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人権侵犯救済申立事件

愛弁発第194号 平成22年9月30日

名古屋拘置所
所 長  佐 藤 正 人  殿

愛知県弁護士会 会 長  齋 藤  勉

要 望 書

 当会は,貴所に勾留されていた被疑者○○○○氏から申立のあった人権侵犯救済申立事件(平成16年度第15号事件)につき,以下のとおり要望する。

第1 要望の趣旨

  1.  平成16年7月16日,申立人は,持病である喘息の発作を起こし,貴所職員に直ちに医師に連絡して欲しいと申し出たが,貴所職員は,暫く様子を 見ることとし,直ちに医師に連絡しなかった。かかる貴所の対応は,何らの医療資格を有しない貴所職員が,医師に連絡すべき緊急性を有する病状か否かという 一次的な医療的判断を行ったものであり,申立人が適切な医療を受ける権利を侵害するものである。
     よって,今後,被収容者が,医師の診察を申し出た場合,何らの医療資格を有しない貴所職員が,緊急性を有する病状か否かを判断することなく,速やかに医師,看護師又は准看護師に連絡し,適切な措置をとるよう要望する。

  2.  申立人は,貴所において,喘息の治療薬として,医師から噴霧式吸入薬サルタノールインヘラーの処方を受けていたが,貴所においては同吸入薬の使 用回数をカウントしていなかった。サルタノールインヘラーには,使用回数制限があり,定められた回数を超えて使用を続けた場合には,主剤が安定して供給さ れず,十分な効果が得られない恐れがある。
     よって,貴所においては,適切な薬剤管理の一環として,今後,使用回数制限のある噴霧式吸入薬を使用する際には,その使用回数をカウントして記録するよう要望する。

第2 要望の理由

1 申立の趣旨
  • (1) 平成16年7月16日,申立人は持病である喘息の発作が出たため,名古屋拘置所職員に対し,直ぐに医師の診察を受けたいと申し出たが,同職員は, 詐病であると決め付け,直ぐに医師に連絡しなかった。今後,被収容者が,医師の診察を要望した場合,医師以外の貴所職員が医師による診察を要するか否かを 判断することなく,速やかに医師に連絡するよう改善を求める。

  • (2) 申立人は喘息の治療薬として,医師から噴霧式吸入薬サルタノールインヘラーの処方を受けていたが,名古屋拘置所においては吸入薬サルタノールイン ヘラーの使用回数をカウントしていなかったため,申立人は何度も使用回数をカウントしてもらいたいと請求したが,これが容れられなかった。今後はサルタ ノールインヘラー等の噴霧式吸入薬の使用回数をカウントするよう改善を求める。

2 認定した事実
  • (1)申立の趣旨1について
    ① 申立人の主張
     平成16年7月16日の夜中頃,申立人は,喘息の発作が出たので,職員に医師の診断を受けさせて欲しいと申し出た。職員は,申立人に,サルタ ノールインヘラーを2吸入させたが,発作が治まらなかった。そこで,申立人は,さらに2吸入させて欲しいと求めたが,職員はこれを拒絶し,その場を立ち 去った。やむを得ず,申立人は,再度報知器を下ろして,職員が巡回に来るまで待った。その間,申立人の発作が酷くなり,話が出来ない状態になった。20分 程度経過し,再度職員が巡回に訪れたので,申立人は,身振り手振りで,もう一度吸入器を使用させてくださいと申し出たが,職員は,申立人が詐病であると決 めつけ,「おかしな薬飲んだんじゃないか。」「演技するな。」等屈辱的な言葉であざ笑い,申立人が何度報知器を下ろしても,職員は報知器を上げるだけで, 何ら対応をしなかった。申立人は,このままでは死んでしまうかも知れないとの恐怖から,房の扉を叩いたところ,5,6名程度の職員が駆けつけ,申立人に房 の外に出ろと命じた。申立人は,発作が酷く,立てない状態だったため,職員に肩を貸して貰おうと,手を出したところ,職員から「這ってでも歩け」と,笑い ながら言われ,這って処遇部門室まで行った。
     申立人は,話が出来ない状態だったので,処遇部門室では,机の上に「苦しい」「医者を呼んで欲しい」と,何度も書いたところ,職員の内の一人が,医師に電話連絡した。医師の指示で,申立人は,更にサルタノールインヘラーを2吸引でき,発作が治まった。
     以上のように,直ぐに医師の診察を受けさせることをしなかったため,申立人は喘息の発作で苦しみ,死の危険にさらされ,人権を侵害された。
    ② 相手方の主張
    ア.病歴,診療歴について
     申立人が,17歳の時から喘息であること,腰痛の鎮痛薬を常用していることは把握しており,申立人が,名古屋拘置所に入所した平成16年3月23日から 岐阜刑務所へ移送となった平成17年9月5日までの約1年5ヶ月間に,76回の診察を実施している。なお,外部医療機関での診察は実施していない。
    イ.医師の指示
     職員は,医師から薬の吸入の間隔は4時間必要であると指示を受けていた。
    ウ.本件の対応
     平成16年7月16日,職員は,申立人に対し,一度喘息薬を吸入させてから,一時間後に再度吸入させて対応した。
     申立人から喘息の発作であるとの申し出を受けて,申立人の様子を見た上で医師に電話で連絡し,その指示に従っており問題はない。
     また,申立人を侮辱した事実はない。
    ③ 認定
    ア.申立人が,17歳の時から喘息であること,申立人が腰痛薬を常用していることは相手方も把握している。
    イ.申立人が,名古屋拘置所に入所した平成16年3月23日から岐阜刑務所へ移送となった平成17年9月5日までの約1年5ヶ月間に,76回の診察を実施しているが,外部医療機関での診察は実施していない。
    ウ.平成16 年7月16日,職員は,申立人から,喘息の発作であるとの申し出を受けて,一度喘息薬を収入させた。さらに,申立人から喘息の発作であるとの申し出を受け て,直ぐに医師に連絡するのではなく,職員が申立人の様子を見た上で医師に電話で連絡し,その指示に従って,再度吸入させた。
    エ.申立人の主張は,その内容が具体的,詳細であること,事件当時から一貫していること,喘息の発作後に一度吸入させてから,様子を見て再度吸入させたとの相手方の主張とも概ね合致していることから,申立人の主張の信用性は高い。
     そこで,申立人が,二度目の吸入を行うまでに一定時間,相手方が申立人の様子を見ていたことが認定できる。
    オ.なお,申 立人は,職員らが,申立人に対し,詐病であると決めつけ,「おかしな薬飲んだんじゃないか。」「演技するな。」等屈辱的な言葉であざ笑い,申立人が何度報 知器を下ろしても,職員は報知器を上げるだけで,何ら対応をしなかったことや,申立人が,発作が酷く,立つことができない状態だったにもかかわらず,職員 から「這ってでも歩け」と,笑いながら言われ,這って処遇部門室まで行かされたと主張しているが,これらの事実については,申立人の主張を裏付ける証拠が ないため,認定できない。

  • (2)申立の趣旨2について
    ① 申立人の主張
    申立人は,吸入薬サルタノールインヘラーの処方を受けていたが,相手方が同薬の使用回数をカウントしていなかったため,申立人は使用回数のカウントを求めてきたが,これが容れられなかった。
    ② 相手方の主張
    被収容者ごとに専用の吸入器を使用し,使用した日時については記録し,同薬剤の使用による心臓への負担を考慮し,4時間以上の間隔を開けて使用させている。吸入器の使用回数自体のカウントはしていない。
    ③ 認定
    ア.相手方が,被収容者ごとに専用の吸入器を使用し,使用した日時については記録し,同薬剤の使用による心臓への負担を考慮し,4時間以上の間隔を開けて使用させている。吸入回数自体のカウントはしていない。
    イ. サルタノールインヘラーは,定量噴霧式吸入器によって噴霧して使用するが,これは,手のひらサイズの小さなボンベに一定回数分の薬剤が詰め込まれていて,1回ボンベを押すごとに一定量の薬剤が噴霧される仕組みになっている。
     このような噴霧式薬剤ボンベには,主剤(本来の薬剤)と,噴霧用の圧縮ガスが併せて封入されいて,最後まで主剤の噴霧が確保されるよう,圧縮ガス量は余 裕を持たせて封入されている。したがって,主剤がなくなっても,ガスは噴出され,未だ当該ボンベが使用可能であるとの錯覚,錯誤をする危険がある。
     設定された使用回数を超えて主剤がなくなったボンベを漫然と使用し続けた場合,喘息の発作への対応ができず,重篤な喘息発作では,気管狭窄により窒息状態となり死に至る危険もある。

3 判断
  • (1)申立の趣旨1について
     相手方は,申立人による喘息の発作の申し出がなされてからすぐに医師診察を受けさせず,一定時間経過の後,医師に電話し,その指示に従ったにすぎない点 については,相手方担当職員も認めている。様子を見ていた具体的な時間は特定できないが,仮に申立人が主張するような長時間に及んでいなかったとしても, 申立人の診察申し出に対して,医師の診察はおろか,准看護師の状況確認もなく,何ら医療資格を有しない担当職員が第一次的に緊急性はなく,医師への連絡は 不要との医療上の判断を下したものである。
     この点,平成18年5月24日に施行された「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」では,「留置施設においては,社会一般の医療の水準に照らし適切 な医療上の措置を講ずるものとする」との規定のもと,「被収容者の保健衛生及び医療に関する訓令」において,「刑事施設の長は,被収容者が負傷し,又は疾 病にかかっている旨の申し出をした場合には,医師等がその申し出の状況を直ちに把握出来る場合を除き,看護師又は准看護師にその状況を把握させ,当該看護 師又は准看護師に診察の緊急性等を判断させた上で,医師等へ報告するものとする。」とし,一般職員ではなく,少なくとも看護師又は准看護師に診療の緊急性 の判断を行わせて,適切な医療上の措置を受ける権利を保障し,施設側には適切な医療上の措置を受けさせる義務を負わせている。
     上記規定は,創設的な規定ではなく,監獄法上も保障されていた適切な医療を受ける権利及びそのための施設側の義務を確認した規定である。従って,同法施 行前の監獄法の適用下でも,上記訓令下と同様に,適切な医療上の措置を受ける権利,そのための施設側の義務が認められるのは,当然である。
     本件は,監獄法の適用下の事案ではあるが,拘置所職員は適切な医療上の措置を行う義務を負い,一般職員ではなく,少なくとも看護師又は准看護師に診療の 緊急性の判断を行わせなければならなかったにもかかわらず,一般職員が一定時間,申立人の様子を見た後,医師に連絡し,その指示を仰いでいる。これらの相 手方の対応は,何らの医療資格を有しない一般職員が,診察の緊急性等の有無を判断したものであり,申立人が適切な医療を受ける権利を侵害するものである。
     なお,申立人は,名古屋拘置所に入所していた約1年5か月間に76回の診察を受けているが,持病の腰痛の鎮痛剤を常用していたことも考えると,この程度 の診察頻度では,申立人が過剰に診察要求をしていたと判断することは出来ないので,平成16年7月16日,申立人が喘息の発作が出た際に医師による診察を 求めた行為は,申立人による権利の濫用とは言えない。
     従って,今後,被収容者が,医師の診察を申し出た場合,何らの医療資格を有しない貴所職員が,診察の緊急性等を判断することなく,速やかに医師,看護師又は准看護師に連絡し,適切な措置をとるよう要望する次第である。

  • (2)申立の趣旨2について
     吸入薬サルタノールインヘラーは,定量を患部に噴霧するという方式で摂取する薬剤であり,喘息患者の発作の際に使用される薬品でもある。このような噴霧式吸入薬は,100回噴霧可能,200回噴霧可能等と各吸入薬に定められた使用可能な噴霧回数の制限がある。
     しかし,噴霧回数制限を超えて噴霧した場合であっても,十分な効果は期待できないが,一定の薬剤が噴霧されるため,噴霧回数をカウントして記録することなしに,一見して十分に効果が期待できる濃度の薬剤が噴霧されているかを見分けることは困難である。
     そこで,サルタノールインヘラー等噴霧式吸入薬を使用する場合,各吸入器毎に,噴霧した回数を記録し,常に何回噴霧したのかを把握しておく必要がある。 そうしなければ,誤って,定められた噴霧回数以上に使用した場合,主剤が安定して供給されず,十分な効果を得られない虞があり,喘息患者等である被収容者 の生命及び健康上,深刻な被害を生じる可能性がある。
     なお,こうした危険性があるため,近年開発された噴霧式吸入薬は,噴霧回数を自動的にカウントする機能を付したものに変更されてきている。
     他方,相手方は,同薬を数人の被収容者で共同使用させることなく,被収容者毎に個別の噴霧器を専用使用させており,その使用日時を記録しているのである から,噴霧回数を把握することは,単に使用回数について問題意識を持つことにより極めて容易に実行できることであるにもかかわらず,この点に関する問題意 識が欠如している。
     よって,貴所においては,適切な薬剤管理の一環として,今後,使用回数制限のある噴霧式吸入薬を使用する際には,噴霧回数を自動的にカウントする製品を使用する場合以外は,その使用回数をカウントして記録するよう要望する。

以 上