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令和5年11月24日付要望書(愛知県警察本部宛)

愛弁発第312号 令和5年11月24日 

愛知県警察本部長 鎌田 徹郎 様

愛知県弁護士会 会長 小川 淳 

要 望 書

 愛知県弁護士会は、貴所に対し、〇〇〇〇の申立てにかかる令和3年度第12号人権侵犯救済申立事件について、下記のとおり要望する。

第1 要望の趣旨

 貴所管轄下の留置施設における被留置者の入浴回数について、各留置施設の個別具体的事情のもとでの支障の有無を勘案しながら、季節を問わず週2回以上の入浴回数を確保できるよう、十分に配慮することを要望する。

第2 要望の理由

1 申立ての趣旨

 申立人は、令和3年に約2か月間、愛知県警察中村警察署に勾留されていたところ、入浴の機会が5日に1回程度であったため、入浴が一週間に1回の週もあった。入浴回数が不十分であるから、留置施設における十分な入浴回数の確保を求める。

2 調査の結果
⑴ 申立人への文書照会

 申立人(昭和〇〇年生、男性)は、令和3年に逮捕され、同日から、約2か月後に名古屋拘置所へ移送されるまでの間、中村警察署に留置されていた。

 中村警察署での入浴の頻度は、5日に1回程度だった。具体的には、月曜日→金曜日→翌週の水曜日→翌週の月曜日→金曜日→翌週の水曜日...の繰り返しだったため、週に1回(水曜日)しか入浴できない週があった。

 一回あたりの入浴時間は15分であり、3人ないし4人が同時に入浴した。

 なお、中村警察署に留置されていた間、申立人の健康状態は良好だった。

⑵ 中村警察署への文書照会及び愛知県警察本部への文書照会

ア 文書照会日      令和5年2月22日

イ 照会に対する回答日  令和5年3月29日

ウ 回答の要旨

 中村警察署への文書照会及び愛知県警察本部への文書照会を併せて、愛知県警察本部の担当者より、電話にて、照会事項については留置施設の管理運営上の理由から回答を差し控える旨、ただし、入浴の頻度は国家公安委員会関係刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律施行規則第17条に基づき、5日に1回を下回らないものとしている旨の回答があった。それ以上の具体的な運用や入浴頻度を増やした場合の支障の有無等についての具体的な回答は得られなかった。

⑶ 警察庁への文書照会

ア 文書照会日      令和5年2月22日

イ 照会に対する回答日  令和5年3月28日

ウ 回答の要旨

【刑事施設と留置施設との間で被収容者の入浴頻度の下限が異なる点について】

「留置施設における入浴の回数については、気候その他の事情を考慮して5日につき1回を下回らないよう、留置業務管理者が定めることとされているところ、刑事施設における入浴の回数については、お答えする立場にありません。」

【法令の下限を超える都道府県警察の存在について】

「警察庁では、各留置施設における入浴の回数について、網羅的に把握しておりません。」

【留置施設における入浴回数等に関する内部ルールの存在について】

「留置施設における入浴の回数等については、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第204条及び第59条並びに国家公安委員会関係刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律施行規則第17条に基づき、留置業務管理者が定めることとされています。」

3 認定した事実
⑴ 認定した事実

 申立人が中村警察署に留置されていた令和3年から約2か月間、入浴の機会が5日に1回程度であり、一週間に1回の週もあった。

⑵ 認定の理由

 「5日に1回程度」という入浴頻度は、申立人の申述通りであるが、これが刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「処遇法」という。)第204条・第59条に基づく国家公安委員会関係刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律施行規則(平成19年6月1日施行。以下「処遇規則」という。)第17条によって定められた留置施設における入浴頻度の下限と一致していること、さらに、中村警察署及び愛知県警察からの回答もこれを否定していないことなどから、申立人の申述について信用性を疑う理由はないと判断し、上記の事実を認定した。

4 人権侵害性の判断
⑴ 法令の定め(刑事収容施設での入浴の回数に関する法規制)

ア 刑事施設(刑務所、拘置所など)

 処遇法第59条は、「被収容者には、法務省令で定めるところにより、刑事施設における保健衛生上適切な入浴を行わせる。」と定めている。

 そして、法務省令である刑事施設及び被収容者の処遇に関する規則第25条第1項は、「被収容者には、収容の開始後速やかに、及び一週間に2回以上(閉居罰(...)を科されている者については、一週間に1回以上)、入浴を行わせる。」と定めている。

 したがって、刑務所、拘置所等の刑事施設では、原則として、一週間に2回以上の入浴を行わせる必要がある。

 なお、被収容者の保健衛生及び医療に関する訓令第5条は、「被収容者の入浴の回数及び時間は、気候、矯正処遇等の内容その他の事情を考慮して、刑事施設の長が定める。」としている。

イ 留置施設(警察署の留置場など)

 これに対して、留置施設・被留置者に対する入浴の頻度等については、処遇法第204条・第59条の委任命令である処遇規則第17条が、次のとおり定めている。

「1 法第204条において準用する法第59条に規定する入浴の回数及び時間は、気候その他の事情を考慮して、留置業務管理者が定める。

2 前項の回数は、5日につき1回を下回ってはならない。

3 入浴には、留置業務に従事する職員が立ち会うものとする。この場合において、女子の被留置者の入浴の立会いは、女子の職員が行わなければならない。」

 したがって、留置施設では、少なくとも5日に1回以上の入浴を行わせる必要がある。

ウ 処遇規則第17条第2項の制定経緯

 処遇法制定前の監獄法下においては、入浴回数について、6月から9月までは5日ごとに1回、10月から5月までは7日ごとに1回を下回ってはならない旨が定められていた(監獄法施行規則第105条)。

 そして、処遇規則制定に際し、警察庁が公表した当初案は、入浴回数について週1回以上と定めていたが、意見募集手続(パブリック・コメント)を経て、5日に1回以上へと修正された。平成19年5月25日付で警察庁が公表したパブリック・コメントの結果のうち入浴に関するものの内容は、以下のとおりである。

【意見の概要】

 入浴の回数は、週1回以上では少なすぎる。刑事施設では週2回以上とされており、少なくともこれと同様の水準に改めるべきである。

【意見に対する考え方】

 留置施設には刑事施設と異なり大規模な浴場がないことから、少人数に分けて入浴させる必要があるため、入浴の実施には、大きな業務負担が生じます。そのため、すべての都道府県について入浴回数を週2回とすることは困難な状況にありますが、御意見及び都道府県警察の実情を勘案し、最低の入浴回数を5日に1回と修正することとします。

⑵ 本件における人権侵害性

ア 本件において、中村警察署での申立人の入浴頻度は、月曜日→金曜日→翌週の水曜日→翌週の月曜日→金曜日→翌週の水曜日...の繰り返しだったから、入浴が一週間に1回の週もあったとはいえ、入浴の頻度自体は4日ないし5日に1回である。警察署の留置場において、5日に1回をやや超える頻度で入浴が行われていたから、処遇規則第17条第2項に違反するとはいえない。

イ しかし、入浴は、身体を清潔に保ち、免疫力を高める効果を有しており、保健衛生上不可欠な(少なくとも重要な)行為であるし、日本では、その気候的・文化的な背景から毎日入浴(浴槽浴ないしシャワー浴)する習慣があるため、適切な頻度で入浴を行う利益は、少なくとも憲法(第13条、第25条)上保護に値する利益であると考えられる。

 そして、留置業務管理者には、5日に1回を下回らない範囲で入浴回数を決定する裁量権があるものの、この裁量は無制限なものではなく、「気候その他の事情」を踏まえ相当な範囲で行使されなければならない。

 留置施設の管理上の都合は、一般論としては、裁量権の考慮要素とすることが認められると考えられる。もっとも、入浴は、身体を清潔に保ち、免疫力を高める効果を有しており、保健衛生上不可欠な(少なくとも重要な)行為であるし、日本では、その気候的・文化的な背景から毎日入浴(浴槽浴ないしシャワー浴)する習慣があることに鑑みると、5日に1回の入浴頻度を確保することは、あくまで最低限の人権保障に過ぎず、決して望ましい状態とはいえない。留置施設において、法令上の入浴頻度の下限が5日に1回であることを理由として、入浴回数を増やすための施設管理上の配慮を行うことに消極的な考えが生じているとすれば、それは、人権擁護の観点から是正されるべきものである。

ウ 留置施設は、全国に約1100施設存在しており、施設ごとの事情は、相当に多様であることが想定される。処遇規則に関するパブリック・コメントに対する警察庁の回答からも、5日に1回という入浴頻度の下限は、留置施設ごとの事情が多様であることを踏まえたものに過ぎず、留置施設によっては、より高い頻度で入浴させたとしても施設管理上の支障が生じない施設は存在していると思われる。

 そこで、本件では、当会は、中村警察署に対し、被留置者の入浴に関するルール・運用、入浴日とそれ以外の日の留置場内の職員の勤務態勢の違い、入浴頻度を週2回とした場合に留置業務に生じる支障の有無・内容等について照会し、また、愛知県警察本部に対し、愛知県下の各警察署における入浴頻度の違い等について照会し、愛知県内の留置施設における入浴頻度について、具体的な事情を調査することを試みた。ところが、これらの照会については、愛知県警察本部から一括で回答がなされ、その内容は「留置施設の管理運営上の理由から回答を差し控える」旨のものであり、実質的な回答はまったく得られなかった。

 そのため、中村警察署をはじめとする愛知県警察本部管轄下の留置施設において、施設管理上やむを得ない事情から入浴頻度を増やすことが困難であるのか、それとも、施設管理上の支障を来すことなく入浴頻度を増やすことが可能にもかかわらず、入浴頻度を増やすことについて留置施設側が消極的な姿勢でいるのか、依然として不明である。

 以上のような状態のもとでは、留置施設における入浴に関する処遇が留置施設側の自発的な取組みによって改善するとは到底期待できず、留置施設内の入浴に関する人権保障は、低い水準に留まり続けてしまう。

 日本における入浴の社会的な意義に照らせば、留置施設における入浴に関する処遇の改善は、人権問題として取り組まれるべきテーマである。

 そして、処遇規則第17条第2項の上記制定経緯や同条項施行からすでに16年経過していることからすれば、少なくとも刑事施設と同等の水準での運用が実現されるべきである。

⑶ 結語

 以上の観点から、留置施設における入浴頻度の下限を、原則として刑事施設と同等の週2回以上の水準で運用することを要望する。

以上