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令和4年12月7日付勧告書(名古屋拘置所宛)

愛弁発第404号  2022(令和4)年12月7日

名古屋拘置所
所長  中田  学司 殿

愛知県弁護士会 会長 蜂須賀 太郎 

勧告書

 当会は、貴所に在監中である申立人Aに係る平成28年度第37号人権侵犯救済申立事件につき、以下のとおり勧告する。

第1 勧告の趣旨

1 貴所は、今後、刑事被拘禁者が裁判所から呼出状が送付されるなど出廷を求められ、それを理由として、貴所に対し出廷する許可を申し出た場合には、原則として出廷を許可し、例外として当該具体的事情の下で、出廷を許可することによって貴所内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められ、そのため出廷を制限することが必要かつ合理的と認められる場合に限って不許可とする運用にするよう勧告する。

2 貴所は、個別事案における具体的事情を検討することもなく、刑事被拘禁者の出廷不許可が繰り返されている現状を踏まえ、上記のとおり運用するための具体的処理規程を早急に策定するとともに、例外的に不許可とする場合には、刑事被拘禁者に具体的理由を告知するなどして、刑事被拘禁者の裁判を受ける権利、自ら出廷し訴訟活動を行い公正な審理を受ける権利の実現に十分に努めるよう勧告する。

第2 勧告の理由

1 申立の趣旨

 申立人は、貴所収監中の平成28年10月、豊田簡易裁判所に民事訴訟を提起し、貴所に対して民事裁判の法廷への出廷を求めたにもかかわらず、貴所が民事裁判への出廷を認めなかった点において、貴所には裁判を受ける権利を保障した憲法第32条に反する人権侵害行為があったものである。

 そこで、申立人は、貴所に対し、かかる人権侵害行為を今後停止ないし是正することを求めたものである。

2 調査の結果

当会の調査の結果、以下の事実が明らかとなった。

 申立人に対する事情聴取より

 ① 申立人は、貴所に収監されているところ、平成28年9月2日、貴所所内において、他の受刑者から、一方的な暴行を受け、傷害を負う被害に遭った。

 ② これについて、申立人は、同年10月、豊田簡易裁判所に、加害者(A受刑者)を被告として、損害賠償請求訴訟を提起した。

 ③ 貴所に収監されている申立人のもとに、豊田簡易裁判所より、本件民事訴訟の口頭弁論期日の呼出状が送達された。申立人は、貴所に対し、裁判所への出頭を願い出たが、貴所は、これを許可しなかった。

 ④ なお、申立人が期日に出頭できなかったため、本件民事訴訟は、取下げ擬制となって終了した(民事訴訟法(以下「法」という。)第263条)。

 貴所に対する照会及びこれに対する貴所からの回答より

 ① 貴所は、平成28年9月2日に申立人が同収受刑者から暴行を受けたこと、同受刑者を被告として豊田簡裁に損害賠償請求の民事訴訟を提起したことは承知していた。

 ② 同訴訟について、貴所は、申立人の口頭弁論期日への出頭を許可しなかった。民事訴訟については代理人制度が設けられていることや、職員の配置上の問題から出頭を取り計らうことができなかったことが理由である。

 ③ 貴所は、「受刑者本人の民事訴訟への出廷については、受刑者ごとに異なる事情や施設の管理運営上の観点等から検討を要する事柄であり、一概にお答えすることができません」としつつ、「民事訴訟は、代理人制度が設けられていることや職員の配置上の問題」を理由として、同訴訟について、申立人の口頭弁論期日への出頭は許可しなかった。また、貴所の職員事情として「勤務局員を潤沢に確保する状況になく、勤務職員全員が日常の定型業務に従事しながら、突発的な事態に備え対応しなければならない状況にあり、そこから優先して民事裁判のための出廷業務に必要な職員を割くことに苦慮しております。また、裁判所までの移動に要する車両・運転手の確保についても同様の事情にあります」とのことであった。

 ④ なお、豊田簡裁への出廷を不許可と告知されたことが不服であるとして、平成29年1月12日、申立人は、刑事施設の長に対する苦情の申出を書面で提出した。これに対し、同月26日、貴所の措置に不当はないとして、不採用とすることを告知した。

第3 各単位会、日弁連及び当会による勧告等の存在

1 各単位会による勧告等

 本件申立ては、申立人のした民事裁判への出廷の申出に対し、これを不許可としたことが、憲法の保障する裁判を受ける権利(憲法第32条)を侵害すると主張するものであるが、同種の出廷不許可案件に対する人権救済申立てにつき、各単位会からは多数の勧告等(警告を含む。)が出されている。

2 日弁連の勧告
 事案の概要

 上記のような、出廷不許可案件の頻発を受け、日本弁護士連合会は、平成19年11月6日付で、法務大臣、法務省矯正局長、東京拘置所長の3名宛に勧告を出している。

 同勧告の対象となった事案は、以下のとおりである。

 申立人は、東京拘置所において死刑確定者として拘束されていたところ、同人が当事者となった損害賠償請求訴訟など一連の民事訴訟において、少なくとも5件の事件で9回の出廷の願いを提出したが、一度も出廷できなかった。

 一連の訴訟は、訴えの取下げ擬制で終了したり、相手方の代理人弁護士が出廷した場合には申立人の出廷がないまま口頭弁論が開かれ、申立人敗訴の判決がなされている。

 なお、この過程で申立人は、法律扶助協会の東京都支部、名古屋支部に代理援助の申込をしたが、代理人が見つからない、あるいは勝訴の見込みがないとの理由で援助してもらえなかった。

 これに対して、平成14年2月28日に、申立人は人権侵犯救済の申立をした。

 これを受けた日本弁護士連合会は、上記3名に対し、拘束を受けている者の出廷を原則的に認めるべきだとの勧告を出した。

 法務大臣宛の勧告

 法務大臣宛の勧告の趣旨は、次のとおりである。

1.貴職は、東京拘置支所に対し、今後、裁判所から呼出状が送付されるなど申立人が出廷を求められ、それを理由として申立人から出廷の申出がなされた場合、原則として出廷を許可すること、例外として当該具体的事情の下で、出廷を許すことによって東京拘置所内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められ、そのため出廷を制限することが必要かつ合理的と認められる場合に限って、出廷を不許可とすべきこと、を指導・助言すること。

2.貴職は、全国の刑事施設に対し、裁判所から呼出状が送付されるなど刑事被拘禁者が出廷を求められ、それを理由として刑事被拘禁者から出廷の申出がなされた場合、上記のとおりの運用をし、そのための具体的処理規程を策定し、不許可の場合には刑事被拘禁者に対し具体的理由を告知するなどして、刑事被拘禁者の裁判を受ける権利、自ら出廷し訴訟活動を行い公正な審理を受ける権利の実現に十分務めるよう、指導・助言すること。

 法務省矯正局長宛の勧告

 法務省矯正局長宛の勧告の趣旨は、次のとおりである。

1.貴職は、東京拘置支所に対し、今後、裁判所から呼出状が送付されるなど申立人が出廷を求められ、それを理由として申立人から出廷の申出がなされた場合、原則として出廷を許可すること、例外として当該具体的事情の下で、出廷を許すことによって東京拘置所内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められ、そのため出廷を制限することが必要かつ合理的と認められる場合に限って、出廷を不許可とすべきこと、を指導・助言すること。

2.貴職は、全国の刑事施設に対し、裁判所から呼出状が送付されるなど刑事被拘禁者が出廷を求められ、それを理由として刑事被拘禁者から出廷の申出がなされた場合、原則として出廷を許可し、例外として当該具体的事情の下で、刑事施設内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると認められ、そのため出廷を制限することが必要かつ合理的と認められる場合に限って出廷を不許可とする運用をすること、そのための具体的処理規程を策定し、不許可の場合には刑事被拘禁者に対し具体的理由を告知するなどして、刑事被拘禁者の裁判を受ける権利、自ら出廷し訴訟活動を行い公正な審理を受ける権利の実現に十分務めるよう、指導・助言すること。

 東京拘置所長宛の勧告

 東京拘置所長宛の勧告の趣旨は、次のとおりである。

1.貴所は、申立人が、今後貴所に対し、裁判所から呼出状が送付されるなど出廷を求められ、それを理由として出廷する許可を申し出た場合、原則として出廷を許可すべきであり、例外として当該具体的事情の下で、出廷を許可することによって貴所内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められ、そのため出廷を制限することが必要かつ合理的と認められる場合に限って不許可とすべきこと。

2.貴所は、刑事被拘禁者が、裁判所から呼出状が送付されるなど出廷を求められ、それを理由として刑事被拘禁者から出廷する許可を申し出られた場合、上記のとおりの運用をし、そのための具体的処理規程を策定し、不許可の場合には刑事被拘禁者に具体的理由を告知するなどして、刑事被拘禁者の裁判を受ける権利、自ら出廷し訴訟活動を行い公正な審理を受ける権利の実現に十分務めること。

 最高裁判所宛の意見書

 なお、これらの勧告書とは別に、日弁連は、平成19年10月24日付で、最高裁判所宛に裁判所法第69条第2項の活用及び刑事拘禁施設と裁判所の連絡調整・出廷回数の調整を求めることを内容とした「刑事被拘禁者が民事訴訟に出廷できない運用の改善を求める意見書」を出している。

3 当会による勧告

 そして、当会からも、平成22年3月31日及び令和元年10月21日付でそれぞれ各勧告を発出している。

 当会における平成22年3月31日付発出の勧告

 同勧告は、貴所、法務大臣、法務省矯正局を名宛人とするものであって、そのうち貴所を名宛人とする勧告の趣旨は、次のとおりである。

1.貴所は、今後、刑事被拘禁者が裁判所から呼出状が送付されるなど出廷を求められ、それを理由として、貴所に対し出廷する許可を申し出た場合には、当該具体的事情の下で、出廷を許可することによって貴所内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められ、そのため出廷を制限することが必要かつ合理的と認められる場合に限って不許可とし、原則として出廷を許可するよう勧告する。

2.貴所は、上記のとおり運用するための具体的処理規程を策定するとともに、例外的に不許可とする場合には、刑事被拘禁者に具体的理由を告知するなどして、刑事被拘禁者の裁判を受ける権利、自ら出廷し訴訟活動を行い公正な審理を受ける権利の実現に十分努めるよう勧告する。

⑵ 当会における令和元年10月21日付発出の勧告

 同勧告は、名古屋拘置所を名宛人とするものであり、その勧告の趣旨は、次のとおりである。

 貴所は、今後、刑事被拘禁者が訴訟に参加するため出廷する許可を申し出た場合には、当該具体的事情の下で、出廷を許可することによって所内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められ、そのため出廷を制限することが必要かつ合理的と認められるときに限って、出廷を不許可とし、原則として出廷を許可するよう勧告する。

第4 当会の判断

1 認定できる事実

 本件では、以下の事実について、本調査担当者の調査に対する申立人及び貴所の回答がおおよそ一致しており、これらを認めることができる。

 申立人は、貴所に収監されているところ、平成28年9月2日、貴所所内において、他の受刑者から、一方的な暴行を受け、傷害を負う被害に遭った。

 これについて、申立人は、同年10月、豊田簡易裁判所に、加害者(B受刑者)を被告として、損害賠償請求訴訟を提起した。

 貴所に収監されている申立人のもとに、豊田簡易裁判所より、本件民事訴訟の口頭弁論期日の呼出状が送達された。申立人は、貴所に対し、裁判所への出頭を願い出たが、貴所は、これを許可しなかった。

 申立人が期日に出頭できなかったため、本件民事訴訟は、取下げ擬制となって終了した。

2 出廷権の権利性
 「裁判を受ける権利」の重要性

 裁判を受ける権利は、憲法や法律上の権利・自由を実効的に保障するものとして重要であり(「基本権を確保するための基本権」)、人はいかに諸種の権利自由が保障されていても、それが侵害されたときに裁判上の救済が認められないのでは、実質的に権利自由が保障されていることにはならない。

 裁判は、国民を代表する議会が制定した法の下で国民各自が自己の具体的な権利義務をめぐって真剣に立証と弁論を行い、それに依拠して公平な第三者(裁判官)が決定を行い、それに当事者が拘束されるという構造を持ち、かかる過程自体、近代立憲主義を体現するものとして深い意義が認められる。

 「裁判」の内実公開の対審手続、適正手続保障

 かかる重要な意義を有する「裁判」の保障である以上、それは「裁判」といいうる内実を備えたものでなければならない。少なくとも、(ⅰ)中立で公平な第三者により、(ⅱ)適正な手続(その核心は、当事者が自己の主張・立証の機会を十分に与えられることにあるが、ほかに公開裁判も憲法の保障する重要な原則である。)に従い、(ⅲ)十分な理由の説示を伴って下された、(ⅳ)実効的な救済方法であることが要請される。

 上記(ⅱ)に関しては、憲法第82条第1項が、裁判の公正を確保する趣旨から、「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行う」と定めている。ここでいう「対審」とは、訴訟当事者が、裁判官の面前で、口頭でそれぞれの主張を闘わせることをいい、民事訴訟における口頭弁論及び刑事訴訟における公判手続がそれにあたる。

 「出廷権」の基本権性

 憲法第32条において、「裁判」を受ける権利が保障されている以上、憲法第82条第1項の保障する、「公開の対審」のために裁判所に出廷する権利も保障されているといわなければならない。

 裁判が公正とされ国民からの信頼が確保されるのは、自らの選んだ代表者の定めた法律に基づき、国民各自が自ら主張立証する機会が保障され、それに依拠して独立の裁判官の決定を得られるという、適正手続に対する信頼(デュープロセス)と自己決定という、近代立憲主義に根ざした参加と決定のプロセスが保障されているからである。その意味では、「裁判」の重要な要素である「適正な手続の保障」は、憲法第32条、第82条第1項のみならず、憲法第31条、第13条からも要求される重要な憲法上の権利ということができる。(なお、憲法第31条は、直接的には刑事手続における適正手続を保障するものであるが、判例上、行政手続にも準用されており、前述の「裁判」の本質からすれば、司法手続にこそ適正手続保障が強く求められているというべきである。)

 このように、適正手続保障及び自己決定の原則の下、自らの権利義務に関する争訟について公開対審手続のもとに自ら審理を受ける権利は憲法第32条、第82条第1項、第31条、第13条により保障された重要な権利といえる。

 小括

 以上、裁判を受ける権利(憲法第32条)は、基本権を確保するための基本権として法の支配の不可欠の前提となり、自己決定の原則とデュープロセス思想に密接に結びつき、近代立憲主義を体現するものとして重要な意義を有する。したがって、裁判と評価されるには、ふさわしい内実を備えた適正手続の保障が要求され、そのため憲法第82条第1項にいう公開の対審手続(当事者が裁判所及び相手方の面前で口頭にて自己の主張・立証を行う機会が十分に与えられていること)が保障されなければならない。それは、訴訟当事者は相手方との関係で実質的に不利・偏頗な立場に置かれることがない条件・環境下で自己の主張を行う合理的な機会が保障されねばならないことを意味し(武器の対等)、そのために必要な場合、自ら裁判所に出廷する権利が妨げられてはならない。したがって、出廷権の保障は、裁判の本質、自己決定の原則、適正手続保障、対審手続保障、公正な審理を受ける権利、武器対等の原則に根ざすものであり、憲法第32条、第82条第1項、第31条、第13条によって保障された人権といわなければならない。

3 刑事被拘禁者と出廷権
 刑事被拘禁者と出廷権

 かかる出廷権は、以下に挙げる理由のとおり、刑事被拘禁者にも保障される。

 第1に、裁判を受ける権利は、前述のごとく法の支配の不可欠の前提であり、近代立憲主義を体現する重要な意義を有し、基本権を確保するための基本権たる性格をもつものであるから、人身の自由が奪われている刑事被拘禁者にも当然保障されていることが確認されなければならない。

 第2に、裁判は多くの場合、早期提起、早期解決とすることが重要であり、権利侵害があるのであれば、刑事被拘禁者といえども裁判提起を釈放後まで控えることはできない。なぜなら、(ⅰ)裁判は証拠に基づき認定されるものであるところ、早期に訴訟提起され審理が開始されなければ、証拠特に書証や証人の記憶の喪失を招く危険がある、(ⅱ)例えば、名誉毀損のように、放置しておくと損害が拡大する場合がある、(ⅲ)受刑中も時効が進行するなどの事情があるからである。さらに言えば、死刑確定者、無期懲役受刑者については、出所自体が不確定であり、「釈放後」を想定するのは困難である。

 第3に、民事訴訟には、訴訟代理の制度があり、困窮者に対しては法律援助の制度もあるのであるから、出廷権を認めない、あるいは制限しても構わないという議論があるが、これは裁判制度の理解を誤っている。本人訴訟を許容し、弁護士強制の制度がない我が国においては、訴訟代理・法律援助の制度は、あくまで本人の訴訟遂行を十全ならしめるための補充的なものであり、これに代わるものではない。それがゆえに、費用が無ければ弁護士を選任することができないし、法律援助も当番弁護士等の制度とは異なり、援助する事件について条件をつけて審査を行い選別することが許されているのであり、援助の対象から漏れる者が出ることを予定している。このように訴訟代理人を確保する権利が保障されていないにもかかわらず、訴訟代理の制度の存在を出廷権の制限の理由とすることは許されない。

 また、当事者本人は、権利義務の主体として、事実関係を最もよく把握している者であり、また利害関係を有しているため代理人よりもより的確な主張、意見を述べることができる面があるのであって、本人を助けるための制度である訴訟代理の制度の存在をもって、本人の訴訟追行を否定することは、本末転倒である。

 以上のとおり、刑事被拘禁者について、刑事拘禁されていることをもって出廷権が保障されないということは許されない。

 出廷が認められない場合の不利益

 刑事被拘禁者の出廷に権利性を認める必要があることは、刑事被拘禁者に出廷が許可されない場合の不利益を考察することでも実質的に裏づけられる。

ア 当事者欠席の場合の一般的ルール

 一般に、当事者の一方が最初に為すべき口頭弁論期日に出頭しないときには、当該期日を延期するか、又は延期せずに法第158条を適用して訴状又は答弁書等を陳述したものとみなして出頭当事者に弁論をさせて審理を進めるべきものと解釈されており、当事者双方が口頭弁論期日に欠席した場合には、裁判所としては、職権で次回期日を指定するか、又は次回期日を指定せずに法第263条を適用して、1月以内に期日指定の申立がない場合、又は連続2回出頭がない場合、取下げ擬制により裁判を終了することができるものと解釈されている。

イ 刑事被拘禁者の相手方が出頭した場合武器不対等

 刑事被拘禁者の出廷が拒否され、相手方(ないしその代理人)のみが出廷した場合、裁判所は、当該期日を延期するか、又は延期せずに法第158条を適用して訴状又は答弁書の陳述を擬制し、出頭当事者に弁論をさせて審理を進めることになる。

 期日に出頭できなかった刑事被拘禁者は、当該期日で行われた弁論内容を知ることができず、勿論その場で反論等することもできない。続行期日が指定された場合、法第158条の特例は適用されないため、口頭主義の基本に戻り、欠席者は続行期日までに主張書面を郵送していても法廷での陳述は認められず裁判資料として認められないため、出頭当事者の弁論のみに基づいて審理が進められる。したがって、第1回期日で陳述されなかった新たな論点が提出されても反論できないことになる。証拠申出は期日前にもすることはでき(法第180条第2項)、当事者不出頭でも証拠調べをすることはできるが(法第183条)、その場合、欠席当事者の反対尋問等防御権が明白に侵害される。

 要するに、当事者が裁判所及び相手方の面前で口頭にて自己の主張・立証を行う機会が十分に与えられているとはいえず、訴訟当事者が相手方との関係で実質的に不利な立場に置かれることがない条件・環境下で自己の主張を行う合理的な機会が保障されていないこととなり、一般市民には保障されている裁判を受ける権利、公正な審理を受ける権利の中核である、公開の対審手続の保障、武器の対等がまったく空洞化されてしまう。

ウ 刑事被拘禁者も含め双方欠席の場合実質的な裁判拒否

 刑事被拘禁者の出廷が拒否され、相手方も欠席した場合、裁判所としては、職権で次回期日を指定するか、又は次回期日を指定せずに法第263条を適用して、1月以内に期日指定の申立がない場合、又は連続2回出頭がない場合、訴え取下げ擬制により裁判を終了し、例外的に法第244条により審理の現状に基づく判決言渡しにて裁判を終了させることが想定される。

 そうすると、上記の法条を機械的に適用する扱いが行われれば、刑事被拘禁者から訴えられた場合、答弁書も提出せず欠席すれば、事実上、被告勝訴とほぼ同様の利益を確保できることとなり、これは刑事被拘禁者の出訴権侵害、実質上の裁判拒否と評するほかはなく、刑事被拘禁者の人権保障はまったく空洞化してしまうこととなる。

エ 簡易裁判所の続行期日陳述擬制

 ところで、簡易裁判所における民事訴訟の場合、第1回期日及び続行期日における陳述擬制(法第277条)が存在し、また、裁判所は、本人に尋問に代わる書面の提出をさせることもできる(法第278条)。

 しかしながら、このような制度があるからといって、刑事被拘禁者の出廷権の重要性は一切変わらない。

 なぜならば、たとえ続行期日における陳述擬制が認められたとしても、期日に出頭しなかった当事者は期日で行われた弁論内容を把握し、その場で反論することができないし、尋問期日における反対尋問等の防御権も明白に侵害されるからである。

 また、相手方も欠席した場合、訴えの取下げが擬制される危険もある。

 これらのことから、簡易裁判所における民事訴訟の場合でも、刑事被拘禁者の出廷が認められない場合の不利益が重大であることは明らかである。

オ 小括

 以上、刑事被拘禁者の出廷が認められない場合の不利益は重大であり、相手方も欠席した場合は実質的な裁判拒絶状態として裁判を受ける権利を剥奪されたに等しい結果となり、相手方が出席した場合には武器対等・当事者対等の原則に明白に違反し公正な審理を受ける権利の侵害状態になるといわざるを得ない。

 したがって、利益衡量の面からも、受刑者に出廷権が基本権として認められるべきである。

4 出廷権を制約する原理
⑴ 移動の自由喪失、集団的管理運営の観点からする制約可能性

 他面において、刑事施設は、多数の被拘禁者を収容し、懲役刑確定者(受刑者)に対しては、自由刑として社会からの一般的隔離と自由抑制自体による苦痛を付与して贖罪させ、刑の執行を行うという責務を負っているのであり、未決被拘禁者に対しては、逃亡又は罪証隠滅の防止という勾留の目的により、その居住を刑事施設内に限定させ、その限度で身体的行動の自由及びそれに伴うその他の自由に一定の制限を付しているのであり、死刑確定者に対しては、死刑執行に至るまでのその居住を刑事施設内に限定し、その自由制限に関しては少なくとも未決被拘禁者と同様の範囲での制限は是認されるものであるから、これら被拘禁者は、移動の自由抑制に伴う自由制限を甘受すべき立場にある。そして、多数の被拘禁者を収容することから、これを集団として管理し規律を保持する必要性も認められる。

 被拘禁者は、かかる拘禁目的と刑事施設の規律保持の要請に照らし、移動の自由及びそれに伴う自由制限を一般的に甘受しなければならない。出廷権は、施設外への移動を伴うため、施設管理上負担が発生する面は否定できない。

 人権制約の必要最小限性

 しかし、個人の尊重(憲法第13条)を最も根源的な価値基準としている日本国憲法下の刑事施設としては、たとえ凶悪な犯罪を犯した刑事被拘禁者に対しても、その人権に対する制約は、拘禁目的と施設管理の規律保持のために必要な最小限の制限の範囲で認められるというべきである。

 出廷権が基本権を確保するための基本権としての重要性を有し、刑事被拘禁者にも等しく保障されていることに照らせば、裁判所が具体的な訴訟において訴状審査、事前の争点整理等を尽くした上で民事訴訟手続上の必要性及び心証形成の必要性のため口頭弁論期日に出頭を求めた場合、移動の自由に伴う制限もその限りで解除されると見るべきであり、原則として出廷は認められるべきである。

 例外として、当該具体的事情の下で、出廷を許すことによって刑事施設内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められ、そのため出廷を制限することが必要かつ合理的と認められる場合は、出廷する権利の制限が許されると考えられるべきである。

 なお、施設管理上の負担については、電話を利用した弁論準備手続(法第170条3項)、書面による準備手続(法第175条)、電話による協議(法第176条3項)等を利用することで、現実に裁判所へ押送しなければならない回数は相当程度限定できるし、それによって押送等に要する人的負担等についても軽減しうるものと考えられるため、それらの制度利用についても積極的に検討すべきである。

 施設への牽制・濫訴・施設の負担増大との指摘について

 以上のとおり、刑事被拘禁者にも原則として出廷は認められるべきであるから、施設に対する牽制目的等で申立を反復して行う濫訴的なものであるとか、荒唐無稽な内容や主張自体理由がないと思われるものであるとか、他の受刑者がこれを模倣して提訴が乱発し、護送などの職員の負担増大を招きかねない、などといった理由で安易に出廷の制限が認められることがあってはならない。

なぜなら、

 施設に対する牽制目的かどうかも一義的明白に認定し得ないものであって恣意的判断の危険性が大きい。

 濫訴的傾向という概念自体あいまいであり、恣意的判断を招く危険性が大きい。仮に、同一当事者間の同一事案に関する不当な提訴が繰り返される場合には、裁判所の権限で訴権濫用により却下判決にて処理することが本則である。

 荒唐無稽な内容で主張自体失当かどうかも立場の違いで非常に幅のある概念であり、施設内の調査だけで一方的に判断することは恣意的判断を招く危険性が大きい。

 仮に、精神疾患が疑われるような文面であり主張自体理由がないのではないかと思われるものであっても、真実、人権侵害の事実が潜んでいる事案もあり得、訴状審査を通過し裁判所から呼出状が出された事案については、裁判手続内において審理の上、請求の当否の判断がなされるべきである。

 他の被拘禁者による模倣の多発による秩序の混乱、施設側の負担増の危険性については、その可能性をまったく否定することはできないが、模倣に過ぎないかどうかは判断に恣意性、主観性が入り込む余地が大きく、基準として抽象的、曖昧なものである。

 また、真実、救済を求めるための訴訟であれば、先例者を模倣して提訴した面はあっても、出廷が否定されるべきではないこと、出廷が一般的に認められるようになれば一定程度提訴が増加することが予想されるが、これは従来、必要な場合でも出廷が一般的に認められず刑事被拘禁者が権利侵害を受けていても諦めていたものが、実質的救済を受け得る可能性が出てきたことで提訴を諦めなくなることに伴う当然の結果ともいえ、刑事被拘禁者にも等しく裁判を受ける権利を保障する以上、国家として当然に受忍すべき負担である。

 施設外への護送の負担についていえば、人員配置に相応の負担があることは否定できないが、だからといって基本権である出廷権を、公正な審理のため必要であるとして裁判所から呼出状が出されるなど出廷を求められているにもかかわらず制限することは原則として許されないのであり、例外的に出廷を制限することが許されるか否かは、上記4のの基準に照らして、厳格に検討されるべきである。

 小括

 以上からすれば、刑事被拘禁施設長に対し、出廷の要否を判断する上で広範な裁量を認めるのは妥当ではなく、むしろ、出廷は、原則として認められるべきである。

 その上で、例外として、当該具体的事情の下で出廷を許すことによって拘禁目的の達成又は刑事施設内の規律及び秩序の維持に放置できない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があることが十分な根拠に基づいて認められ、そのために出廷を制限することが必要かつ合理的と認められる場合に限って、出廷する権利の制限が許されるべきである。

 例えば、被拘禁者が、単に出廷の機会を利用して傍聴に来る関係者と接触を図るなど、出廷を道具として他の目的を果たそうとし、出廷が権利濫用になることが具体的な根拠に基づいて明白である場合、あるいは出廷に伴う護送によって被拘禁者本人の健康状態が悪化するおそれが明らかな場合などがこうした例外的な場合である。

5 各弁護士会及び日弁連勧告の存在

 以上のとおりの「出廷権」の理解を前提として、上記第3の2記載のとおり、日本弁護士連合会は、平成19年11月6日付で、法務大臣、法務省矯正局長、東京拘置所長の3名宛に勧告を出している。

 また、この日弁連の勧告の背景として、各単位会による多数の勧告等が存在している。

 本件においては、上記の各勧告等が出され、刑事被拘禁者の出廷を不許可とすることについて問題が提起されていたという背景が存在している。

 しかも、当会からは貴所を名宛人とする勧告を平成22年3月31日に発出しているという事情もあり、貴所においては、刑事被拘禁者の出廷を不許可とすることに関する問題について十分に認識していたはずであり、この問題についての改善の機会は充分にあったということができる。

6 貴所による人権侵害

 本件においては、上記のとおり、平成28年10月に申立人が提起した民事裁判について、申立人から、貴所に対して、口頭弁論期日(豊田簡易裁判所)への出廷を求めたものの、貴所は、申立人の民事裁判への出廷を認めなかった。

 その不許可とした理由について、貴所は、民事訴訟は代理人制度が設けられていること、職員の配置上の問題から出頭を取り計らうことができなかったことと説明し、「職員の配置上の問題」については、職員を潤沢に確保する状況になく、勤務職員全員が日常の定型業務に従事しながら、突発的な事態に備え対応しなければならない状況にあること、そこから優先して民事裁判のための出廷業務に必要な職員を割くことに苦慮していること、裁判所までの移動に要する車両・運転手の確保についても同様であることと説明するにとどまっている。

 したがって、当該具体的事情の下で、本件申立人について、上記4のの基準を満たすか否かを具体的に検討することなく、また少なくとも、本件において、その旨の主張や疎明は一切なされておらず、実質的に見て、一般的に刑事被拘禁者の出廷を不許可としたものというべきであるので、貴所の不許可の措置は、申立人の出廷権を侵害したものといわざるを得ない。

7 結論

 よって、当会は、貴所に対し、勧告の趣旨記載のとおり、再度勧告するものである。

以上