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平成19年12月25日付名古屋拘置所宛て勧告書

愛弁発第273号 平成19年12月25日

名古屋拘置所
所長  遠山 幹夫 殿

愛知県弁護士会 会長  村 上 文 男

勧 告 書

 当会は、貴所に在監中である申立人○○○○に係る、人権侵犯救済申立事件(平成13年度第4号事件及び平成14年度第43号事件)につき、以下のとおり勧告する。

第1 勧告の趣旨

 申立人が当事者となった民事訴訟手続において、申立人が出廷を申し出たところ、貴所はこれを不許可としたものであるが、これは、申立人の裁 判を受ける権利を侵害したものであるので、今後、刑事被拘禁者が法廷に出廷する旨の許可を申し出た場合には、特別な事情のない限り、出廷を許可すること。

第2 勧告の理由

1 平成13年度第4号事件
(1)申立の概要

 申立人は、平成6年に発生した強盗殺人事件の被告人で、平成7年12月より貴所に在監中の者である。申立人は、第一審の名古屋地方裁判所において無期懲役の実刑判決を受け、名古屋高等裁判所の控訴審を経て、現在上告中である。

 申立人は、本人訴訟として提起していた名古屋高等裁判所に係属する損害賠償請求控訴事件について、貴所に対し、出 廷の許可を申し出たところ、貴所から不許可とされた。申立人は出廷の不許可が人権侵害であると主張し、貴所に対し、民事裁判への出廷を制限する取扱いの改 善を求めている。

(2)調査の結果

 申立人から聴取した事情等や貴所から得た回答の概要は、以下のとおりである。

  • ア 申立人に対する事情聴取及び事件記録の調査結果

     (ア)訴訟の内容
     申立人は、平成11年3月、死刑廃止を訴えることを目的とした団体「日本死刑囚会議=◇◇会」(以下「◇◇会」と いう。)の代表者であるとして、訴状の当事者欄には「日本死刑囚会議=◇◇会代表 ●●○○」と記載した上で、◇◇会の会員であり、平成7年夏頃に◇◇会 の事務局員に選任された甲を被告として訴訟を提起し、名古屋地方裁判所に係属した(事件番号平成11年(*)第****号)。
     訴えの趣旨は、甲が事務局員を解任された後に、後任の事務局員に対する事務の引継ぎを怠る一方、解任されてその権 限がなくなったにもかかわらず、◇◇会の資金を使用して、会報であるとして「◇◇会通信90」を発行し、その中で、代表者を乙、事務局員を甲と記載し、さ らに、会員である丙のプライバシーに関する記事を掲載するなどしたために、同会報の記載内容を見て、◇◇会の運営状況に不信感を抱いた複数の者が、同会を 退会するに至ったものであるが、以上のような甲の一連の行為によって、申立人の名誉が毀損され、また名誉感情も害されたので、その被った精神的苦痛に対す る慰謝料の支払を求める、というものであった。

     (イ)第一審の裁判の経過
     第一審の裁判の経過は、次のとおりである。
     第1回口頭弁論(平成11年9月14日午前10時)は、申立人欠席、甲出席の上、訴状及び原告準備書面(一)ないし(四)が陳述擬制され、答弁書が陳述された。
     なお、当初、第1回口頭弁論期日は、平成11年6月1日と指定されたが、取り消された。
     第2回口頭弁論(平成12年1月25日午前10時20分)は、当事者双方が欠席で延期となった。
     第3回口頭弁論(平成12年6月6日午前10時)は、申立人欠席、甲出席の上、被告準備書面が陳述された。
     平成12年6月6日午前10時30分から、貴所構内において証拠調べが施行され、申立人、原告補助参加人丙及び甲の所在尋問が行われた。
     第4回口頭弁論(平成12年6月6日午後4時45分)は、申立人欠席、甲出席の上、所在尋問の結果が陳述され、弁論終結とされた。
     平成12年6月23日受付の申立人の弁護士に対する委任状が名古屋地方裁判所に提出され、同年7月28日、終結した口頭弁論の再開を命じる決定が出された(但し、同弁護士は、同年10月17日受付の辞任届出書により辞任している)。
     第5回口頭弁論(平成12年10月3日午後1時10分)は、申立人兼原告補助参加人代理人弁護士出席、甲欠席の上、原告準備書面(五)ないし(一〇)が陳述され、書証が提出されて、弁論終結となった。
     第6回口頭弁論(平成12年11月28日午後1時10分)は、当事者欠席の上、判決が言い渡されたが、判決の結果は申立人の敗訴であった。

     (ウ)控訴審の裁判の経過
     申立人は、平成12年12月、名古屋高等裁判所に原審の判断を不服として控訴を提起した(平成13年(ネ)第18号)。
     控訴審の裁判の経過は、次のとおりである。
     第1回口頭弁論(平成13年8月8日午後1時45分)及び第2回口頭弁論(平成13年11月2日午前10時15分)は、当事者双方が欠席で延期となった。
     第3回口頭弁論(平成13年12月14日午前10時30分)は、申立人欠席、甲出席の上、申立人提出の控訴状、準備書面及び補正書の陳述擬制と、甲の答弁書が陳述されて、甲が原審口頭弁論の結果を陳述した。
     第4回口頭弁論(平成14年1月18日午後1時10分)は、当事者欠席の上、判決が言い渡された。判決の結果は、申立人の控訴棄却であり、同事件は上告されず確定した。申立人の人証申請及び書証は不提出とされた。
     なお、平成13年6月13日、裁判所書記官から、貴所に対し電話による聴取がなされた際、貴所庶務係の△△氏は、 「当拘置所においては、在監者をその者が関係する民事事件に出頭させるために裁判所まで押送することは原則としておりません。最終的には所長の判断となり ますが、○○○○についても同様の取り扱いとなると思われます。」旨を回答している。

     (エ)民事裁判への出廷不許可
     申立人は、原審訴訟に関して、貴所に対し、口頭弁論期日への出廷を複数回に及んで申し入れ、その都度貴所により不許可とされていたものの、この段階では弁護士の協力を得て、原告準備書面の陳述と書証の提出を行うことができた。
     しかし、控訴審においては、同弁護士の協力を得られなくなり、また、法律扶助協会の扶助申請が勝訴の見込みなしと いう理由で不許可とされた。そして、原審では敗訴しており勝訴の見込みが不明であること、仮に勝訴したとしても報酬を代理人に支払える見込みがないことな どから、申立人は代理人の選任は困難であると考えて、本人訴訟で同裁判に臨んだ。
     申立人は、控訴審では、裁判所に出廷して証拠を提出することを予定し、また、◇◇会を原告として訴訟を提起してい たにもかかわらず、原審が、原告を申立人個人であること前提として判断したことが不当である旨の書面を提出していたので、出廷した際、こうした訴訟行為に 対する裁判所からの一応の回答を得て、それを踏まえた上で、今後の対応を検討し、事情により、更に必要な申し入れを裁判所にする予定でいた。
     こうした判断に立って、申立人は貴所に対し、各口頭弁論期日の前に出廷の申し出をしたが、貴所から出廷を不許可とされた。
     しかし、出廷が許可されないと、証拠の提出や訴訟当事者の確認が得られないなど、訴訟追行上、不利益を被りかねな いことを危惧し、申立人は、出廷係の係長に対し、不許可理由を確認したところ、同係長から、代理人により裁判ができること、費用負担ができなくとも法律扶 助制度を用いることができることなどが、出廷を認めない理由であるとの説明を受けた。
     なお、申立人が、本訴訟の追行に関し、同係長に対し「不利益が(申立人に)生じることを分っていながら不許可にするのですね。」という点を確認したところ、同係長から「おう。分っとる。」という返答があった。
     申立人は、代理人を選任するか否かは本来、当事者自身が自由に決めることができることであり、弁護士を立てること を強制されるのは不当であるとともに、実際、申立人の本件での訴訟についても、本人訴訟であり、申立人が出廷する必要性があることを貴所が理解しながら出 廷を認めないのは人権侵害である考えて、平成13年12月13日付で人権侵犯救済の申立に及んだ。

  • イ 貴所からの回答要旨
     貴所に対して、申立人に関する裁判所への出廷に関する事情と刑
     事被拘禁者の裁判所への出廷に関する扱いについて照会を行ったところ、貴所から以下のとおりの回答を得た。

    (ア)申立人に関して

    a 名古屋地方裁判所平成11年(*)第****号事件につき、次のとおり、申立人から出廷の申し出が4回なされた。
     申し出があった日は、平成11年6月1日の口頭弁論への出廷につき同年5月17日、平成12年1月25日の口頭弁論への出廷につき同年1月5日、同年6月6日の口頭弁論への出廷につき同年5月17日であったが、いずれも不許可としている。
     平成12年6月6日の証拠調べのための出廷については、同年5月17日に出廷願いが出されたが、これは許可した。

    b 名古屋高等裁判所平成13年(*)第**号事件につき、申立人から出廷の申し出が4回なされている。
     口頭弁論期日への出廷については、平成13年8月6日、同年10月10日、同年12月12日、判決言渡への出廷については平成14年1月16日の都合4回、出廷願いが出されたが、いずれも不許可とした。

    c 民事裁判への出廷を認めなかった理由は、民事訴訟においては、出頭しなくても擬制陳述が可能であること、訴訟代理人制度が設けられていること、当該裁判に配置する職員の確保が困難であったことなどによる。

    d 申立人からの出廷の申し出を不許可にした際、申立人が貴所係長某に対し、「不利益が(申立人に)生じることを分っていて不許可にするのですね。」と聞いたとき、同係長が「おう、分っとる。」と回答した旨の申立人の主張事実は、認められない。

    (ウ)一般

    a 在監者自身が民事裁判に当事者として出頭することについては、個別的に各事情を踏まえ判断している。

    b 出頭が認められない場合の理由としては、判決又は令状を執行するため一定の場所に拘禁されているものであることなどによる。

    c 出頭の許否の判断となる基準は、当該期日の種別などに基づく訴訟上の必要性や、職員の確保など施設の管理運営に及ぼす影響などである。
     当該期日の種別の基準については、原則的に出廷を認めないが、拘置所構内で実施する仮法廷であれば、出廷を認めている場合が多い。
     訴訟上の必要の基準については、当該期日の種別以外に該当する事項はない。
     訴訟上の必要を判断する前提として、当該裁判が行われる裁判所の担当書記官に問い合わせをすることがある。

    d 弁護士を選任する経済的な資力がない場合や法律扶助制度の利用が困難な場合でも、当該期日の種別などに基づく訴訟上の必要や、職員の確保など施設の管理運営に及ぼす影響などを基準に判断する。

    e 現在把握できる範囲では、在監者に対して民事訴訟への出廷を許可した事例はないが、貴所構内で実施する仮法廷であれば、出頭を認める場合がある。

    f 出廷を認めない事例の件数、事案の概要、不許可の理由等については、管理運営上、所内の規律に支障があるため回答できない。

2 平成14年度第13号事件
(1)申立の概要

 申立人が提起した名古屋地方裁判所に係属する民事訴訟事件について、期日への出廷が不許可にされたため、訴え取下 げの擬制により訴訟が終了し(民事訴訟法263条)、管轄裁判所から訴訟上救助による訴訟費用1万7140円の支払を命じられた。申立人は、出廷不許可に したのは、裁判を受ける権利の侵害に当たるので、貴所に対し、民事裁判への出廷を制限する取扱いの改善を求めている。

(2)調査の結果

 申立人から聴取した事情等や貴所から得た回答の概要は、以下のとおりである。

  • ア 申立人に対する事情聴取及び事件記録の調査結果

    (ア)訴訟の提起

    a 申立人は、受刑者の作成した詩歌等をパンフレットに掲載する等の活動を行う「◇◇◇◇会」という団体の代表を務めている。

    b 申立人は、Aという人物に、同会の事務局を依頼し、事務局の複写費用、郵送費用等の必要経費の名目で金5万 3000円を渡したが、同人は平成12年ころ事前の通告なく一方的に事務局の運営を停止し、平成14年まで約2年間業務停止状態に陥れ、同会の信用を毀損 したとして、同人に渡した金5万3000円のうち金5万円(郵便局の送金記録が金5万円であったため、金5万円の請求にしたとのことである。)及び同会の 信用を毀損したことに対する慰謝料として金45万円の合計金50万円の支払等を求める訴訟を、平成14年4月22日受付で、名古屋簡易裁判所に提訴した (以下「本件訴訟」という。事件番号平成14年(*)第****号)。
     そして、第1回口頭弁論期日が平成14年6月20日に指定された(以下「期日①」という。)。
     また、申立人は、訴訟費用を調達することが困難であったため、同裁判所に、訴訟提起と併せて、訴訟救助付与申立を行ったところ、訴訟上の救助が付与された。
     そして、申立人は、「準備書面(第1回)」(平成14年5月22日受付)及び「証拠申出書」(同日付)を提出した。
     これに対して、Aからは、金5万円の返還義務を認めるが、金45万円については否認ないし争う旨の「答弁書」が提出された。

    c なお、申立人は、本件訴訟の他に、6件の民事訴訟を提起しているが、そのうち1件は弁護士に訴訟代理人を依頼し、もう1件は法律扶助の関係で弁論のみサービスで関与してもらった。
     本件訴訟については、弁護士費用を負担するだけの資力が存しなかったこと、訴額が金50万円と少額であり弁護士費 用の負担が本件訴訟による回収額を上回り経済的に意味をなさなくなる可能性があったこと、申立人本人が法律扶助を申し込む場合は勝訴の見込みなしとして扶 助を受けられないことが多いこと等の諸般の事情から、本人訴訟として提起したものである。

    (イ)貴所による出廷不許可
     申立人は、期日①に先立ち、貴所に対し、本件訴訟に関する口頭弁論期日への出廷願いを提出したが、貴所により不許可とされた。
     不許可の理由は、身分関係の事件とは異なり申立人自身が出頭する必要はない、訴訟代理人を選任することができる、訴訟代理人を選任する費用が無ければ法律扶助の制度が利用できる、というものであった。

    (ウ)移送
     結局、原被告双方が期日①に欠席し、期日は追って指定となった(訴状及び答弁書は不陳述)。
     そして、申立人は、名古屋簡易裁判所に対し、「上申書」(平成14年6月21日付)を提出した。
     同上申書は、①民事訴訟法159条による欠席判決を求め、②証拠上問題があるのであれば、5月20日付「証拠申出書」に基づき貴所内で原被告双方の本人尋問を求める内容であった。
     その後、平成14年7月1日付で、名古屋簡易裁判所は、民事訴訟法18条に基づき、名古屋地方裁判所に本件訴訟を移送する旨決定した。

    (エ)貴所による2回目の出廷不許可
     申立人は、名古屋地方裁判所民事5部ハA係から、平成14年9月17日に口頭弁論期日の指定を受けた(以下「期日②」という。事件番号平成14年(*)第****号。)。
     申立人は、名古屋地方裁判所に対し、平成14年8月5日付で「書面による準備手続」を申し立てるとともに、再度貴所に対し、出廷願いを提出したが、上記と同様の理由により不許可となった。

    (オ)貴所による3回目の出廷不許可
     その後、平成14年9月24日付「求釈明」で、申立人は、名古屋地方裁判所から、原告が「◇◇◇◇会」であるのか、個人であるのか等の求釈明を受けた。
     そこで、申立人は、平成14年9月26日付「陳述書(1)」で、同会の代表及び個人としての請求であることなどを釈明するとともに、同会のパンフレットを書証として提出した。
     そして、名古屋地方裁判所から、平成14年11月22日に口頭弁論の指定を受けた(以下「期日③」という。)。
     そこで、申立人は、貴所に対し、「平成14年11月22日の期日に出廷することの許可を求める。出廷しないと民事 訴訟法263条に基づき取下げがなされる可能性がある」旨の願箋を提出したところ、貴所は「身分関係の事件であれば、原則出廷させる。それ以外の事件につ いては必要に応じて出廷を認める。今回の事件は出廷を認める必要性がない。」との理由で不許可とした。

    (カ)本件訴訟の終了及び訴訟費用の支払の命令
     名古屋地方裁判所から、平成14年12月27日付で、民事訴訟法263条により訴訟が終了した旨の通知書が届いた ため、申立人は、平成15年1月6日付で口頭弁論期日指定申立書を提出した。しかし同月10日付で管轄裁判所の書記官から、訴訟が終了した旨の「事務連 絡」文書が届いた。
     そこで、申立人は、名古屋地方裁判所に対し、平成15年1月13日付「上申書」を提出した。
     同上申書は、①民事訴訟法263条の取下擬制につき、当事者双方が口頭弁論期日に出頭しないで職権で期日を指定し たときは、3ヶ月(旧民事訴訟法、現1ヶ月)の期間はその期日から起算するとした大決昭和6年2月3日を引用して、平成13年11月22日から3ヶ月を経 過していないので、期日を指定するように求める、②書面による準備手続申立について判断をして欲しい旨内容とするものであった。
     名古屋地方裁判所は、平成15年2月17日付で申立人に対し、支払を猶予した訴訟費用1万7140円の支払を命ずる決定を下した。

  • イ 貴所からの回答要旨

     貴所に対して、申立人に関する裁判所への出頭に関する事実について照会を行ったところ、貴所より以下のとおり回答を得ている(なお、刑事被拘禁者一般の裁判所への出廷について照会を行っているが、回答は上述のとおりである。)。

    (ア)期日①について
     平成14年6月19日、申立人から、名古屋簡易裁判所の口頭弁論期日への「民事出廷願い」が出された。
     民事訴訟では擬制陳述が可能であること、また、訴訟代理人制度が設けられており、自ら出頭することが必要不可欠ではないこと等の理由により、不許可とした。
     弁護士を選任する経済的資力がない場合や法律扶助制度の利用が困難な場合でも、管理運営上の理由により認められない。

    (イ)期日②及び③について
     平成14年8月1日及び平成14年11月6日、申立人から、名古屋地方裁判所の口頭弁論期日への「民事出廷願い」が出された。
     民事訴訟では擬制陳述が可能であること、また、訴訟代理人制度が設けられており、自ら出頭することが必要不可欠ではないこと等の理由により、不許可とした。
     弁護士を選任する経済的資力がない場合や法律扶助制度の利用が困難な場合でも、管理運営上の理由により認められない。

3 判断
(1)出廷権の憲法上の保障

 何人も自己の権利又は利益が不法に侵害されていると考えるときに、裁判所に対し、その主張の当否を判断し、その損害の救済に必要な措置をとることを求める権利を有している(裁判を受ける権利、憲法32条)。

 いかに諸種の権利自由が保障されていたとしても、それが侵害されたときに裁判上の救済が認められないのであれば、 権利自由が実質的に保障されていることにはならない。したがって、裁判を受ける権利は、憲法や法律上の権利自由を実効的に保障するものとして重要であり、 時に「基本権を確保するための基本権」と称され、まさに法の支配の不可欠の前提をなすものなのである。法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に 求めうることは、法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならない。

 そして、裁判を受ける権利が、基本権を確保するための権利として以上のような意義を持つものである以上、その「裁 判」は、当然、一定の内実を伴ったものでなければならない。少なくとも、中立公平な第三者による適正な手続に従った実効的な救済方法であることが要請さ れ、このために憲法82条1項は、裁判の公正を確保する趣旨から「公開の対審」手続(当事者が裁判所及び相手方の面前で口頭にて自己の主張・立証を行う機 会が十分に与えられること)を保障している。

 そして更に、そもそも裁判を提起できたとしても、提起後に、「公開の対審」のために、当事者として法廷に出廷して 現実に訴訟追行に関する行為ができなければ、適切かつ満足な主張、立証は果たせない。その意味で、憲法32条における「裁判」を受ける権利の保障には、憲 法82条1項の保障する「公開の対審」のために裁判所に出廷する権利も含まれているといわなければならないのである。

 なお、民事訴訟法は、処分権主義、弁論主義を採用し、後述のように、不熱心な訴訟追行への対処として訴えの取下げ 擬制の制度を設けているが、この点については、憲法が裁判を受ける権利の一環として出廷権を保障していることを前提としなければ、こうした制度を適切な制 度として正当化することはできない。

(2)刑事被拘禁者の出廷権
  • ア 憲法上被拘禁者に保障が及ぶこと
     上述したような裁判を受ける権利の重要性にかんがみれば、裁判を受ける権利及びその内実としての出廷権は、刑事被 拘禁者にも当然保障されているものというべきである。すなわち、刑事被拘禁者といえども、人身の自由以外の基本的人権は一般市民同様に享有しているもので ある以上、被拘禁中は、たとえ身体、精神的自由権、財産権、名誉権等が侵害されても、裁判を提起し、主張立証のため必要な場合に自ら出廷し審理を尽くして 公正な裁判を受けることは諦めよ、などという考え方は到底認めることはできない。
     法的紛争については、時効による権利消滅の危険性、権利侵害の拡大を早期に防止する必要性、そして時間の経過によ り証拠資料が消滅する危険性などが伴っているのであるから、刑事被拘禁者といえども、裁判提起を釈放後まで控えることができないことは自明であり、早期に 裁判による権利の救済を図る必要があることは、一般市民と何ら異なるものではない(更に、死刑確定者、無期懲役受刑者についていえば、出所自体が不確定で あり、「釈放後」の想定するのは困難である。)。
     なお、出廷権については、訴訟代理制度や法律扶助制度が存在することを根拠にして、出廷権を認めず、あるいはこの権利を制限的なものとして扱う見解や裁判例があるところであるが、容認できない。
     弁護士強制の制度を採らない我が国においては、訴訟代理や法律扶助の制度は、あくまでも本人の訴訟追行を十全なら しめるための補充的な制度にすぎない。弁護士に受任拒否の自由があり、仮に弁護士費用が準備できても、必ずしも訴訟代理人が確保できるとは限らない。また 法律扶助も、扶助する事件について条件をつけて審査を行い選別することが許されているのであるから、扶助を受けられない場合も当然に生じ得る。したがっ て、これらの制度の存在をもって、出廷権を否定し、あるいは制限する根拠とすることができないことは明かである。

  • イ 刑事被拘禁者の出廷が認められない場合の不利益
     なお、刑事被拘禁者の出廷が認められない場合、刑事被拘禁者は民事訴訟法上、次のような不利益を免れないのが実際である。
     まず、相手方出席の場合は、初回については擬制陳述(民事訴訟法158条)があるが、当該期日の弁論内容を把握 し、その場で反論することはできない。続行期日では擬制陳述は認められないため、新たな論点について、仮に書面での反論を行っても裁判資料としては認められず、出頭当事者の弁論のみに基づいて審理が進められる。また証拠調べは当事者不出頭でも可能であり(同法183条)、この場合、欠席当事者の反対尋問等 防御権は明白に侵害される。このように、実際の制度では、出廷が認められないと、武器平等・当事者対等の原則に明白に違反し、公正な審理を受ける権利は明らかに侵害される。
     また、相手方が口頭弁論期日に欠席した場合にも、裁判所としては、職権で次回期日を指定するか、又は指定せずに、 民事訴訟法263条を適用して、1ヶ月以内に期日指定の申立がない場合や、又は連続して2回出頭がない場合には、訴えの取り下げ擬制により訴訟を終了することができるものされている。例外として、審理の現状に基づく判決言渡しができる旨の規定が新設されたが(同法244条)、訴え取下擬制が本則とされ、この規定による対応は極力控えられるべきものとされている。したがって、実質的には、裁判が拒絶され、裁判を受ける権利が剥奪さるに等しい結果となるのである。
     このように、出廷が認められない場合、刑事被拘禁者には看過できない不利益が生ずるのであり、そうであるからこそ、刑事被拘禁者の出廷には権利性が認められなければならないのである。

(3)刑事拘禁施設長の裁量の有無
  • ア もっとも、刑事被拘禁者は、拘禁目的の達成と所内の規律保持の要請に照らし、移動の自由及びそれに伴うその他の自由の制限は一般的に甘受しなければならない。
     しかしながら、個人の尊重を根源的な価値基準とする(憲法13条)憲法下の刑事施設としては、刑事被拘禁者に対す る権利の制限は、拘禁目的と施設管理の規律保持のために必要とされる最小限度の範囲内のものであって初めて容認されるのであり、このことは、出廷権に関し ても同様である。

  • イ この点、刑事被拘禁者の出廷を容認することに対しては、施設に対する牽制目的等で申立を反復したり、荒唐無稽な 内容や主張自体に理由のないような提訴が刑事被拘禁者間の模倣によって多発し、濫訴的傾向を招き、施設内の秩序維持、護送等の面での職員の負担を増大しか ねない等の疑義も生じ得る。
     また、管理権を有する刑事拘禁施設長が、当該訴訟事件の性質、出廷が刑の執行に及ぼす影響、護送の難易等を総合的に判断して、裁量により出廷の拒否を決定できるとする見解もあり、出廷が問題となった裁判例の多くは、こうした見解に立っている。
     しかし、そもそも、出廷権は、憲法や法律上の権利自由を実効化するために不可欠な裁判を受ける権利の内実をなしているのであり、以上のような見解等は、上述した出廷権の重要性や出廷が権利として認められない場合の現実の弊害を完全に看過するもので相当ではない。

  • ウ そして実際にも、訴訟事件の性質、種類を考慮するとはいえ、記録を精査しておらず、訴訟に参加していない刑事拘禁施設長が、訴訟の進行状況を勘案して、出廷の要否を適切に判断できるとは考えられない。
     一方、施設に対する牽制目的での訴訟提起や、無内容、模倣等による訴権の濫用の危険に関しては、たしかに、そのよ うな事態があり得ることは否定し得ないが、出廷権の権利の重要性や、出廷の可否の判断を刑事拘禁施設長の裁量的な判断に委ねたのでは、濫用か否かの判断自 体が恣意に流れる危険、弊害が伴うことを考えると、やはり、刑事拘禁施設長に広範な裁量的判断を委ねることを肯定する理由にはなり得ない。訴状審査や事前 の争点整理の段階での裁判所の判断によって、訴権の濫用と認められた場合には、訴えの却下がなされ得るのであるから、訴権の濫用の危険については、これを過大視してはならない。
     更に、施設管理上の負担については、電話を利用した弁論準備手続(民事訴訟法170条3項)、書面による準備手続 (同法175条)、電話による協議(同法176条3項)、集中証拠調べ(同法182条)を利用すれば、現実に裁判所へ押送しなければならない回数は相当程 度限定できるし、押送等に要する人的負担等については、そもそも国家が身体拘束している刑事被拘禁者にも等しく裁判を受ける権利を保障する以上、出廷に必 要な事務負担は国家として当然受忍すべきことと考えられるのである。

  • エ 以上からすれば、刑事拘禁施設長に対し、出廷の要否を判断する上で広範な裁量を認めるのは妥当でなく、むしろ、出廷は、原則として認められるべきである。
     その上で、例外として、当該具体的事情の下で出廷を許すことによって拘禁目的の達成又は刑事施設内の規律及び秩序 の維持に放置できない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があることが十分な根拠に基づいて認められ、そのために出廷を制限することが必要かつ合理的と認めら れ場合に限って、出廷する権利の制限が許されると考えるべきである。
     例えば、刑事被拘禁者が、単に出廷の機会を利用して傍聴に来る関係者と接触を図るなど、出廷を道具として他の目的 を果たそうとし、出廷が権利濫用になることが具体的な根拠に基づき明白である場合、あるいは、出廷に伴う護送によって被拘禁者本人の健康状態が悪化するお それが明かな場合などが、こうした例外的な場合である。

(4)貴所の人権侵害の有無

 本件においては、貴所は、平成13年度第4号事件に関しては、第一審の証拠調べへの出廷を認めたほかは、申立人の第一審及び控訴審の口頭弁論への出廷願いを全て不許可としている。

 また、平成14年度第43号事件についても、申立人の3回に亘る出廷願いを全て不許可としており、一度も出廷を認めていない。

 そして、貴所の照会結果から認められる貴所の刑事被拘禁者の出廷許可申請に対する姿勢は、そもそも出廷の許否については、所長の裁量判断事項とし、その判断に際しての基準は単純な利益衡量であり、あるいは抽象的に管理運営上の理由を指摘するだけにとどまっている。

 当該具体的事情の下で出廷を許すことによって拘禁目的の達成又は刑事施設内の規律及び秩序の維持に放置できない程 度の障害が生ずる具体的蓋然性があることが、十分な根拠に基づいて認められ、そのため出廷を制限することが必要かつ合理的と認められるに足りる特別な事情 があるか否かを、具体的に検討した形跡はなく、また少なくとも、本件においてその旨の主張や疎明は一切なされていない。

 上記で検討したように、特別の事情のない限り、出廷を許可すべきである以上、申立人の出廷の申し出に対する不許可処分は、憲法上保障されている申立人の出廷権を侵害するものであると言わざるを得ない。

(6)各弁護士会による勧告の存在

 なお、これまで、弁護士会により、本件申立てと同種の出廷不許可に関する人権救済申立てについて、次の10件の勧告が出されているので、掲記するものである。

  • ① 新潟県弁護士会、平成11年8月2日勧告、新潟刑務所・法務省矯正局宛
     未決拘禁者が賃借するマンションに関し、賃貸人より明渡訴訟がされた民事訴訟で、第1回期日の出廷を許可されず敗訴した事例。

  • ② 大阪弁護士会、平成12年3月30日勧告、大阪拘置所・法務省矯正局宛
     鼻の病気の治療が悪かったとして、死刑確定者が関西医科大学を被告とした損害賠償請求訴訟と、同じく国を被告とした損害賠償請求訴訟において出廷をすべて不許可とされた事例。

  • ③ 徳島弁護士会、平成13年6月25日勧告、徳島刑務所宛
     受刑者が国家賠償請求訴訟を提起し、4回の期日のうち2回を出廷不許可とされた事例。

  • ④ 仙台弁護士会、平成16年2月4日、宮城刑務所宛
     無期懲役受刑者が、6件の国家賠償請求訴訟を提起したが、18回全ての出廷を不許可とされた事例。

  • ⑤ 兵庫県弁護士会、平成16年7月14日、神戸刑務所宛
     受刑者が神戸刑務所を相手とした国家賠償請求訴訟を提起したが、第1回、第2回期日の出廷を不許可とされた事例。

  • ⑥ 仙台弁護士会、平成17年12月2日、宮城刑務所宛
     受刑者が国を相手として仙台地方裁判所や仙台簡易裁判所に対し、国家賠償請求や行政処分取消請求訴訟を提起したが、第1回期日は許可したが、第2回期日は不許可とされた事例。

  • ⑦ 徳島弁護士会、平成18年3月30日、徳島刑務所宛
     受刑者が、徳島刑務所を相手とした国家賠償請求訴訟を提起したが、4回の期日を全て不許可とされた事例。

  • ⑧ 富山県弁護士会、平成19年3月23日勧告、富山刑務所宛
     受刑者が国を相手として損害賠償請求訴訟を提起したが、合計10回出した地裁及び高裁への出頭願いを全て不許可にされた事例。

  • ⑨ 兵庫県弁護士会、平成19年7月23日勧告、神戸刑務所宛
     受刑者が国を相手として3件の損害賠償請求訴訟を提起したが、全て出廷不許可とされた事例。

  • ⑩ 日本弁護士連合会、平成19年11月6日勧告、法務大臣、法務省矯正局長、東京拘置所長
     受刑者が他の受刑者や関係者を相手とした損害賠償請求、債務不存在確認当請求訴訟を複数回提起し、相手方の受刑者らから貸金返還等請求事件等を提起されていたが、少なくとも5件の事件で合計9回出廷願いを拘置所に提出したが、全て出廷不許可とされた事例。

4 結論

 よって、当会は、貴所に対し、勧告の趣旨記載のとおり勧告をするものである。