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人権侵犯救済事件H16.8.30要望書 名古屋刑務所

名弁発第176号 平成16年8月30日

名古屋刑務所
所長 知識 優憲 殿

名古屋弁護士会 会長  小川 宏嗣

 当会は、貴所に在監中の受刑者○○○○氏(昭和24年○月○日生)から申立のあった人権侵犯救済申立事件(平成15年度第38号事件)につき、以下のとおり要望する。

第1、要望の趣旨

 申立人の病状については、脊椎分離症等を専門とする整形外科の専門医の診療を受ける機会を与えることを含め、適宜に適切な医療が提供されるよう配慮されたい。

第2、要望の理由

Ⅰ、申立の趣旨

 申立人は、平成15年6月19日、覚せい剤取締法違反により懲役3年の刑が確定し、現在、名古屋刑務所に在監中であるところ、16歳頃に発症した脊椎分離症で腰痛が激しく、痛み止めの薬を飲んでも夜中に痛みで目が覚めることが再々あり、また、2年前から閉所恐怖症になり、 9月9日に取調べ室で一人でいる時にパニック発作を起こした。この時は診察を受けたが、その後に不安になって医師の診察を求めるが、要望は聞き入れられないか、診察を受けたのはずっと後になってからである。
 従って、申立人は名古屋刑務所に対し、自分の病状からみて希望する時は速やかに医師の診察を受けられるように措置されることを求める。

Ⅱ、認定した事実

1、申立人の主張

申立人の病歴と、申立人が診察を希望したことに対する刑務所の対応は以下のとおりである。

(1) 生活歴(受刑歴)

 申立人は覚せい剤取締法違反(使用)で懲役3年の刑で在監中である。
関西の刑務所で7回懲役(すべて覚せい剤取締法違反)に服しており、直前は神戸刑務所で平成13年1月30日に仮出獄した後、2年間とび職をしていたが、再度、覚せい剤取締法違反で実刑となった。

(2) 病歴

 (ア)脊椎分離症

 16~17歳の頃、柔道で背負い投げをしたときに脊椎分離症となった。このため、京都の加茂川病院で、背中からと 腹から手術して骨盤の骨を移植した。現在も腹と背に約20㎝の手術跡がある。部位はL4/5で、現在もびっこを引いている。右足の腰から膝にかけてしびれ があり、ひどいときは足の先までしびれる
薬を飲まないと常時痛みがあり、医師の診察を受けて、痛み止めの薬(ボルタレン錠)をもらい、1日2錠、朝と夜に飲んでいる。薬を服用すると、30分~1 時間で効き目があらわれ、効果が持続するのは4~5時間である。
薬の効き目が切れる夜中に寝返りをうつと、足の先から頭のてっぺんまで電気が走るような激痛ショックで目が覚める。ショックがないときでも、同房の者は申 立人が夜中に毎日痛い痛いと言っているというが、自分では意識はない。
医師からは、今は手術する状態ではないが、将来は手術となる可能性があるといわれている。
医師(何科の医師か不明)の診察は9月25日が最後である。診察時に医師に病気を訴えると看護師が遮る。
寒いと痛みが激しいので、神戸刑務所では毛布を余分にもらっていた。そこで名古屋においても、メリヤスのパッチがもう一枚欲しいと要望したところ、看護師が「分かった」といってそれきりである。

 (イ)閉所恐怖症 パニック発作

 最初の発作は平成13年6月で、名古屋の自宅で一人でいるときに起きた。周囲の壁が迫ってくるように感じ、家であ ばれて二階の窓から飛び下りて、気がつくと地面にしゃがんでいた。誰かに通報されて救急車がきて、第一日赤病院に搬送され約1か月入院した(退院後は戸を 開けて寝るようにしている)。
はじめのうちは暴れると注射をうたれることが2~3回あって、その後は薬を服用するようになった。しかし、薬を飲むと気分が悪くなるので、止めたいと8月 初めに申し出たが、9月9日まで医師の診察は受けられなかった。
それまで通院していたが、「発作が起きそうなので何とかして下さい」と訴えると、同年11月に第一日赤の精神科に半月入院させられて、絵を描かされたり、これまでの経過を聞かれたりした。
9月9日に、他人に住所を教えた教えないの件で取調べを受けたが結局、懲罰はなかった。この時の取調べのために一人で狭い取調室にいた時、急にギュー ギューと音がし、壁が迫ってきたので両手で壁を押さえ、大声をだしたようである。汗がでて、身震いし、手が震えた。息苦しく心臓がドキドキし、一部、意識 がはっきりしないところがある。
後で吐きそうになった。外に出て顔がよくなったと言われた。取調べは狭い取調室に入れないので、病棟の大きな部屋で行った。
現在、薬は8種類を飲んでおり、昼は白と黄の2種類、夕方は5種類、夜は白と黄とピンク等の錠剤を飲んでいる。しかし、薬を飲むと胃がキリキリと痛み、口 が乾くので止めたいが、医師の診察の日まで待たなくてはならない。

 (ウ)その他の病気

なし

(3) 診察の依頼と経過

 8月初め 精神科の薬を止めたいので診察を申し出た。

9月 9日 この日まで診察はなかった。
パニック発作(取調室で)
診察
(腰痛のため、仮就寝の時間を早くするよう申し出るが拒否される)
9月10日 診察
(腰痛のために、部屋での作業は壁にもたれて作業すること、夜も早めに横になることを申し出るが許可されず)
翌日、分類センター棟に移り、そこではもたれて作業することは許可される。ただし、夜も早めに横になることは許可されない)
9月 - 診察日  レントゲン撮影
(今すぐ手術するほどでないとの診断)
9月22日 午後11時45分頃に気分悪くなり、担当に申し出る。
9月23日 午前0時10分頃、担当「今、医師が来て診なくては死ぬということでもないから、明日、診るというのだから、それまで黙って寝ていろ」。文句を言うと担当は謝った。
9月25日 診察

(4) 医療刑務所への移監の希望の有無

 申立人は、医療刑務所に入ったことはないが、仮釈放がないので希望をせず、腰痛の痛み止めを飲みながら、シップを貼って我慢して作業し、早く仮釈放になることを期待して頑張っている。

2、相手方の主張
(1) 申立人の現在の病状(病名)(症状の程度)(検査所見)

(ア)全身掻痒感

 全身の掻痒感を訴え、時として赤くなると訴える。内服薬処方後は、特段の訴え及び症状の悪化は認められない。

(イ)パニック障害疑い

 軽度

(ウ)腰痛症

 明らかな神経根刺激症状はなく、跛行を伴う下肢痛も認められないが、時々腰痛を訴える。臥床安静により軽快する経緯もあり、立位をとることは問題ない程度である。レントゲン撮影により腰椎の変形が認められる。

(2) 申立人の現在の病状に対する治療内容(服薬の種類、用法、用量等)

(ア)全身掻痒感

 ポララミン(抗ヒスタミン薬)を頓服として投与中

(イ)パニック障害疑い

 セルシン2㎎(向精神薬)2錠を毎食後、ベンザリン5㎎(睡眠導入剤)2錠及びデパス1㎎(向精神薬)1錠を就寝時に投与していたが、現在は本人の希望により精神科の薬は服用していない。

(ウ)腰痛症

 ボルタレン(鎮痛剤)1錠及びコランチル(抗潰瘍剤)1包を頓服として投与中。

(3) 懲役刑に服することができる状況かどうか(手術を必要としないか)

 現時点において専門医の診察や手術の必要性は認められず、懲役刑の執行に支障はない。

(4) 整形外科及び精神科の専門医の診察状況、申立人の診察の申出日と診察の年月日(平成15年9月以降)

(ア)精神科

 診察実施日 申立人の診察願い出 主訴

診察実施日申立人の診察願い出主訴
平成15年 9月9日 壁が落ちてくる感じがしてキョロキョロしてしまう
平成15年 9月10日 天井や壁が迫ってきて、ギリギリと音がするような感じがする。
平成16年 1月27日 精神的に落ち着いてきたので、薬の内服を止めたい

 

(イ)腰痛症

 (現在まで外部専門医による診察の必要性は認められない。)

診察実施日申立人の診察願い出
平成15年 9月12日
平成15年 9月13日
平成15年 9月24日
平成15年12月17日
平成16年 1月16日
平成16年 1月23日
平成16年 1月26日

(5) 名古屋刑務所の医療体制(医師の数、勤務状況)

 名古屋刑務所は、名古屋矯正管区内の医療重点施設として指定されており、常勤医師10名及び非常勤医師2名等を配置して診療に当たっている。
 なお、専門性等から当所のスタッフでは十分な対応が困難な場合には、外部病院に移送して治療を行う場合もある。

(6) 仮就寝の制度

 「仮就寝制度」とは、被収容者動作時限の1つであり、正規の就寝時間前において就寝することができるものである。

3、認定した事実

(1) 申立人は、16~17歳の頃、柔道で背負い投げをしたときに脊椎分離症となり、そのために現在でも、腰痛や右足の腰から膝にかけて(ひどいときは足の先まで)しびれたりする症状が有る。

(2) 申立人は、薬を飲まないと常時痛みがあるため、名古屋刑務所の医師の診察により、ボルタレン(鎮痛剤)1錠及びコランチル(抗潰瘍剤)1包を頓服する処方を受け、朝と夜に飲んでいる。

(3) 申立人が薬を服用すると、30分~1時間で効き目があらわれるが、効果が持続するのは4~5時間であり、薬の効き目が切れる夜中に寝返りをうったりすると、激痛が走りショックで目が覚めたりする。

(4) 名古屋刑務所において申立人を診察し、レントゲン撮影したところ、腰椎の変形が認められている。

(5) 名古屋刑務所は、申立人の上記脊椎分離症について、現時点において専門医の診察や手術の必要性は認められないと判断し、ボルタレン等の頓服の処方をしているだけである。

Ⅲ、判断

1 国はすべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認めている。(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第12条第1項)
 被収容者に対しては、その健康の保持と疾病の治療のため、国が一般社会の医療水準と同程度の医療を提供する義務を負っている。(行刑改革会議提言平成15年12月22日)
 申立人のように「腰痛症」や「パニック障害疑い」等の基礎疾患(いわゆる持病)を有する受刑者も、等しく最善の医療を受ける権利を有している。

2 申立人の各症状については、名古屋刑務所内において鎮痛剤等の医薬品が提供されているものの、痛みのコントロールについては必ずしも十分とはいえない事情もうかがわれる。

3 申立人にはレントゲン撮影により腰椎の変形が認められるところ、手術の要否について、正しい判断を下すためには整形外 科の中でも脊椎分離症等を専門とする専門医の診断が必要とされることもあると考えられるので、名古屋刑務所の「現時点において専門医の診察や手術の必要性 は認められず」「外部専門医による診察の必要性は認められない」旨の判断の客観性、妥当性について疑問の余地がないとは言えない。服役中でないならば、申立人はかかる専門医の診察を受けることも出来る筈であり、一般社会で可能な医療水準の提供を受ける機会は与えられるべきである。

4 よって、名古屋刑務所が専門医の診断を全く受けさせないまま、頓服の処方だけを続けていることは、申立人の医療を受ける権利を侵害している疑いがあるので、上記のとおり要望をする次第である。

以上