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人権侵犯救済申立事件

2008(平成20)年8月21日

名古屋刑務所 所長 殿

愛知県弁護士会 会長  入谷 正章

要  望  書

 愛知県弁護士会は、○○○○の申立に係る平成18年度第22号人権侵犯救済申立事件につき、下記のとおり要望する。

第1 要望の趣旨

 貴所におかれては、受刑者に対し、以下の各点を配慮されたい。

  1. 受刑者が医師の受診を希望する際には、できる限り速やかに医師の診察を受けること。

  2. 受刑者が精神疾患の場合には、医師との面接が十分できるよう環境を整備すること。

  3. 受刑者が収監前に服用していた薬を希望する場合には、以前受診していた病院に処方内容を照会し、刑務所内で処方する薬剤を検討し、変更する場合には医師から十分な説明を行うなどして受刑者が医師に対する信頼感を損なうことのないようにすること。

第2 要望の理由

1 申立の趣旨

 申立人は、平成16年夏に精神障害者保健福祉手帳の3級に認定され、精神安定剤と睡眠導入剤の処方を受け、必要時に服用していた。ところが、平成18年1 月26日より名古屋刑務所に収監され、収監時の医師の診察により、効果が不十分な薬に処方が変更された。また、必要時にすぐに薬を内服できない状況であ る。

 よって、申立人は、収監前まで処方されていた薬を必要時に内服できるよう求める。

2 調査の内容(認定した事実)
  1. 申立人は、平成16年11月22日、●●病院を初回受診し、平成17年9月9日まで同院に通院していた。この間、申立人は、覚醒剤後遺症と診断され、抗不安剤、抗精神病薬の内服治療を受けていた。最終受診日に別紙①の内容の投薬を受けていた。

  2. 申立人は、平成18年1月16日に名古屋刑務所に収監され、同日精神科医師の診察を受け、覚醒剤中毒後遺症の疑いと診断され、以後別紙②の内容の投薬を受けていた。

  3. 申立人としては、従前、●●病院で処方されていた薬を希望していたが、医師からは特段の説明のないまま処方が変更され、処方された薬の効果は不十分であるとの不満をもっていた。

  4. 名古屋刑務所では、看護師または准看護師の資格を有する職員が定期的に工場、居室を巡回して被収容者の主訴を聴取し、その内容を医師に報告して診察を行っている。
     また、被収容者の状況から緊急に診察する必要がある場合や被収容者から診察を希望する願書が提出された場合等でも必要に応じて診察を実施しているとのこ とであるが、申立人の場合は、症状が軽いと判断され、精神科医師の診察を希望しても、2、3か月待たされる状況であった。

  5. 以前、申立人の診察にあたっていた精神科医師が、診察中、申立人の訴えを聞かずに怒鳴る等の対応をしていたか否かについては、申立人の供述があ るのみで具体的な事実を認定することは困難である。しかしながら、本年5月17日以降、申立人自身が減薬を希望したのは、診察にあたった医師が申立人の訴 えに耳を傾けたためとも考えられる。このことからすると、それまで申立人の診察にあたった医師の面接が適切に面接を行われたといえるかは疑問が残る。
     少なくとも、刑務官が受診中退席を促すなどの行為があったことは認められ、十分な診察を受ける状況ではなかったことが認められる。

  6. 申立人は、5月17日に新しい精神科医師の診察を受けたところ、申立人の訴えが傾聴された。そして、同日より申立人の申出により減薬され、同月25日からは投薬は申立人の申出により中止された。

3 判断
  1. わが国も批准している、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約12条1項は、「国は、すべての者が到着可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認める」と定めている。この権利主体から受刑者が除かれる理由はない。

  2. 受刑者は、受刑目的に必要な範囲で身体の自由を始めとして人権の制約を受けざるを得ないが、そのため、医師や医療機関を自由に選択することがで きない。従って、受診を希望する受刑者に対しては、できるだけ速やかに医師の診察を受けることができるように配慮すべきである。  刑事処遇法56条が「刑事施設においては、被収容者の心身の状況を把握することに努め、被収容者の健康及び刑事施設内の衛生を保持するため、社会一般の保 健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとする」と定めているのもその趣旨である。

  3. そして、患者の診療、特に精神疾患の患者の診療にあたっては、一定の時間をとり、患者の訴えに耳を傾け、医師と患者間の信頼関係を築いた上で薬 物療法を行うことが必要であるが、受刑者の診察にあたっては、刑務所は、そのような環境を整備する必要がある。そして、特に本人が収容前に内服していた薬 の服用を強く希望する場合等には、収容前に受診していた病院に対して処方内容の照会をした上で、刑務所内での処方を検討し、その内容について説明を尽くす べきであると考える。

  4. ところが、名古屋刑務所では、「刑務所は、その人の治療を積極的に行うところではない。」としており、受刑者の最善の医療を受ける権利に対する配慮が欠けていると考えられる。
     そして、名古屋刑務所における申立人に対する投薬内容の適否及び診察の具体的状況についての判断は困難であるが、数ヶ月に一度しか受診をさせず、その 際、受診者に対して刑務官が退席を促す等の行為は受刑者の医療を受ける権利を侵害するものであり、医師と患者間の信頼関係を築くことを困難にするものであ る。その上、申立人本人が通院していた●●病院での投薬を希望していたにもかかわらず、何の措置もとらなかったことは、名古屋刑務所の対応は、受刑者の医 療を受ける権利を侵害するものである。

  5. よって、第1の結論に記載のとおり要望することが相当である。

以上