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平成19年12月25日付稲沢市長宛て要望書

愛弁発第276号 平成19年12月25日

稲沢市長
大野 紀明 殿

愛知県弁護士会 会長  村上 文男

 

要 望 書

 当会は、○○○○○の申立に係る、平成18年度第10号人権侵犯救済申立事件について、下記のとおり要望する。

 

第1 要望の趣旨

 貴市において、申立人への広報の配布が中断した事態を認識しながら、配布のための適切な措置を速やかに取らなかったことは、申立人に対する差別的な扱いであり、かつ申立人の知る権利の侵害に当たるものである。

 自治体における広報誌の住民への配布は、広報誌に貴重な情報が掲載されており、住民が行政の実情などを知る重要な媒体であることに留意し、貴市においては、今後、同種の事態が再発することのないよう適切な配慮をされたい。

 

第2 要望の理由

1 本申立の趣旨

(1)稲沢市では、広報誌「広報いなざわ」(以下、広報誌という)を毎月2回、発刊しているが、この広報誌は、同市から行政区の区長に送られ、区長を介して、行政区域内の居住者に配布されている。

 申立人は、稲沢市の行政区の一つである◆◆◆行政区の住民であるところ、平成18年4月、同区長に就任した▲▲▲は、申立人が行政区内にある自治会(◇◇◇◇町内会)に所属していないことを理由として、意図的に広報誌の配布を拒否するようになった。

 しかしながら、自治会への所属はあくまでも任意であるから、▲▲区長が、自治会への未加入を理由に広報誌を配布しないことは、不当な差別であるとともに、稲沢市の情報を得る機会を申立人から奪うもので、人権に対する重大な侵犯行為である。

 

(2)また、稲沢市は、区長が、特定の住民に対して広報誌の配布を怠っている場合には、区長に対して配布をするよう指導し、あるいはその他の方法を用いて、当該住民の世帯に広報誌が遅滞なく届くよう、適切な措置を速やかに講じる必要がある。

 しかしながら、同市は、▲▲区長が、申立人への広報の配布を拒否している経緯を十分に認識しながら、適切な措置を何ら講じなかったのであり、このような同市の対応も、同市の情報を知る機会を申立人から奪うことに繋がるものであって人権に対する侵害である。

 

2 調査の内容

(1)申立人○○○○○からの事情聴取(平成18年7月25日、同年11月9日、平成19年3月1日)

 

(2)▲▲▲、稲沢市地域振興課課長△△△からの事情聴取(平成18年11月7日)

 

3 認定した事実

(1)貴市では、「稲沢市区長設置に関する規則」(昭和30年4月15日稲沢市規則第6号、以下、「規則」という) が制定されていて、同規則が別表で定めた各区域の住民で構成する団体(「行政区」と称されている)ごとに、「住民の声を行政に反映し、もって市政の円滑な 運営と、住民の福祉の向上を図る」ために、区長を置くこととされている(本調査を実施した時点で、行政区の数は301である)。

 また、各行政区内には、区内の地域ごとに、「瀬古」と通称される自治会が設けられている(但し、自治会は、規則によって設けられているものではない)。貴市の住民は、地元の自治会に所属するとともに、その自治会を包含する行政区の構成員でもあるという関係が認められる。

 住民の自治会への加入状況は、従来は、ほぼすべての住民が自治会に加入していたが、行政区費や自治会費の負担が、 年間で各1万円程度となり負担感がかなり高まっていることや、都市化の影響で住民間の交流が希薄になる傾向が進んでいること等から、近年では、自治会に加 入しない住民も増えている。

 行政区費は自治会を通じて徴収されているので、自治会に非加入の住民については、行政区費の徴収もされず、その場合には、各行政区で管理している名簿にも、住民の氏名が掲載されない。

 

(2)規則では、区長は非常勤の特別職とされ、上述した行政区の設置目的を達成することがその責務とされている上、 貴市長からの委嘱によって、①区民の意見のとりまとめに関すること、②土木事業促進に関すること、③市行政の連絡事務に関すること、④広報等文書の配布に 関すること、④その他市長が必要と認めた事項を担うこととされている。

 また、規則では、市長は、「行政区又は区長に対し、予算の範囲内において報償費を支給する」ことも定められている。

 そして、区長の選任については、規則上、「区民の選挙又は推薦により選ばれた者」を、市長が区長に委嘱することと されている。そして、当該行政区内にある自治会が、持ち回りで区長候補を選出し、自治会から選出された住民が、市長から委嘱を受けて区長に就くというのが 慣例である。

 

(3)貴市における広報誌の発刊は、毎月2回であるが、配布に関しては、市から各区長に広報誌が配布され、これを各区長が、区内の自治会の総代(自治会長)に送付し、更に、総代が各世帯に配布するという手順で行われる。

 

(4)申立人は、貴市内の行政区のひとつである◆◆◆行政区に居住し、同行政区の構成員である。◆◆◆行政区は、旧 □□□町内に位置していたが(□□□町にも、稲沢市と同様に、行政区が置かれていた)、平成17年4月に同町が貴市と合併したことにより、同市の行政区に 編入されることになった。

 一方、◆◆◆行政区内には7つの自治会があって、申立人は、その一つである「◇◇◇◇町内会」に所属していたが、後述する経緯から、自治会を脱会している。

 ◇◇◇◇町内会の会則では、会員は、「この会則に賛同し、かつ、遵守し、町内に居住する者」と規定され、加入につ いては、「町内会で協議決定の上、居住した月から町内会費、加入金等を添え、町内会会長(総代)に届け出ること」とされている。同町内会への加入は、強制 ではない。

 申立人は、以前、同町内会の総代を勤めることもあり、町内会の運営にも積極的に関与していたこともあったが、同町内会が、神社の清掃や大祭への参加を強いること等の経緯があって、こうした対応を嫌って、平成8年8月、に町内会を脱退した。

 

(5)◆◆◆行政区では、同区が旧□□□町に所属していた当時から、同町が発刊する広報誌は、貴市の場合と同様に、行政区の区長を介して各世帯に配布されることになっていた。

 しかし、同行政区においては、「行政区費や町内会費を負担しない者には、広報を配布しない」という扱いが慣行とされていたことから、区費などを負担しない世帯に関しては、区長を介しての配布ではなく、「公達人」と称される□□□町の職員が、広報誌の配布をしていた。

 このため、町内会に所属していない世帯に対しても、広報誌が未配布の状態になるという事態は生じていなかった。

 しかし、□□□町が貴市と合併したのを契機として、公達人の制度が廃止されたため、平成17年4月から、貴市の広 報誌が、申立人に配布されない事態が生じた。この時は、申立人が貴市に抗議した結果、同年11月には、町内会の総代を通して広報誌が配布されるようにな り、未配布の状況は一旦、解消された。

 

(6)ところが、平成18年3月、◆◆◆行政区の総代会において、同行政区の年会費を負担しない住民に対しては、広 報誌を配布しないことが確認され、このため、同年4月から、町内会に加入せず、行政区費の負担もしない申立人につき、再度、広報の配布が中断されることと なった。

 申立人は、こうした行政区の扱いに関し、貴市に抗議をしたところ、同年5月10日、貴市市役所□□□支所において、地域課主査、□□□支所次長、総務課主幹、▲▲▲区長、申立人の5名が集まり、協議が持たれた。

 同協議において、地域課主査らから、区長に対して、申立人に対しても広報誌を配布する旨の指導がなされたが、▲▲ 区長は、申立人が町内会に加入していないことを根拠にしてその要請を拒んだ。そして、貴市側も、それ以上格別の対応を取らず、結局、広報誌が未配布になっ ているという状態は、同協議によっては全く改善されなかった。

 

(7)一方、申立人は、上記協議に先立ち、平成18年4月24日、名古屋法務局長宛てに、広報誌が配布されない現状 を申告していたところ、名古屋法務局長は、同年8月4日、貴市広報誌の未配布につき、人権侵犯の事実があるとの判断を示し、広報誌の配布に関し、行政区長 に「指示」、貴市長に「要請」の措置を講じた。

 

(8)こうした事態をうけて、貴市は、同年9月22日付で、各区長に対し行政区の非加入者であっても配布するようにとの指示を出し、◆◆◆行政区においても、総代会が開催され、行政区の非加入者に対しても広報誌を配布することが決定された。

 そして、同年10月6日、□□□支所において、申立人に対し広報誌を配布することが伝えられ、同年10月15日以降、申立人にも広報誌が配布されるようになった。

 

(9)▲▲▲は、平成19年3月をもって◆◆◆行政区長の任期を終えている。

 

4 判断

(1)現在、各自治体は、議会、行政の各運営の実情や各種行事の案内等を住民に伝達する手法として、広報誌を発刊し ているのが通例である。そして、当該自治体の住民が、議会、行政の実情を幅広く把握する上で、広報誌が重要な媒体の一つになっていることを踏まえると、自 治体が、特定の住民に対し広報誌を配布しないことは、原則として、当該住民に対する不当な差別であり、またその者の知る権利に対する侵害と評価されるもの である。

 

(2)貴市の行政区の区長は、前述のように市の規則によって設置される職位であり、市長から一定の職務を委嘱されていて、その職務には、「広報等文書の配布に関する」ことも含まれている。

 したがって、▲▲区長が、申立人への広報の配布を怠った行為は、広報の情報が住民にとっても重要である点の認識を 欠くものである。配布を中止するに当たって、◆◆◆行政区の総代会が行政区費を負担しない住民に広報誌を配布しない旨の確認をしたという経緯があったこと を考慮したとしても、申立人に対する差別的な扱いであり、かつ申立人の知る権利を侵害したものと言わざるを得ない。

 

(3)一方、貴市は、広報誌が住民に配布されていない事実を認識した場合には、速やかにこれに対応し、住民の世帯に広報誌が配布される状態を実現する責務がある。

 そして、同市は、平成18年4月の時点で、申立人に対して広報誌が未配布の状態になっていることを把握し、平成 18年5月10日、□□□支所に関係者が集まり協議を行った際にも、▲▲区長から「自治会に加入していないから配布しない」旨の発言があり、したがって、 このままの状態では、申立人に対する広報誌の未配布が続くことが予測できながら、その協議の場等において、区長に対して具体的な指導をする等の適切な処置 を何ら講じなかった。その結果、未配布の状況が、同年10月15日以降までの約5ヶ月間継続した。

 このような事情においては、広報誌が未配布の状態になったことに対する貴市の責任は看過し難く、その対応は、申立人に対する差別的な扱いであり、申立人の知る権利を侵害したものと判断せざるを得ない。

 

(4)以上の通りであり、本件においては、▲▲区長及び貴市の両者につき、人権侵害行為があったものと判断するものである。

 但し、本件については、上記のとおり、貴市は、平成18年9月22日付で、各区長に対し行政区の非加入者であって も配布するようにとの指示を出し、◆◆◆行政区においても、総代会が開催され、行政区の非加入者に対しても広報誌を配布することが決定され、申立人に対し ても広報誌が配布される状態になっていること、▲▲区長が広報誌の配布を怠った背景には、同区の総代会において行政区費の負担がない住民に対しては、広報 誌を配布しない旨の確認がなされたという経緯があり、▲▲区長の対応については、同区長だけの責任に帰すことは必ずしも相当ではなく、かつ同区長はすでに 区長の任期を終えていること等の事情も認められる。

 一方、広報誌が住民への広報に果たしている役割は重要であり、したがって、広報誌の配布は、本来、貴市において、 その遺漏、遅滞が生じない適切な管理体制を取る必要があり、本件において、広報が未配布の状態になったことの第1次的な責任は、貴市にあったと判断せざる を得ない。

 したがって、本件申立てについては、貴市の対応によって未配布の状態が既に解消されたとはいえ、貴市に対しては、一定の措置をするのが相当と判断し、諸般の事情を考慮して、今後、同種の事態、事案が再発しない旨の要望をすることが必要であると判断したものである。

 

以 上