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令和7年6月24日付要望書(名古屋刑務所宛)
愛弁発第161号 令和7年6月24日
名古屋刑務所長 森田 裕一郎 殿
愛知県弁護士会 会長 川合 伸子
要 望 書
当会は、貴所に対し、貴所に収容されていた申立人○○○○からの人権侵犯救済申立事件(平成29年度第37号)について、以下のとおり要望する。
第1 要望の趣旨
1 受刑者から宗教上の理由により禁忌食品の申告があった場合には、受刑者それぞれの禁忌食品の内容に合わせ、できる限り禁忌食品のみを回避した食事を提供する、食事の選択肢を増やす等の方法により、受刑者が喫食可能な食品まで摂取できなくなることがないよう必要な措置を講じることを要望する。
2 ヒンドゥー教徒の受刑者が宗教上の理由から牛肉を除いた食事を希望した場合には、他の喫食可能な肉類や卵類も除いた食事ではなく、牛肉のみを除いた食事を提供することができるよう必要な措置を講じることを要望する。
第2 要望の理由
1 申立ての趣旨
申立人は、ヒンドゥー教徒であるところ、貴所職員に対し、ヒンドゥー教であることを理由に「牛肉を食べない」と説明したが、貴所職員から「お前一人のために食事を作らない」等と言われ、牛肉のない食事が提供されなかった。これは貴所による申立人に対する人権侵害行為であり、人権救済を求める。
2 調査方法と調査結果
⑴ 申立人からの聴取
ア 日時 平成30年4月4日13時30分
イ 場所 貴所
ウ 聴取内容の要旨
(ア) 申立人はヒンドゥー教徒である。そのため食事の際に牛肉のみ抜いてもらいたいと貴所に要望しているが、認められていない。牛肉を抜いてもらう措置を要望すると、申立人が抜いてもらうことを希望していない食材(肉類全て、卵等)も抜かれてしまう取扱いとなっている。なお貴所では、イスラム教の受刑者に対しては、豚肉のみ抜くという取扱いをしている。
(イ) 平成26年2月3日からは、通常の食事をお願いしている。牛肉が入っている料理は、他の受刑者が自分の分を食べている。
⑵ ヒンドゥー教の禁忌食品に関する文献等調査
ア 国土交通省総合政策局観光事業課が平成20年2月に発行した「多様な食文化・食習慣を有する外国人客への対応マニュアル~外国人のお客様に日本での食事を楽しんでもらうために~ 」には、ヒンドゥー教の項において、「食に対する禁止事項と嫌悪感」として以下の記述がある。
「※肉食が避けられる。(省略)
※肉食をする人もいる。その場合にも食べる対象は、鶏肉、羊肉、ヤギ肉に限定される。
※牛は神聖な動物として崇拝され、牛を食べることは禁忌とされる。」
イ 東京都が令和6年3月に発行した「飲食 宿泊 小売事業者のための訪都外国人旅行者 インバウンド対応ガイドブック 」の「禁忌事項」のインドの欄には、以下の記述がある。
「牛は神聖な動物
国民の6割程度がベジタリアン。牛は神聖な動物として崇拝され、食べることは禁忌とされている(イスラム教徒を除く)。豚は不浄な動物とみなされ、基本的に食べない。肉食をする人もいるが、鶏肉、羊肉、ヤギ肉に限定。」
⑶ 貴所に対する文書照会
ア 照会日 令和3年7月17日付
イ 回答日 令和3年9月2日付
ウ 照会と回答の内容
(ア) 照会事項1
Ⅰ 照会事項
貴所では、一般的に受刑者への食事について、どのような宗教上の配慮がなされていますか。宗教上の理由により、受刑者の食事に複数の選択肢があるとすれば、受刑者が選択できる食事の内容を具体的に教えてください。
Ⅱ 回答
移送元施設から宗教上摂取できない食品がある旨の引き継ぎがあった外国人受刑者については、入所時に摂取できない理由等を質問し、同受刑者から宗教上の戒律が理由である旨の意思表示がされれば、意思確認書を記入させた上で、食事を変更することとしています。
また、宗教上の理由により特別な食事を給与する場合の食事区分は以下のとおりです。
| 区分 | 禁忌食品 | 喫食可能な食品 |
| (宗)A食 | 豚肉(エキス・調味料を含む)、うろこのない魚(うなぎ・たこ・いか)、内臓を含んだ魚(しらす、煮干、佃煮)等 | むきえび、チキンボール、あさり、しじみ、かにフレーク、さんまひらき、卵類、鶏肉、ローストチキンパック、かにかまぼこ、蒸しかまぼこ等 |
| (宗)B食 | 鶏肉・豚肉・牛肉・卵類(エキス・調味料を含む)等 | 魚介類全般(エキス・調味料を含む)、大豆ハム等 |
| (宗)C食 | 鶏肉・豚肉・牛肉・卵類・魚介類全般(エキス・調味料を含む)等 | 植物由来の食品(大豆ハム・がんもどき、油揚げ、生揚げ)等 |
(イ) 照会事項2
Ⅰ 照会事項
受刑者が宗教上の理由により、牛肉等、特定の食材を料理から取り除いて提供するよう願い出た場合、願い出た特定の食材のみが取り除かれた食事を提供することは行っていますか。平成29年当時から現在に至るまでの実施状況について教えてください。
仮に、牛肉等を取り除くという取り扱いをしていない場合、その具体的な理由を教えてください。
Ⅱ 回答
上記(ア)Ⅱで述べたとおりであり、平成29年においても同様の取り扱いをしていました。
(ウ) 照会事項3
Ⅰ 照会事項
申立人が宗教上の理由により「牛肉を食べない」旨説明したところ、担当刑務官から申立人に対し「お前一人のために食事を作らない」「ここはインドじゃないから牛肉食べていいよう、おいしいよう」等と牛肉を食べることを勧めるような発言を述べたことはありましたか。
Ⅱ 回答
職員は、上記(ア)Ⅱに沿った対応をしているため、申立人が述べるような発言をすることはありません。
(エ) 照会事項4
Ⅰ 照会事項
申立人に対して提供された食事について、宗教上の配慮がなされた食事が提供されていましたか。提供されていたとすると、どのような食事が提供されていましたか。
Ⅱ 回答
申立人が、入所時に記入した意思確認書により、上記(ア)Ⅱで述べた(宗)B食を給与していました。
なお、貴所に対し、令和5年11月10日付けで、上記の回答記載の取扱に変更があるか照会したところ、貴所から、同年11月16日付けで、取扱いに変更がない旨の回答があった。
⑷ 貴所以外の刑務所への文書照会
ア 照会の経緯
本件同様に、受刑者が宗教上の理由から、禁忌食品を含まない食事の提供を要望した場合に、貴所以外の刑務所においていかなる取扱いがなされているか調査するため、令和5年11月10日付で文書照会を行い、以下の各刑務所から回答を得た。
イ 各刑務所からの回答の要旨
札幌刑務所、福島刑務所、栃木刑務所、横浜刑務所、新潟刑務所、甲府刑務所、金沢刑務所、京都刑務所、神戸刑務所、和歌山刑務所、高松刑務所、福岡刑務所及び長崎刑務所 からは、入所時面接等での受刑者の申出又は職員からの聴取により、宗教上の理由による禁忌食品があると判明した場合には、個別的に対応する旨、また、可能な限り禁忌食品の代替食品を給与する旨の回答があった。
府中刑務所、静岡刑務所、大阪刑務所及び広島刑務所は、宗教食やベジタリアン食の選択肢を設けているとの回答があったが、以下のとおり、選択肢の内容は各刑務所により異なっている。
| 府中 |
①宗教食として、豚肉を使用しない食事 ②ベジタリアン食として、肉魚類を使用しない食事 を支給している。 上記対応以外に、宗教上の理由により、特定の食材のみを取り除いた食事は支給していない。 |
| 静岡 |
禁忌食品を使用しない食事の主な内容は以下のとおりであるが、禁忌食品のみを取り除いた食事(摂取可能な食品で代替)も給与している。 ①豚肉禁止(食材のエキスを含む。以下同じ。) ②牛肉禁止 ③豚肉及び牛肉禁止 ④豚肉及び頭足類(いか及びたこ。以下同じ。)禁止 ⑤豚肉、頭足類、貝類、甲殻類、うなぎ及びあなご禁止 ⑥肉類禁止 |
| 大阪 |
通常と異なる内容の食事として、 ①宗教食(豚又は牛など宗教上禁忌とされる食材を使用しない食事をいう。)又は ②ベジタリアン食(肉、魚及び卵を使用しない食事をいう。) を支給している。 |
| 広島 |
宗教食の種類については、次のとおりである。 ①牛肉禁止食:牛肉(エキス等を含む。)を使用しないものとし、鶏肉、豚肉、卵を重量換算で代替えすることを原則とするが、揚げ物等の場合には、普通食の牛肉を使用しない食材のメニューを増量するなどの食事としている。 ②豚肉禁止食:豚肉(エキス等を含む。)を使用しないものとし、鶏肉、牛肉、卵を重量換算で代替えすることを原則とするが、揚げ物等の場合には、普通食の豚肉を使用しない食材のメニューを増量するなどの食事としている。 ③ベジタリアン食:獣鳥類、魚介類、卵(いずれも豚肉を除くエキス、脂は使用する。)を使用しないものとし、野菜類、乳製品で対応するが、タンパク源補充の意味から、大豆製品等の植物性タンパク又は乳製品の付加を行う食事としている。 なお、ラマダン中の食事に関しては、朝食及び昼食を湯茶のみの支給とし、夕食時に主食、副食を3食分給与する配慮もしている。 |
3 認定した事実等
申立人は、インド出身であり、ヒンドゥー教を信仰している者であるところ、平成25年〇月〇日、貴所に入所した。その際、申立人は、宗教上の理由から牛肉が摂取できない旨を申告した。
貴所では、宗教上の理由により特別な食事を供与する場合について、上記2(3)ウ(ア)Ⅱのとおり(宗)A食・(宗)B食・(宗)C食の3つの区分を設けているが、3つの区分には、牛肉のみを取り除く内容の区分はなく、牛肉が含まれないB食を選択した場合には、鶏肉・豚肉・卵類(エキス・調味料を含む)も取り除かれ、肉類と卵類が食せない食事が提供されることとされていた。これにより、申立人は、鶏肉・豚肉・牛肉・卵類(エキス・調味料を含む)等が含まない食事のみを提供された。
また、貴所以外の刑務所における取扱いは、上記2(4)のとおりであった。
4 人権侵害性の判断
(1) 本件において、申立人が食事に配慮を求めた理由は、宗教上の必要性によるものであるから、本件は、信教の自由の観点から検討されなければならない。
信教の自由は、憲法20条及び市民的及び政治的権利に関する国際規約18条で保障された個人の人格的核心に密接に関連する精神的自由権として極めて重要な権利であり、刑事施設の被収容者においても最大限保障されなければならない。
このことは、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第67条において、「刑事施設の規律及び秩序の維持その他管理運営上支障を生ずるおそれがある場合」を除いては、「被収容者が一人で行う礼拝その他の宗教上の行為は、これを禁止し、又は制限してはならない」と定められていることからも明らかである。
なお、法務省矯正局長は、平成18年3月30日付けで、矯正施設の長等に対し、「被収容者に対する通常と異なる食事及び湯茶以外の飲料の支給について(通達)」(法務省矯医第2085号)を発出し、「被収容者が宗教上の理由又は食習慣の著しい違いにより通常の食事を摂取できない場合、その他矯正施設の長が処遇上適当と認める場合」には、通常と異なる内容の食事及び湯茶以外の飲料を支給することができることを明らかにしている。
(2) 次に、貴所においては、宗教食として3つの区分が設けられ、受刑者は、牛肉が含まれない(宗)B食及び(宗)C食を選択することができることとされている。
しかし、豚肉を禁忌食品とするイスラム教徒の場合、A食を選択することにより、禁忌食品避けつつ、喫食可能な肉類や卵類も摂取することが可能な一方、牛肉を禁忌食品とする申立人の場合、(宗)B食又は(宗)C食を選択することにより、牛肉以外の喫食可能な肉類に加え、卵類も摂取できない結果となり、受刑中に摂取できる食品が過度に制限されることとなる。
(3) 他方、全国の多くの刑務所においては、予め宗教食を類型化して受刑者に選択させる方法ではなく、個別に禁忌食品を把握し、禁忌食品を取り除いて代替食品に変更する対応が取られている。また、静岡刑務所では、禁忌食品を使用しない食事として主に6種類を提示した上でさらに個別の禁忌食品のみを取り除く対応も行っている。広島刑務所においては、牛肉禁止食、豚肉禁止食の選択肢を設けているが、牛肉禁止食を選択した場合、鶏肉、豚肉、卵で代替えすることを原則としており、喫食可能な食品まで過度に制限されることはない。したがって、貴所においても、静岡刑務所や広島刑務所と同様に、過度に喫食可能な食品まで取り除くことなく、禁忌食品のみを取り除いた食事を提供することは実現可能であると考えられる。
そうすると、ヒンドゥー教徒である申立人に対し、3つの区分から食事を選択させる貴所の対応は、申立人の宗教行為の自由を相当程度制約するものと判断される。
5 結論
本件においては、申立人が宗教行為の自由という重要な人権を相当程度制約されており、その人権の重要性に鑑みれば、貴所に対し、宗教上の行為に配慮した必要な措置を講じることを要望するのが相当である。
具体的には、従来から用意された3区分のみではなく、宗教上の理由から禁忌食品の申告があった場合には、受刑者それぞれの禁忌食品の内容に合わせ、できる限り禁忌食品のみを回避した食事を用意する、食事の選択肢を増やす等の方法により、受刑者が喫食可能な食品まで摂取できなくなることがないよう必要な措置を講じるべきである。
以上

