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人権侵犯救済申立事件

平成22年3月31日

岐阜刑務所  所長  有 村 正 広  殿

愛知県弁護士会 会長  細 井 土 夫

勧  告  書

当会は、貴所に在監中である申立人○○○○に係る平成18年度第18号人権侵犯救済申立事件につき、下記のとおり勧告する。

第1 勧告の趣旨

貴所は、申立人が、平成18年1月30日、貴所工場内の職員が執務を執る机あたりで、職員に対し、筆入れ2つの同時所持が許可されていなかったにもかかわ らず、「許可していない物、持っているわけないじゃないですか」等、同時所持が許可されている旨言い張り、もって虚偽の事実を申告したという事由で、申立 人を軽屏禁15日の懲罰に付した。

しかし、申立人は、筆入れ2つの同時所持の許可を得たことを主張したのではなく、筆入れの新規購入を許可され、その所持も職員から交付を受けて受領したと いう経緯をありのままに説明しようとしたに過ぎない。申立人の主張を、2つの筆入れの同時所持の許可を得たという主張と解し、その主張を虚偽の主張と評価 した貴所の判断には誤りがある。したがって、申立人に対する本件懲罰には、その前提である事実を誤認した違法事由がある。

よって、申立人につき、本件懲罰に随伴して生じた各種の不利益があればこれを解消する措置を講じるとともに、併せて、今後、受刑者に対して懲罰を科す場合には事情聴取その他調査を適正に行い、誤った事実に基づいて懲罰を科することのないよう勧告する。



第2 申立の概要

  1. 申立人(昭和●●年●月●日生)は、平成17年11月22日から、貴所に在監している受刑者である。
    申立人は、平成18年1月10日、貴所職員(第三区統括)に対し、その当時に所持していた筆入れより容量の大きな筆入れを新たに購入して、筆入れを 交換したい旨申し出たところ、特別購入の願せんを出すよう指示され、その指示に従って願せんを提出した。 その後、筆入れの購入許可がおり、同月16日には新しい筆入れが届いていたが、申立人は、本件とは異なった他の反則行為によって懲罰を科せられ独居処遇を 受けていたことから、新しい筆入れは申立人のもとには届かず、独居処遇を担当する職員が、一時、その筆入れを保管することとなった。

  2. 申立人に対する上記の懲罰執行は、平成18年1月24日に終了し、申立人は25日から通常の雑居房へ戻り、工場への出役も許されることとなった。そしてこれに応じて、申立人は新しい筆入れの交付を受けた。
    しかし、新規に交付を受けた筆入れには許可印が貼付されていなかった。また従来から使用していた筆入れを回収されなかったことから、申立人は2つの筆入れを同時に所持する状態となった。
    刑務所では、所持が許され筆入れの個数は1つで、2つの筆入れを所持することは許されていなかった。申立人は、2つの筆入れを同時に所持していては問題になるのではないかと不安になり、工場担当の職員にこのことを相談しようと考えた。

  3. 申立人は、平成18年1月30日、工場担当の職員に対して、「第三区統括の指示で願せんを書いたところ、新しい筆入れの購入を許可されました」「ですが、今手元に筆入れが2つあって、新しい筆入れに許可印が貼ってません。どうしたらよいですか?」等と相談を持ちかけた。
    これに対して同職員は、突然、第三区統括に対し、「○○に筆入れ2つの所持を許可しましたか」と問い合わせするとともに、第三区統括からそのような許可はしていない旨の回答を得るや、申立人を連行し取調べを開始した。
    取調の対象となった懲罰の原因となる事実は、2つの筆入れを同時に所持するにはその旨の許可を得なくてはならないところ、申立人はその許可を得ていないにもかかわらず、許可を得たと主張して、虚偽の申告をしたというものであった。
    その後、申立人は取調の過程や平成18年2月23日に設けられた懲罰審査会において、新しい筆入れの購入について許可を得たと述べたにすぎない旨の弁解を したが、聞き入れられることなく、軽屏禁15日の懲罰が科せられた。しかし、これは事実誤認に基づく懲罰であって不当である。

第3 調査に対する貴所の回答の骨子

  1. 受刑者が所持できる筆入れの個数は、1つまでであり、また所持の態様とし ては、基本的に居室において保管することが許されていた。

  2. 受刑者は所内で購入した物品は、領置物品として取り扱われ、購入手続だけ では本人の手元には届かない。
    購入物品を使用するためには、領置解除を行う手続(これを、貴所では「仮下げ」と呼ばれている)が必要とされていた。

  3. 貴所では、担当職員が受刑者ごとの日用品受払表を作成している。
    そして、この受払表によって、各物品の領置・仮下げ・廃棄の状況を確認、管理していた。 そして、筆入れの仮下げの場合は、担当職員が受払表で、本人の筆入れの使用状況を確認し、新しい筆入れを交付する際には、それまで使用していた筆入れと交換することになっていた。

  4. 申立人は、平成18年1月25日、貴所職員に対し、「許可をもらっている」と欺いて、正当な理由なく筆入れの交付を受け、同時に筆入れ2つを不正に所持した。
    上述のように、受刑者が所持しうる筆入れの個数は1つまでであり、筆入れ2つを同時に所持することは許されていなかった。したがって、申立人の場 合、不正所持(被収容者遵守事項3の1「不正製作等」)に該当する行為があったことになる。ただし、申立人に科した本件懲罰は、この点を問責の対象とした ものではない。

  5. 申立人に対する問責の対象となった事実は以下のとおりである。すなわち、申立人は、平成18年1月30日、工場内の職員が執務を執る机あたりにおいて、同 職員に対して、筆入れ2つの所持が許可されていないにもかかわらず、これが許可されているとして「許可していない物、持っているわけないじゃないですか」 などと主張した。
    申立人は職員の職務上の質問に対し虚偽の申告をした。そしてこのことは、規律違反行為名「虚偽の申告」(被収容者遵守事項第8の7)に該当するので問責の対象とし、本件懲罰を科した。

第4 当会の判断

  1.  前提事実

    申立人の主張と貴所の回答から、以下のような経過があったことは容易に認めることができる。

    (1)申立人は、所定の手続に従って新しい筆入れを購入し、平成18年125日、新しい筆入れを使用するための領置解除手続を行い、新しい筆入れが申立人のもとに届いた。
    そして、新しい筆入れが申立人に交付された時点で、申立人においては2つの筆入れを同時に所持する状況が生じた。

    (2)平成18年1月30日、申立人から工場担当職員に対し2つの筆入れを同時に所持している状態にあることを相談した。
    すると、同職員は、申立人につき、2つの筆入れを同時に所持する許可がなされているか否かを確認し、そのような許可がなされていないことの確認が取れると、申立人が虚偽の事実を申告している旨の疑いをもって取調べを開始した。
    そして、取調を受けた際に、申立人は、「許可していない物、持っているわけないじゃないですか」等の主張をした。 申立人のこの主張に対して、貴所は、2つの筆入れの同時所持が許可されていないにもかかわらず、許可されていると言い張り、虚偽の申告をしたものと判断して、軽屏禁15日の懲罰を科した。

  2.  双方の主張に対する判断

    以上の前提的事実を踏まえながら、双方の主張の当否について判断する。

    (1)新規に筆入れの交付を受けるまでの経過-欺罔行為の有無

    • ア 本件では、新規の筆入れの購入を申し出てから、その交付を受けるまでの経緯において、申立人は、職員を欺罔して筆入れ2つの同時所持を果たそうとする意図を持っていたのか、という点を検討する必要がある。
      貴所においては、 申立人は、平成18年1月25日、貴所職員に対し、「許可をもらっている」と欺いて、正当な理由なく筆入れの交付を受け、同時に筆入れ2つを不正に所持したと主張している。

    • イ しかし、まず、申立人につき、規律違反を犯してまで2つの筆入れを同時に所持する必要性があったことを示す事実は見当たらない。 また、「筆入れをもっと大きなものに替えたい」というのが、申立人が主張している筆入れの購入動機であるが、その当時、同人は訴訟関係の書類の作成を行っ ていたことも考慮すると、以上のような動機を申立人が持つようになったとしても、そこに格別に不自然・不合理な点はない。
      また、刑務所内において、筆入れを購入・仮下げする場合は、新規に購入した筆入れを受け取る際、旧来の筆入れと交換をするルールがあった。
      そうであるとすると、いかに巧みに欺罔行為を用いたからといって、2つの筆入れを同時に所持することが容易に実現できる可能性は少ない。このことか らしても、申立人が筆入れ2つの同時所持を実現しようという考えを抱き、職員に対して欺罔行為を働こうという意図を持っていたということもやはり考え難 い。
      以上の点からすると、 職員に欺罔行為を働いてまでして、筆入れ2つの同時所持を果たそうとする意図を申立人が持っていたと認定することはできない。

    • ウ もっとも、貴所は、「本人に筆入れを交付した職員は、交付の際に、使っていた筆入れを出すよう指示を行い、これに従わなかった本人に対して、事後の処 理について、工場担当職員に申出るよう指導した事実が認められる」という回答(平成20年2月28日付)をし、要するに、新規の筆入れを交付するに当たっ て、職員が従来の筆入れの回収をしようとしたにもかかわらず、申立人がこれを拒絶した経緯があった旨の主張をしている。

    • エ しかし、貴所では、2つの筆入れの同時所持を認めておらず、新しい筆入れを交付する際には、その交付時に旧来の筆入れと交換をする取扱をしていた。そうである以上、受刑者がもし回収の指示に反すれば、そもそも、新たな筆入れを交付する必要は全くなかった。
      また、申立人が回収の指示に応じなかった状況に関する貴所の指摘は、具体的なものではなく、本当にそのような事実があったのか非常に疑わしい。
      こうした点を踏まえると、貴所の職員が、従来使用していた筆入れを回収しようとしたにもかかわらず、申立人がこれを拒絶した経緯があったという貴所の回答については、疑問を差し挟む余地が大きく、この回答を信用することはできない。
      そして、申立人が職員の回収指示に直ちには応じない対応をとっていた事実が仮にあったとしても、申立人から回収に対する強い抵抗があったとか、あるいは欺罔を用いて回収を断念させた事実があったと結論することはできない。
      実際、そのような事実があったとすれば、それこそ、明らかに懲罰の原因事実であると解すべきところ、貴所は、不正所持(被収容者遵守事項3の1「不正製作等」)を全く問責の対象としていないのである。

    (2)懲罰の原因となった事実の存否について

    刑事被拘禁者の出廷が認められない場合の不利益

    • ア 次に、本件懲罰の原因となった事実の存否につき検討するが、この点に関して、貴所は、 「後日、工場担当職員においても、許可になっている旨申し述べたことから、同工場担当職員が本人に筆入れを同時に2つ所持することが許可されていないこと を確認し、そのことを本人に告知しても、なお本人は許可になっている旨を言い張り、職員の職務上の質問に対し虚偽の申告をした」(平成20年2月28日付 回答書)という回答している。
      この回答によると、要するに、2つの筆入れの同時所持を許可した事実がなかったにもかかわらず、あたかも、その事実があった旨を申立人が主張したことをもって、虚偽の申告と評価したものと判断される。

    • イ しかしながら、欺罔を用いてまでして、筆入れ2つの同時所持を果たそうとする意図が申立 人にあったという事実が認められないことは上述したとおりであり、また従来の筆入れの回収に関して、申立人からの強い抵抗があったとか、あるいは欺罔を用 いて回収を断念させた事実があったと認定することもできない。申立人が2つの筆入れを所持するに至ったのは、貴所職員が古い筆入れを回収せず、新たな筆入 れを漫然と申立人に交付した結果生じた事態と考えるのが相当である。
      加えて、 懲罰原因とされたこの平成18年1月30日の経緯は、申立人が、工場担当職員に対し2つの筆入れを同時に所持している事実を、自主的に申告したことが発端 になっているのである。こうした経過からしても、申立人において、嘘の申告をして事実を隠そうとする意識があったとは考え難いのである。
      こうした事情を総合すると、申立人が、「許可していない物、持っているわけないじゃないです か」などと主張したのが事実であったとしても、その発言は、2つの筆入れを同時所持する許可を得ているという意味で言ったのではなく、むしろ、2つ目の筆 入れも、貴所から購入の許可を受けたものであり、また、それが手元にあるのも貴所職員から実際に交付を受けたからであるという事実をありのままに説明する 趣旨の弁明であった、と解するのが自然かつ合理的である。
      申立人の当時の発言を、虚偽の申告であると判断すること相当ではない。

    • ウ そうであるとすると、貴所は、申立人が事実をありのまま述べていたにもかかわらず、事実 を十分調査をすることなく、申立人の弁解・発言を表面的に捉え、それを「虚偽の申告」であると誤認して、軽屏禁15日の懲罰処分をしたといえる。したがっ て、本件懲罰は、事実誤認に基づく違法な処分であったと解するのが相当である。

    • エ そして、懲罰によって被る受刑者の不利益に鑑みると、受刑者には、誤った事実に基づいて懲罰を受けることがない権利・利益を有しており、本件では、申立人につき、この権利が侵害されたと判断せざるを得ない。
      申立人に関しては、懲罰が既に執行されているが、懲罰を科せられたことによって、その後、申立人の処遇において不利益が生じている可能性があることから、本件においては、頭書の趣旨に記載したとおりの勧告をするのが相当と判断した次第である。

以上