愛知県弁護士会トップページ> 愛知県弁護士会とは > 人権擁護委員会 > 平成20年3月12日付勧告書 岐阜刑務所に対し

平成20年3月12日付勧告書 岐阜刑務所に対し

愛弁発第377号 平成20年3月12日

岐阜刑務所
所長  川尻 定金  殿

愛知県弁護士会 会長  村上 文男

勧 告 書

 当会は、貴所に在監中の○○○○の申立に係る平成18年度第18号人権救済申立事件につき、下記のとおり勧告する。

第1 勧告の趣旨

 貴所が申立人による自弁の「医療用枕(頸椎医療枕)」「医療用円形座布団」を補正器具として使用するとの申し出を認めなかったことは、申立人が自弁の補正器具を使用する権利を侵害したものであるから、その使用を認めるよう勧告する。

第2 勧告の理由

 申立人から聴取した事情、貴所から得た回答及びそれらに基づき当会が認定した事実は以下のとおりである。

1 申立の概要

 申立人は平成17年11月22日以降、貴所に在監中の者である。
申立人は貴所に在監して以来、平成19年2月に至るまでの間、貴所に対し再三にわたり自弁の「医療用枕(頸椎医療枕)」「医療用円形座布団」を補正器具として使用することを申し出ているが、貴所は合理的な理由なくこれらの使用を認めない。 そのため、申立人はこの貴所の対応は、刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律(以下、「受刑者処遇法」という)に違反し人権侵害となる旨主張している。

2 調査の結果(認定した事実)

 申立人から聴取した事情、貴所から得た回答及びそれらに基づき当会が認定した事実は以下のとおりである。

(1) 申立人に対する事情聴取

 当会から申立人に対し事情を聴取したところ、申立人から以下のとおりの回答を得た。

  • ア 申立人の持病
     申立人には下記①②を含め多数の持病がある。
     ① 頸椎症
     ② 座骨神経痛

  • イ 申立人の自弁の補正器具の申請
     申立人は上記①②の持病があるため、貴所へ移監されて以降再三にわたり、貴所に対して自弁の「医療用枕(頸椎医療枕)」「医療用円形座布団」を補正器具として使用することを求めているが、貴所はこれを認めない。
    そのため、申立人には慢性的な頭痛、頸椎症による激痛及びしびれ、座骨の流血、しびれ及び痛みが生じ、その苦しみは甚だしい。

(2) 貴所からの回答要旨

 当会から貴所に対し、申立人の自弁の補正器具の使用に関して照会を行ったところ、貴所から以下のとおりの回答を得た。

  • ア 申立人の持病について
     貴所は、申立人の①頸椎症及び②座骨神経痛等の持病に関し、「明らかな所見はないものの、疾病の可能性も完全に否定できない」と回答した。
    また、「ふだんから、首、臀部、肩、両手、足の痛みを訴えており、『頸椎症』『坐骨神経症』『頸椎板ヘルニア』の疑いもある」と回答した。

  • イ 申立人の自弁の補正器具の申し出を認めなかった点について
     当会から貴所に対し、申立人に自弁の医療用枕等を補正器具として使用させないのは如何なる理由に基づくのかについて照会した。
    これに対し、貴所は「現在のところ、その必要性を認めていない」と回答した。

(3) 認定した事実

 以上の事情聴取等から、当会は下記のとおり事実を認定した。

  • ア 申立人は普段から頸椎及び座骨部分に痛みがある旨訴えていた。こうした事情や貴所医務課の検査等からすれば、申立人には少なくとも頸椎症及び座骨神経症の疑いがある。

  • イ そのため、申立人は貴所に対し、頸椎及び座骨部分の苦痛を緩和するために、再三にわたって自弁の「医療用枕(頸椎医療枕)」「医療用円形座布団」を補正器具として使用させるように求めた。しかし、貴所は「その必要性はない」として使用を許可しなかった。

3 判断
 (1) 受刑者の自弁の補正器具を使用する権利が、平成18年5月24日から平成19年2月まで適用されていた受刑者処遇法上保障されていること

  • ア 受刑者処遇法19条等の規定

    (ア) 受刑者処遇法19条について
    この点、受刑者処遇法19条は下記のとおり定めている。
    (同法19条1項)
    「 受刑者には、次に掲げる物品については、刑事施設の規律及び秩序の維持その他管理運営上支障を生ずるおそれがある場合を除き、自弁のものを使用させるものとする。
     1 眼鏡その他の補正器具
     2 ・・・  」
    (同法19条2項)
    「 前項各号に掲げる物品について、受刑者が自弁のものを使用することができない場合であっても、必要と認めるときは、そのものにこれを貸与し、または支給するものとする」
      このように、同条は補正器具等については自弁原則とし(同条1項)、例外的に官給とする(同条2項)。また、自弁の場合にはその使用を権利として広く認め、例外的に「管理運営上支障を生ずるおそれがある場合」のみ例外的に使用できないとしている。
    (イ) 受刑者処遇法17条等について
    他方、同法17条、18条、20条は、衣類等(自弁の補正器具等〔同法19条1項各号の物品〕以外の物品)について、官給原則としている。また、そのうち 同法18条各号の物品については刑事施設の長が「処遇上適当とみとめるとき」等の要件を充足した場合に限り、自弁のものの使用を「許すことができる」とし て、許可制を採用している。
    (ウ) 小括
    以上のとおり、同法19条は補正器具等については、他の物品(同法17条等)と異なり、自弁原則としている。その上で、受刑者に対し、施設長の許可を要す ることなく自弁の補正器具等を使用できる権利を保障し、例外的に「管理運営上支障を生ずるおそれがある場合」のみ権利を制限しうるとしている。

  • イ 受刑者処遇法19条1項の趣旨

    このように、同法19条1項が他の物品と異なり、自弁の補正器具等について使用を広く認めたのは、①自弁原則とした方が国家財政上の負担が軽減さ れること、②補正器具等はその需要も各受刑者ごとに多様であって、受刑者に選択の自由を広く認める必要性が高く、そうすることが受刑者の人権尊重という同 法の目的(同法1条)に資する等にあると考えられる。
    しかし、無制限に補正器具等の使用を認めれば、刑事施設における規律保持ができず、その管理運営に支障が生ずるおそれがある。そこで、同法19条は、③施 設の管理運営という要請に応えるべく、「施設の管理運営上支障を生ずるおそれがある場合」に限り例外的に使用を制限しうるという必要最小限の制約を定めた のである。
    したがって、同法19条1項は原則として、受刑者の選択の自由等の見地から、自弁の補正器具の使用を権利として保障しつつ、例外的に一定の場合には必要最小限の制約を加えたものと解される。

  • ウ 以上のとおり、受刑者処遇法19条は受刑者に自弁の補正器具を使用する権利を保障している。

 (2) 刑事収容施設長の裁量の有無(2) 貴所の人権侵害の有無
  • ア 申立人による医療用枕等の使用は受刑者処遇法上の権利として保障されていること

    (ア) 「医療用枕(頸椎医療枕)」「医療用円形座布団」が補正器具に該当すること
    受刑者処遇法19条1項1号にいう補正器具とは、同号が例示として示す眼鏡の性質及びその文言の意味から、「身体機能の不足を補い、苦痛を緩和する器具」と解すべきである。
    この点、申立人は普段から頸椎及び座骨部分に痛みがある旨訴えており、申立人には少なくとも頸椎症及び座骨神経症の疑いがあった。よって、頸椎症及び座骨 神経症の疑いがある申立人にとって、「医療用枕(頸椎医療枕)」「医療用円形座布団」は痛みにより阻害されている身体機能の不足を補い、また、その苦痛を 緩和する器具であると言える。
    したがって、「医療用枕(頸椎医療枕)」「医療用円形座布団」は同号の補正器具に該当する。

    (イ) なお、この補正器具該当性について貴所は何らの主張もせず争っていない。

    (ウ) 以上より、申立人による自弁の医療用枕等の使用は受刑者処遇法19条1項により、権利として保障されている。

  • イ 貴所による補正器具を使用させない行為が人権侵害であること

    (ア) これに対し、貴所は上記のとおり「その必要性はない」として申立人に医療用枕等を使用させない。
    しかし、上記(3)イのとおり、そもそも受刑者処遇法19条1項は自弁の補正器具の使用は「管理運営上支障を生ずるおそれがある場合」以外は使用させると規定しており、貴所が言う必要性は何らの要件にもなっていない。
    また、貴所は申立人の申し出が管理運営上支障を生ずるおそれがある場合に該当する旨の主張もしていないし、こうした事情を伺わせる事情も見当たらない。
    以上のとおり、貴所の主張は受刑者処遇法19条1項に反する。

    (イ) したがって、貴所が申立人の自弁の補正器具の使用を認めないことは理由がない。よって、貴所の上記処置は申立人の受刑者処遇法上の自弁の補正器具を使用する権利を侵害するものである。

4 結論

 よって、当会は貴所に対し、勧告の趣旨記載のとおり勧告をするものである。

以上