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平成20年3月12日付要望書 名古屋刑務所に対し

愛弁発第378号 平成20年3月12日

名古屋刑務所
所長  高橋 裕紀 殿

愛知県弁護士会 会長 村上 文男

要  望  書

 当会は、○○○○の申立に係る平成18年度第32号人権侵犯救済申立事件について、下記のとおり要望する。

第1 要望の趣旨

 申立人は、入所以来、抑うつ状態にあり向精神薬を服用していたものであるが、平成18年8月21日及び同月28日に、申立人が、外来の精神科医に よる診察の申し入れをしたにもかかわらず、貴所においては、平成19年1月17日に至るまでの約5か月間、外来の医師の診察を得させる機会をもうけず、加 えて、貴所に常駐する精神科医師の診察を受ける機会をもうけなかった。
こうした対応は、早期かつ適切な診察・治療を受けることのできる申立人の権利を侵害する行為である。

 このため、今後、受刑者が医師の受診を希望する場合には、諸般の状況を適切に考慮して、速やかに医師の診察を受けさせる措置を取られるよう、要望する。

第2 要望の理由

1 申立の趣旨

 申立人は、従前から不眠により睡眠薬の投薬を受けていたところ、平成18年7月12日、名古屋刑務所へ入所する際に、従前とは異なる処方、投薬を 受けることになった。しかし、その投薬の効果はなく、薬の追加も認められなかった。その約1週間後に再度診察を受けて、その結果、薬が変更されたものの、 これについても効果はなく、申立人においては慢性的な不眠状態が続いていた。

 そこで、申立人は、再三にわたって精神科医、特に外来精神科医の診察を受けたい旨の申し入れを行ってきたが、5か月以上にわたって診察を受けることができなかった。

2 調査の概要
  • ① 平成19年1月9日 名古屋刑務所において、申立人本人と面談、事情聴取。

  • ② 平成19年6月4日 名古屋刑務所において、同所処遇部処遇部門上席統括矯正処遇官・法務事務官看守長及び同所処遇部処遇部門主任矯正処遇官・法務事務官副看守長と面談、事情聴取。

3 認定した事実
  • (1)申立人に対する医師の診察及び病状に関する経緯は、別紙(省略)のとおりである。なお、申立人が施設内での不眠を訴えた記録はない。

  • (2)名古屋刑務所には、7名の医師が常駐し、その内訳は、内科、外科、消化器外科、腎臓科、歯科、整形外科、精神科の医師が各1名である。医務部長は平成19年4月に交代し、本件の調査時は、精神科の医師が就いている。
     外来の精神科医師は、月に1~2回の割合で往診し、往診時間は1日あたり半日程度であり、受刑者が受診を希望しても、必ずしも常に受診ができるとは限らない状況にある。

  • (3)申立人は、精神科について診察を希望し、特に、平成18年8月21日以降は、外来の医師(△△医師)の診察を希望して、複数回にわたってその申し出をしてきたが、認められなかった。
     平成19年1月17日になってからは、月1~2回の割合で外来の精神科医師の診察を受けられるようになっている(なお、申立人が、外来の精神科医師の診 察を受けられるようになった端緒についての事情は不明である。1月17日の直前に、申立人から診察に関する新たな申入れがあったか否かは、貴所の資料には 記録されていない)。

  • (4)医師の診察以外に、准看護士・看護士などの保健助手による巡回が実施されている。その際の聞き取り内容は、原則として記録に残らないが、担当官には告知されることになっている。

4 判断
  • (1)申立人は、入所後間もない平成18年7月18日と同年8月28日に、精神科医師の診察を受ける機会を得た。
    しかし、申立人が、平成18年8月21日に外来の△△医師による受診を希望する旨の申入れをし、また、同月28日には、常駐の精神科医師の診察を受けた際 に、外来の△△医師の診察を受けたい旨の申入れをしたが、申入れに即した措置が取られず、その後、約5か月間、外来の精神医師の診察のみならず、常駐の精 神科医師の診察を受ける機会を得られない状態が継続した。

  • (2)本件で、申立人が外来の精神科医による診察を希望していたという点に関しては、外来の医師は、月に1~2回の割合で往診に当たっていたので あるから、平成18年9月から12月までの間に、申立人に対し、外来医師の診察を得させる機会をもうけることは可能であったと判断される。
     実際、申立人は、平成19年1月17日に外来の精神科医師の診察を受けられるようになり、以後、同年2月には2回、3月から5月にかけては毎月1回、外 来の精神科医による診察を受ける機会が与えられるようになっているという経過からすれば、貴所において、外来の精神科医の受診を希望する受刑者が多いとい う事情があったことを考慮したとしても、上記の期間中、外来医師の受診を得させる機会を1度たりとももうけることができなかったとは考え難い。

  • (3)また、貴所が、平成18年9月以降、申立人に対し、常駐する精神科医師の診察を受ける機会を与えなかったことも、相当な対応とは 言い難い。まず常駐の医師の診察を受けさせ、その上で外来の医師による受診の是非や要否を検討するという対応を取る必要があったというべきである。
     たしかに、申立人においては、平成18年8月ころ、外来の精神科医師による診察を強く希望し、常駐する精神科医師の診察を拒むという経緯があった。
    しかし、申立人においては、既に同年7月に、抑うつ状態にある旨の診断がなされていたのであるし、加えて、当初は常駐医師の診察を拒んでいたとはいえ、時 期が経過することによって、申立人の対応や意向が変わることも十分にあり得るものである以上は、貴所においては、外来医師の診査の機会をもうけないのであれば、これに替えて、常駐の医師による受診を勧める必要があったというべきである。こうした対応を取らずに、数か月にわたって、常駐する精神科医による診 察の機会さえももうけずに放置したことは、不適切な対応であり許されない。

  • (4)申立人は、入所時の診察や平成18年7月18日の精神科医による診察によって、抑うつ状態にあることが確認され、実際に向精神薬が投与され ていたのであり、こうした状況にあった以上は、定期的に診察を受ける機会を与え、病状の変化等を正確に把握し、病状を悪化させないよう配慮しなければなら ない。特に、申立人が、刑務所への収容という特別な環境に新たにおかれたことを考えれば、その初期段階において、申立人の症状や投薬の効果等の状況を正確 に把握することが、極めて肝要である。
     申立人につき、5か月という長期の期間にわたって、精神科医師の診察の機会を与えずに放置していた貴所の対応は、申立人の病状の悪化を招く危険性が高い 行為といわなければならず、早期かつ適切な診察・治療を受けることができるという申立人の権利を侵害したものと認めるのが相当である。

  • (5)なお、申立人の診察については、平成19年1月17日に、外来医師による診察が実施されて、それ以後は、1か月に1回以上の割合での受診、 検査、及びこれら結果に基づく診療行為が実施されている。このため、現時点においては、申立人の権利が侵害されているという状況が継続しているとまでは言 い難い。
     しかし、本件において、精神疾患を抱えていた者に対する対応としては、極めて不適切であったと考えられ看過できない上、今後、同種の事案が繰り返されな いよう、貴所において、受刑者に対して適切な医療上の対応を図ることが重要であるものと判断して、上記のとおり要望するものである。

以  上<