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人権侵犯救済申立事件

平成22年3月31日

名古屋刑務所  所長  北嶋 淸和  殿

愛知県弁護士会 会長  細井 土夫

勧  告  書

当会は、貴所に在監中であった○○○○の申立に係る平成19年度第6号人権侵犯救済申立事件につき、下記のとおり勧告する。

第1 勧告の趣旨

 犯則行為の懲罰審査に先立ち、容疑者が容疑事実を認めているか否かを問わず、全件について、補佐人が容疑者と事前面接を行うよう勧告する。
 直ちに全件について事前面接を行うことが困難である場合には、少なくとも全容疑者に対して、補佐人との事前面接を希望するかどうかを確認し、希望する容疑者については短時間でも事前面接を行うよう勧告する。

第2 勧告の理由

1 申立の趣旨

 申立人の犯則行為が審査対象とされた平成18年6月22日の懲罰審査会(以下「本件懲罰審査会」といいます。)の際、補佐人である職員が申立人の弁解の意見を制限するなど補佐人としての役割を果たさなかった。

2 当委員会の調査内容
(1)文書照会による調査

 平成19年7月24日付「照会と回答のお願い」と題する書面(愛知弁発123号)をもって、貴所に下記のとおり文書照会をしたところ、平成19年7月31日付「照会に対する回答について」と題する書面(名刑収第1868号)をもって、貴所より下記のとおり回答がなされた。

ア 照会事項1

申立人は、平成18年6月22日の懲罰審査会の際、弁解の意見を述べようとしたとき、法定の 「被収容所を補佐すべき者(以下、「補佐人」といいます)」と思料される刑事施設の職員から、机を叩いて立ち上がり、「うるさい黙れ。」と怒鳴られ、発言 を制限されたと主張していますが、このような事実はありますか。
そのような事実はありません。

イ 照会事項2

仮に申立人が上記アの発言の制限を受けたとして、貴所がこのような制限を行う理由は何でしょうか。
事実がないことから回答不要であると思料いたします。

ウ 照会事項3

補佐人につきまして

①補佐人はどのような氏名ですか。
①看守長 A
②懲罰審査会以前に、補佐人は申立人と面会しましたか。
②本人は、供述調書作成の段階で事実関係を認めていたことから、懲罰審査会以前には面接していません。
③面会をした場合、その際の補佐人の言い分はどのような内容のものでしたか。
③該当事項なし。

エ 照会事項4

懲罰審査会における申立人及び補佐人の弁解の内容・意見はどのようなものでしたか。
本人は、懲罰審査会の席上、供述調書に記載のとおりである旨を申し述べ、補佐人の意見は、「本人の性格を考慮願いたい。」というものでした。

(2)面談調査
対象 看守長  A氏(以下、「A補佐人」といいます。)
副看守長 B氏
方法 面談による聞き取り調査
日時 平成20年1月16日午後1時30分から
場所 名古屋刑務所内
聴取内容 下記のとおり

①申立人の犯則行為の概要

 犯則行為の容疑事実は、「平成18年5月31日午前11時19分居室にて、面接に来た職員(第一処遇統括)を呼び止めようとし、報知器を出すために居室の 鉄扉を叩いた。この行為は房内の静穏な環境を乱した静穏阻害(受刑者遵守事項4項(他人に迷惑を及ぼす行為)の10号)に該当する」というものである。
 この受刑者遵守事項は平成17年8月12日に制定され、文書を居室に備え付ける方法により受刑者に周知している。

②懲罰審査制度の名古屋刑務所における運用

 懲罰審査は、犯則行為から28日以内に行わなければならないという時間的制限がある。
 当時の名古屋刑務所では懲罰審査会は週に2日開かれており、1日に50件から100件の懲罰事案が審査され、1件にかかる審査時間は約5分から10分だった。
 審査員は6名おり、議長には処遇部長が選任され、他の審査員は処遇部の職員が選任されていた。補佐人は6人おり順番制になっていた。
 名古屋刑務所懲罰手続細則(達示)には、補佐人の職務内容について、概ね次の内容の4か条が定められている。

  1. 必要と認める場合に意見陳述をすること
  2. 意見陳述するために容疑者と面接し、証拠書類の確認をすること
  3. 懲罰審査会への出席を拒んだ容疑者の弁解録取書を提出すること
  4. 反則行為を否認する容疑者と面接し、その聴取内容を懲罰人面接簿に記載して提出すること

 懲罰審査会の議事内容及び結果については「懲罰表」という文書として保管され、後日、矯正局がチェックすることになっている。

③申立人についての審査経過及び審査状況

 本件懲罰審査当時、補佐人を務めていたのはA補佐人を含めて6名であり、A補佐人は月に2回程度、補佐人を務めていた。
 供述録取を担当する看守部長が平成18年6月19日、申立人の供述を録取したが、その際、申 立人は容疑事実を認めた。その後、本件懲罰審査会の前日である同月21日に、「容疑事実告知書」と題する文書(A4版1枚)が申立人に手渡され、審査対象 とされる容疑事実が告知されている。なお、従前は、容疑事実の告知は懲罰審査会の当日になされていた。
 A補佐人は、本件懲罰審査会で補佐人を担当することを事前に分かっていたが、個々の事案について事前に審査対象とされる具体的な容疑事実を知ることは、事前面接をすべき事案でない限りは、原則としてない。
 A補佐人は、本件懲罰審査会の前に申立人と面接をしなかったが、その理由は、申立人が供述録取書作成の段階で容疑事実を認めていたからである。<
 補佐人の職務を行うにあたり、容疑者が容疑事実を認めている場合には、原則として事前面接を行っておらず、否認している場合に限って事前面接を行うという のが名古屋刑務所における運用である。ただ、容疑事実を認めている場合でも、犯則行為の容疑者が複数存在しているなどの複雑事案の場合には、例外的に事前 面接を行うこともある。本件は、そのような複雑事案ではなかったので、事前面接は行わなかった。
 この運用は、上述した名古屋刑務所懲罰手続細則(達示)に基づくものである。
 本件懲罰審査会の席上、A補佐人は、申立人に対して、自分が補佐人であることを告知してはいない。
 席上、容疑事実につき認否を求められた申立人は、「調書のとおりです。」と答え、言 い分については、「ありません。」と答えた。そのため申立人は、そのまま審査会の部屋から退席したが、その後に、A補佐人は、補佐人の意見として、「本人 の性格を考慮願いたい。」と述べた。したがって、A補佐人の発言を申立人は聞いていない。
 「本人の性格を考慮願いたい。」というのは、本人の性格を考慮して懲罰を軽くしてやって欲しいとの意である。
 なお、補佐人の職務に関し、名古屋矯正管区より、容疑者の不利益になる事項を述べてはならない、という指導がなされている。

3 判断

(1)調査の結果、A補佐人が、本件懲罰審査会の前に、申立人との事前面接を行わなかった理由は、「申立人が容疑事実を認めていた」ことに尽きるのであっ て、併せて、容疑者が容疑事実を認めている場合には、原則として事前面接を行わないのが貴所における運用であることも明らかになった。

(2)確かに、週に2度開催される懲罰審査会においては、1日に50件から100件という多数の懲罰事案を審査する必要があり、また、懲罰審査は反則行為 から28日以内に行わなければならないという時間的制限があることからすれば、全件について補佐人による事前面接を要求することは困難とも思われる。
 しかし、懲罰手続きの適正を図るため、懲罰手続を法定し、補佐人について明記した改正法(刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律第110条、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第155条)の趣旨を看過してはならない。
 すなわち、懲罰手続は、収容者の権利の制限の可否を判断する手続である点において、刑事裁判手続に類する重大な不利益処分を科する手続であり、刑事裁判手 続における基本的な考え方である「告知と弁解の機会の付与」「弁護権の保障」は、懲罰手続においても最大限活かされなければならない、というのが改正法の 趣旨である。そして、懲罰手続において、補佐人が「弁護権の保障」を全うすべき立場として位置づけられているのは明らかである。
 ところで、懲罰には、最も軽い戒告から最も重い閉居罰まで軽重につき大きな差が設けられている。また、どのような懲罰を受けるかによって、仮釈放の可否等、懲罰に付随する不利益の内容にも差異が生ずる。
 したがって、懲罰手続においても刑事手続と同様に、単なる容疑事実の存否だけでなく、情状の程度ないし内容の把握は重要である。ちなみに刑事収容施設及び 被収容者等の処遇に関する法律 第150条2項は,「懲罰を科するに当たっては、懲罰を科せられるべき行為(以下この節において「反則行為」という。)を した被収容者の年齢、心身の状態及び行状、反則行為の性質、軽重、動機及び刑事施設の運営に及ぼした影響、反則行為後におけるその被収容者の態度、受刑者にあっては懲罰がその者の改善更生に及ぼす影響その他の事情を考慮しなければならない。」と定めており,刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律第106 条1項6号及び刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第151条1項6号には「特に情状が重い場合」に関する規定がある。
 したがって、法は、補佐人に対し、容疑者の権利擁護のため、情状についても十分に確認・検討して、懲罰審査に反映させる職責を負わせているというべきである。
 そうであるとすれば、補佐人が事前面接を行わないということは、補佐人は容疑者の言い分を十分に聞き取って情状について確認・検討することを怠っていることになり、法が補佐人に負わせている職責を放棄していると言わざるを得ない。

(3)したがって、補佐人は、容疑者が容疑事実を認めているか否かを問わず、全件について事前面接をすべきである。
 補佐人が直ちに全件について事前面接をすることが困難であるとしても、少なくとも容疑者に対して、補佐人との事前面接を希望するかどうかを確認し、希望する容疑者については短時間でも事前面接の機会を設けるようにすべきである。
 よって、勧告の趣旨記載のとおり勧告する。

以上