愛知県弁護士会トップページ> 愛知県弁護士会とは > 人権擁護委員会 > 人権侵犯救済申立てに関する勧告書(名古屋刑務所宛)

人権侵犯救済申立てに関する勧告書(名古屋刑務所宛)

愛弁発第399号 平成24年3月5日

名古屋刑務所
所長 有村 正広 殿

愛知県弁護士会 会長 中村 正典

勧 告 書

愛知県弁護士会は、●●●●の申立に係る平成21年度第45号人権侵犯救済申立事件につき、下記のとおり勧告する。

第1 勧告の趣旨

 申立人は、名古屋刑務所において刑の執行を受けていた者であるところ、申立人に係る反則行為に対する処分結果告知の後、 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律に定める要件を満たさないにもかかわらず、昼夜単独室の居室指定の処遇を受け、その期間中、運動・入浴は1 人で行われ、所内の行事に出られない、テレビも視聴できない等、他の受刑者と遮断され、教養・娯楽の機会も大きく制限された処遇がなされた。さらに、申立 人の昼夜単独室処遇の期間は約5か月間もの長期にわたっており、受刑者の人間としての尊厳等を侵害するものとして、人権侵害に当たる。

 よって、愛知県弁護士会は、名古屋刑務所所長に対し、昼夜単独室処遇につき厳格な運用を求めるとともに、今後は、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律に基づく適正な処遇をされるよう勧告する。

 

第2 勧告の理由

 申立人から聴取した事情、貴所から得た回答及びこれらに基づき愛知県弁護士会(以下、「当会」という。)が認定した事実は次のとおりである。

1 申立の趣旨

 申立人(昭和●●年●月●●日生)は、平成18年9月●●日より名古屋刑務所に収容されているところ、平成21年7月 21日、同所の刑務官の贈収賄事件に関連して、反則行為の調査のために昼夜間独居に入れられた。そして、同年8月18日、反則行為について統括注意(不 問)になったにも関わらず、昼夜間独居が継続された。その後、工場に下ろしてくれるように何度も面接を申し入れたが、この申し入れが無視された。
 よって、申立人は、名古屋刑務所に対し、速やかに、昼夜間独居から出して、工場に出役させるように勧告することを求める。

2 調査の結果(認定した事実)

 申立人から聴取した事情、貴所から得た回答及びそれらに基づき当会が認定した事実は、以下のとおりである。

(1) 申立人に対する事情聴取
  •  ア 申立人は、平成18年9月●●日名古屋刑務所に収容されて服役し、平成23年6月●●日に刑期満了する者である。

  •  イ 平成21年7月21日、申立人は、突然、第一生産統括に、何も理由を言われずに取調室に連れて行かれ、名古屋刑務所 の刑務官Aが差し入れた携帯電話で外部に連絡したとして、反則行為の調査のために昼夜間独居に入れられて隔離された。そして、処分が決まるまでの間、反則 行為の調査のために、合計4、5回くらいの取り調べを受けた。
     なお、申立人が携帯電話で外部に連絡した経緯は、次のとおりである。申立人は、刑務官Aから、お金を貸してほしいと頼ま れ、これを拒絶したが、再度、刑務官Aより、申立人の居室に携帯電話を入れるから、外部と連絡して、お金を貸してくれる人を紹介してくれと頼まれた。申立 人は、再度、拒絶したが、刑務官Aが勝手に申立人の居室に携帯電話を入れたため、これ以上拒絶すると刑務官Aから懲罰事由を勝手に捏造されることを恐れ、 やむを得ず、入れられた携帯電話を使用して外部と連絡を取り、刑務官Aと申立人の知り合いであるB氏との間で直接やり取りをしてもらった。申立人は、それ 以上、関与しなかった。

  •  ウ その後、同年8月18日、申立人が携帯電話で外部に連絡した行為について、刑務官の積極的な行動で受刑者としては拒 絶できなかったということで、申立人は、統括注意(不問)とされた。その際、統括より上の人から、今回の件が広まるとまずいとの理由で、工場にも下ろして もらえず、昼夜間独居が継続されることとなった。
     申立人は、工場に下ろしてもらえるように何度も面接を申し入れたが、無視され、昼夜間独居に入れられたままであった。また、申立人は、名古屋刑務所から、これ以上広げるのはお前の不利益だとして、検事と直接話をする機会もなかった。
     平成22年1月5日、申立人は、昼夜間独居から雑居に移り、工場に下りることができた。

  •  エ 昼夜間独居に入れられていた間の処遇上の問題ないし制限について、申立人は、主に①運動が1人だけ、②入浴も1人だ け、③運動会、カラオケ大会などの所内行事に出られない、④テレビを見られない、⑥食事がA食からC食になり量が少なく、体重が約6キログラムも減った、 ⑦その他、仮釈放の判断に不利な影響が出るなどの不利益を伴う、等と主張する。
     また、申立人は、昼夜間独居に入れられる以前は、約2年半の間、工場で班長を務めていた。しかし、平成22年1月5日に工場に下りることはできたが、従前と異なる工場において見習いからやり直すことになり、報奨金に影響した等と主張する。

  •  オ 申立人としては、名古屋刑務所から、昼夜間独居に入れられていた間の説明や謝罪がないことや、報償金が減ったこと、班長の立場から一番下の見習いの立場になったことが納得できない。

  •  カ なお、申立人は、申立人以外にも名古屋刑務所の刑務官Aの贈収賄及び横領事件の関係で、申立人と同様に昼夜間独居に入れられた者がいることを、反則行為の取調べの際に聞いている。

(2) 貴所からの回答要旨

 名古屋刑務所としては、申立人に係る反則行為に対する処分結果告知の後、昼夜単独室処遇を行った事実はあるが、調査終了 後、直ちに集団処遇を行うことは、施設の規律及び秩序を維持する上で重大な支障が生じるおそれが認められたこと、また、申立人自身がいわれのない中傷等を 受けたり、最悪の場合は暴行等の事案に発展する可能性も否定できなかったことから、工場出役のための環境調整等のため昼夜単独室処遇に付したものである。

(3) 認定した事実
  •  ア 申立人の地位
     申立人は、第1刑懲役2年8月、第2刑懲役2年、第3刑懲役10か月の判決の言い渡しを受けて、平成18年9月28日に名古屋刑務所に収容され、制限区分第三種に指定された。なお、申立人の刑期満了日は平成23年6月22日である。

  •  イ 反則容疑行為の調査と昼夜単独室処遇の経過
    ① 申立人は、平成21年7月21日から同年8月17日まで、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第154条に基づき、反則容疑行為の調査のため、昼夜単独室処遇を受けた。
    ② 同年8月18日、職員事故に関連した反則容疑行為であり、反則行為として認定されるものの、職員からの要求に基づく行為であり、本人が積極的に関与した事実がなかったとして、申立人は、統括矯正処遇官注意とし、懲罰は科されなかった。
    ③ もっとも、名古屋刑務所によれば、申立人に係る反則行為に対する処分結果告知の後も、「申立人に係る反則容疑行為の 事案は、マスコミにおいても大きく報道された、職員が関与した事案であったことから、調査終了後、直ちに集団処遇を行うことは、申立人関与の部分の情報が 伝播することも予想され、そのことにより施設の規律及び秩序を維持するうえで重大な支障が生じるおそれが認められたこと、また、申立人と他の受刑者との関 係において、申立人自身がいわれのない中傷等を受けたり、最悪の場合は暴行等の事案に発展する可能性も否定できなかった」ことから、申立人は、刑事施設及 び被収容者の処遇に関する規則第49条第4項に基づき、工場出役のための環境調整等のため、昼夜単独処遇を受けた。
    ④ 平成22年1月5日、申立人は、昼夜単独室から雑居に移り、工場に出役することができた。

  •  ウ 環境調整等のための昼夜単独室処遇の実態
    ① 昼夜間独居に入れられていた間の処遇上の問題ないし制限について、申立人は、主に①運動が1人だけ、②入浴も1人だ け、③運動会、カラオケ大会などの所内行事に出られない、④テレビを見られない、⑤食事がA食からC食になり量が少なく、体重が約6キログラムも減った、 ⑥その他、仮釈放の判断に不利な影響が出るなどの不利益を伴う、等と主張する。
    ② これに対して、名古屋刑務所は、昼夜単独室処遇の期間について、①運動は単独運動場において実施した、②入浴は収容 棟に付設した単独入浴場で実施した、③所内行事には出席させていない、④テレビは視聴させていない、⑤主食の量は作業形態により区分されており、C食が給与されていたが、副食については他の受刑者と同様である、⑥仮釈放は地方更生保護委員会が決定するものであり、本件昼夜単独室処遇がどのような影響を及ぼ すか不明である、と回答する。
    ③ 上記によれば、環境調整等のための昼夜単独室処遇の実態は、運動も入浴も他の受刑者と接触することのない1人でのも のとされ、月1~2回程度ある所内行事からも除外され、テレビの視聴もできないというようにされたものである。申立人は、他の受刑者との接触は遮断され、 刑務所内で数少ない貴重な教養や娯楽の時間と機会も大幅に制限されている。また、食事もC食とされて主食の量が少なくなっている。

3 判断

(1) 本件処遇の問題点

 本件は、反則容疑行為の調査終了後も、昼夜単独室の居室指定をし、申立人は他の受刑者との接触などができない状態に置かれ、かつテレビ、行事への参加や食事などが制限されたなどの処遇が、人権侵害に当たるかが問題である。
 なお、現在、申立人は、平成22年1月5日に昼夜間独居から雑居に移り、工場に出役することができており、他の受刑者と同様の扱いを受けている。

(2) 隔離に関する規定
  •  ア 刑事施設における受刑者にとって隔離とは、集団での処遇を受けられず、他の受刑者と接触することが許されないという 不利益を伴うとともに、昼夜にわたり居室内で処遇を行うことによって、当該受刑者の身体的活動が制限され、また、孤独感、疎外感、閉塞感等を感じることに よって、その心身に悪影響が及ぶおそれがある。
     このような点を考慮して、隔離は「他の被収容者と接触することにより刑事施設の規律及び秩序を害するおそれがあると き」、「他の被収容者から危害を加えられるおそれがあり、これを避けるために他に方法がないとき」の場合に限定され(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に 関する法律(以下「本法」という。)76条1項)、また、隔離の期間は3月とすることを原則とし、特に継続の必要がある場合に限り、1月ごとにその期間を 更新することができることとされている(本法第76条2項)。
     監獄法下では隔離は、厳格な独居拘禁を原則とし、その期間を6月とし、更新期間も3月ごととしていたところ、本法は隔離 の要件を明確にし、その期間を短縮しているが、これは、隔離の必要性等を判断する機会を多くし、不必要・不適当な隔離が行われることのないようにする趣旨 に基づくものである(林眞琴ら『逐条解説刑事収容施設法』333頁)。

  •  イ そして、隔離の要件として規定する「他の被収容者と接触することにより刑事施設の規律及び秩序を害するおそれがある とき」とは、他の受刑者との円滑な共同生活を送ることが困難となるような特異な性格や性癖を有し、あるいは、暴力的傾向や他の被収容者の規律秩序違反行為 を煽動・助長する傾向等を有するため、他の被収容者と接触させた場合には刑事施設及び秩序を害するおそれがあるような場合をいう。具体的には、居室等にお いて大声や騒音を発し続けることにより他の被収容者の平穏な生活環境を害する者、他の被収容者に対して攻撃的な言動に及ぶ傾向が顕著な者、同性愛行為に及 ぶ者、刑事施設からの逃走や秩序破壊を唱え、これを他の被収容者に煽動するような者などについて、そのような行動に及ぶ具体的なおそれがある場合である (林眞琴ら『逐条解説刑事収容施設法』332頁)。
     また、「他の被収容者から危害を加えられるおそれがあり、これを避けるために他に方法がないとき」とは、受刑者が他の被 収容者から精神的な圧迫や身体的な攻撃を受けるおそれがあり、特定の被収容者と工場や居室を別にするなどの方法のみによっては、そのような危害を加えられ るおそれが防止できない場合をいう。具体的には、暴力団の幹部など他の暴力団に関係する被収容者から危害を加えられるようなおそれのある者などがこれに該 当する可能性がある場合である(林眞琴ら『逐条解説刑事収容施設法』332頁)。


(3) 環境調整等のための昼夜単独室処遇の評価
  •  ア 名古屋刑務所の回答書によると、環境調整等のための昼夜単独室処遇については、刑事施設及び被収容者の処遇に関する規則第49条第4項に基づくものであるとしている。
     しかし、刑事施設及び被収容者の処遇に関する規則第49条第4項は、「第三種の制限区分に指定されている受刑者について は、矯正処遇等は、刑事施設内において、主として居室等外の適当な場所で行うものとする」とされる。すなわち、制限区分第三種では、主として居室等外(工 場等)での作業や指導の矯正処遇が行われることになる。申立人に対する環境調整等のための昼夜単独室処遇は、制限区分第三種の「主として」ではない例外的 処遇として位置づけられるところ、以下に述べるようにその理由はない。

  •  イ 名古屋刑務所の回答書によると、昼夜単独室処遇の理由として、申立人に係る反則容疑行為の事案は、マスコミにおいて も大きく報道された、職員が関与した事案であったことから、調査終了後、直ちに集団処遇を行うことは、申立人関与の部分の情報が伝播することも予想され、 そのことにより施設の規律及び秩序を維持するうえで重大な支障が生じるおそれが認められたこと、また、申立人と他の受刑者との関係において、申立人自身が いわれのない中傷等を受けたり、最悪の場合は暴行等の事案に発展する可能性も否定できなかったとしている。
     しかし、申立人としては他の被収容者の規律秩序違反行為を煽動・助長する傾向等は有しておらず、また、仮に申立人が関与 した部分の情報が伝播したからといって他の被収容者の規律秩序違反行為を煽動・助長することにもならない。全く具体的なおそれについて言及がなく、抽象的 なおそれを述べているにすぎない。
     また、名古屋刑務所の職員と申立人との間の出来事であり、他の受刑者には何らの関係もないことである。他の受刑者から中傷等や暴行等を受けるようなおそれなどない。
     さらに、申立人に対する昼夜単独室処遇は、他人との接触という身体的活動が制限され、また、孤独感、疎外感、閉塞感等を 感じることによって、その心身に悪影響を及ぼすもので、肉体的、精神的に多大な負担を与えるものである。かつ、反則行為の調査終了後も約5か月間にも及ん で継続されることは、もはや非人道的な処遇といえる。

  •  ウ したがって、環境調整等のための昼夜単独室処遇については、刑事施設及び被収容者の処遇に関する規則第49条第4項 に基づき認められるものではなく、かつ、本法76条において受刑者の隔離に関して規定がされているところやむを得ない措置として必要最小限に制限している 同条の趣旨に違反するものであり、申立人の人権を侵害するものである。

4 結論

 よって、当会は貴所に対し、勧告の趣旨記載のとおり勧告するものである。

以上