ 逮捕時は作業員だったが、過去にトラック運転手だったことがあり、社会復帰後は、トラック運転手が仕事の第一候補。運転が好き。免許は、令和3年2月〇日失効した(申立人の誕生日はその約1か月前)。中型免許。8トンまで運転可である。
⑪ 運転免許のほかに、高所作業車の運転資格や小型移動式クレーン の運転資格を有しているが、そもそも運転免許がないとそれらも意味がなくなると思う。
⑫ これまで無事故無違反であり、現在52歳である。
⑬ 完全に免許が失効してしまうと、再取得のために30万円程度の 費用が必要と思われるが、出所後にそのようは費用があるはずもなく、運転ができないとなると、社会復帰に困難が予想される。
⑵ 名古屋拘置所に対する照会結果(令和5年10月26日回答)
ア 申立人の運転免許証の有効期限は平成33年2月〇日までと記録されている。
イ 申立人から運転免許更新手続に関する願い出が出された記録は認められない。
ウ 本件通知の対象としているのは自所執行懲役受刑者のみであり、未決拘禁者は対象ではない。
⑶ 日本弁護士連合会作成の令和3年9月22日付け要望書について
未決勾留により拘禁されている者のうち、少なくとも、運転免許が失効して2年が経過した者に対して、平成16年11月16日付け法務省矯保第5794号通知(「矯正施設における特定失効者に対する運転免許試験の実施について(通知)」と同様の試験を受験させることを要望する。
(ア) 2004年11月16日付け法務省矯保第5794号通知(「矯正施設における特定失効者に対する運転免許試験の実施について(通知)」、以下「本件通知」という。)の概要
① 内容
確定裁判等の執行として拘禁されている者が、拘禁中に運転免許が失効した場合、矯正施設内で運転免許試験を受験する機会を与える。
② 趣旨
道路交通法一部改正(2002年6月1日施行)に伴い、「収容中に運転免許が失効して3年が経過した者については、出所後免許を再取得する場合、試験の一部免除が認められず、適性試験、技能試験及び筆記試験のすべてを受験しなければならなくなった」ところ、「運転免許の失効により、出所後の就労先の確保が困難になるほか、被収容者の中には、所持金も少なく、身元引受関係が不良で家族から経済的援助を得られない者も少なくないことから、このような者が、出所後すべての試験を再受験しなければならないとすれば、その更生資金を著しく圧迫することとなり、本人の改善更生及び円滑な社会復帰の妨げとなることが予想される」。そこで、「当該失効者に矯正施設内で運転免許試験を受験する機会を与えることにより、円滑な社会復帰に資する」ことを趣旨とする。
③ 対象者
2001年6月20日以降に新たに矯正施設に入所し、拘禁中に運転免許が失効した者であって、免許失効後、引き続き懲役若しくは禁固の確定裁判(これに併科された罰金刑に係る労役場留置を含む。)又は少年院送致の保護処分の執行として拘禁されている者を対象とする。 ただし、次のいずれかに該当する者を除く。
ⅰ 運転免許が失効した日から概ね2年6月以内に出所することが明らかである者
ⅱ 免許申請書を提出する日における年齢が70歳以上の者。ただし、(以下省略)
ⅲ 矯正施設内での運転免許の更新を希望しない者
④ 実施時期
年1回の実施。具体的な実施日は試験を実施する刑事施設とその所在地を管轄する警察本部との協議により決定する。
⑤ 実施場所
ⅰ 刑事施設の戒護上支障のない場所において実施する。
ⅱ 一部の警察本部の管轄下に複数の刑事施設がある場合(以下省略)
ⅲ 少年院の被収容者で該当者がいる場合については、最寄りの刑事施設に外出させて受験させる。
⑥ 試験の種類
ⅰ 適正検査
(a) 運転免許の種類に応じ、①視力、②深視力、③聴力、④運動能力のうち、必要なものについて実施する。
(b) (以下省略)
ⅱ 講習
(a) 運転者の種別に応じ、①優良運転者に対する講習、②一 般運転者に対する講習、③違反者に対する講習、④初回運転者に対する講習のうち、必要なものについて実施する。
(b) (以下省略)
(イ) 法務省矯正局に対する照会結果
① 本件通知の対象者に未決拘禁者は含まれていない。
② 対象者に該当しない者は本件通知の試験を受験することができない。
3 認定した事実と理由
⑴ 申立人は、名古屋拘置所に在所している未決勾留中の者であり、未決勾留期間中に同人の保有する運転免許が失効し、令和6年2月△日で3年が経過することになる。
⑵ 申立人は、免許の更新を希望しているが、未決収容者ということで、免許の更新をすることができなかった。
⑶ 法務省矯正局は、本件通知の対象者に含まれていない未決拘禁者は施設内免許再取得試験を受験することができないとしている。
4 認定した事実に対する評価(人権侵害の有無)
⑴ 本件通知は、前記2⑶イ(ア)③のとおり、「懲役若しくは禁固の確定裁判(これに併科された罰金刑に係る労役場留置を含む。)」等の「執行として拘禁されている者」を対象としており、未決拘禁者を含んでいない。
また、各刑事施設は、本件通知を根拠として、施設内免許再取得試験を実施しており、本件通知の対象者でない未決拘禁者に対しては、同試験を実施していない。
⑵ 本件通知は、前記2⑶イ(ア)②のとおり、「運転免許の失効により、出所後の就労先の確保が困難になるほか、被収容者の中には、所持金も少なく、身元引受関係が不良で家族から経済的援助を受けられない者も少なくないことから、このような者が、出所後すべての試験を再受験しなければならないとすれば、その更生資金を著しく圧迫することとなり、本人の改善更生及び円滑な社会復帰の妨げとなることが予想される」ため、「当該失効者に矯正施設内で運転免許試験を受験する機会を与えることにより、円滑な社会復帰に資する」ことを趣旨としている。
⑶ そして、未決勾留中の者のうち、運転免許が失効してから3年が経過してしまった後に懲役若しくは禁固の確定裁判等により拘禁されることになった者に対しても、本件通知の趣旨がそのまま当てはまる。
⑷ また、未決勾留中の者のうち、運転免許が失効してから3年が経過してしまった後に確定裁判等により拘禁されることがなかった者についても、本件通知の「運転免許の失効により、出所後の就労先の確保が困難にな」り、また、「所持金も少なく、身元引受関係が不良で家族から経済的援助を得られない者」については「すべての試験を再受験しなければならないとすれば」「円滑な社会復帰の妨げとなる」という趣旨は当てはまる。
長期間の未決勾留を経た後に釈放される者にとっては、その釈放理 由が無罪判決であれ、執行猶予付きの有罪判決であれ、「円滑な社会復帰」が必要である。
⑸ 未決勾留は、刑事訴訟法の規定に基づき、逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として、被疑者又は被告人の居住を刑事施設内に限定するものである。
そして、刑事施設内においては、多数の被拘禁者を収容し、これを集団として管理するにあたり、その秩序を維持し、正常な状態を保持するよう配慮する必要がある。このためには、被拘禁者の身体の自由を拘束するだけでなく、この目的に照らし、必要な限度において、被拘禁者のその他の自由に対し、合理的制限を加えることもやむをえないところである。しかし、この制限が必要かつ合理的なものであるかどうかは、制限の必要性の程度と制限される基本的人権の内容、これに加えられる具体的制限の態様と較量のうえに立って決せられるべきものである(最高裁判所昭和45年9月16日大法廷判決、同昭和58年6月22日大法廷判決参照。)。
⑹ この点、前記2⑶で挙げた要望書の措置後照会に対する法務省矯正局成人矯正課長名での回答では、未決拘禁者は、罪証隠滅防止の観点から、受刑者と比較して、同試験を受験させる機会を与えることが刑事施設の管理運営上困難であるなどの理由により、特段の対処はしていない、とのことであった。
⑺ しかし、受刑者に認められている矯正施設内での運転免許試験では、適性試験(運転免許の種類に応じ、①視力、②深視力(大型、牽引、第二種)、③聴力、④運動能力のうち、必要なものについて実施する。)と講習(運転者の種別に応じ、①優良運転者に対する講習、②一般運転者に対する講習、③違反者に対する講習、④初回運転者に対する講習のうち、必要な物について実施する。)が行われるが、いずれも、刑事施設内において、戒護上支障のない場所において実施される(本件通知参照)ものであり、刑事施設外において罪証を隠滅する恐れがあるとはいえない。
また、試験が行われる刑事施設内は、試験実施の公正を図る上でも通謀を行う可能性がない環境が確保されるものであり、未決拘禁者が他者と通謀して罪証隠滅することは、防止できる。
他方で、運転免許の失効により、出所後の就労先の確保が困難になるほか、被収容者の中には、所持金も少なく、身元引受関係が不良で家族から経済的援助を受けられない者も少なくないことから、この様な者が出所後全ての試験を再受験しなければならないとすれば、その更生資金を著しく圧迫することとなり、本人の改善更生及び円滑な社会復帰の妨げとなることが予想されるのは、受刑者だけでなく、未決拘禁者も同様である。
⑻ さらに、未決拘禁者のうち、運転免許が失効しても3年が経過しないうちに確定裁判等により拘禁されることになった者は、収容先の刑事施設において本件通知に基づく施設内免許取得再試験を受けることができ、未決勾留中の者のうち運転免許が失効しても3年が経過しないうちに確定裁判等により拘禁されることがなかった者については、在監等やむを得ない理由がある者で、運転免許証の有効期間が過ぎてから6か月を超えて3年以内で、やむを得ない理由がやんだ日から1か月以内であれば、運転免許試験場において本件通知と同様の試験を受けることができる(やむを得ない理由があり、運転免許証の有効期間が過ぎてから6か月以内の者も同様)。
そのため、現行制度においても、未決勾留中において、運転免許が失効して3年経過する前に確定裁判等により拘禁されるか又は拘禁されることがなかった者は、再試験を受けることができるが、確定裁判等が出なかった者については再試験を受けることができず、多大な不利益を被ることとなる。
このように、確定裁判等の時期により、未決拘禁者の運転免許失効による不利益の有無が決まることについて、単に罪証隠滅防止のみをもって合理的理由があるとはいえない。
⑼ 以上より、人権侵害のおそれを払しょくできないため、未決勾留中の者のうち、少なくとも運転免許が失効して2年が経過した者に対して、免許失効を防ぐことができる利益を保護すべく、法務省及び名古屋拘置所に対して本件通知に基づく施設内免許取得再試験と同様の試験を受験させることを要望する必要がある。
5 結論
よって、当会は、貴職らに対し、要望の趣旨記載のとおり要望する。
以上