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人権侵犯救済事件H15.9.24要望書

 名古屋弁護士会は、平成15年9月24日、名古屋刑務所に対し、受刑者の中にHIV感染症の患者がいることが判明した時には、速やかにHIV感染症の診療について専門的知見を有する 医師の診療が受けられるように配慮するよう要望しました。

名弁発第200号 平成15年9月24日

名古屋刑務所 所長  知識  優憲 殿

名古屋弁護士会 会長  田中 清隆

要  望  書

 当弁護士会は、貴所に在監中であった申立人○○○○氏から申立のあった人権侵犯救済申立事件につき、以下のとおり要望する。

要望の趣旨

 申立人が名古屋刑務所に在監中、HIV感染症の診療について専門的知識・経験を有する医師の診療を受ける機会が全く与えられなかったことに鑑み、今後受 刑者の中にHIV感染症の患者がいることが判明した時には、速やかにHIV感染症の診療に関わるいわゆる拠点病院(別紙参照)において治療を受ける等、 HIV感染症の診療について専門的知見を有する医師の診療が受けられるように配慮されたい。

要望の理由

第1 申立の趣旨

 申立人は、岐阜刑務所に在監中の平成13年10月、HIV検査結果が陽性であったため、同年12月7日、名古屋刑務所に移監された。移監後8カ月後に初 めて治療が開始されたが、医師の処方した薬を申立人が内服したところ、強い副作用が生じた。申立人の担当医はHIV治療についての専門知識がなく、現在、 申立人はHIVに対する薬を内服することを拒否している状況である。
 よって、申立人は、HIVの専門医による治療を受けることを求める。

第2 調査の経過

  略  

第3 調査の内容(認定した事実)
  1.  申立人は、平成13年10月頃岐阜刑務所でHIV感染者である旨の告知を  受け、同年12月7日に名古屋刑務所へ移送された。申立人は平成14年8月  16日から同月24日まで名古屋刑務所において毎日、HIV感染症の薬として、
        レトロビル(100mg)  1日4回1カプセル
        ヴァイデックス(100mg)1日2回1.25錠
        ビラセプト(250mg)  1日3回3錠
     を服用した。

  2.  申立人は服用したその日の夜から、上記医薬品の副作用としての頭が締め付けられるような痛みと嘔気が起こり、服用を続けるうちに全身の発疹と高熱も生ずるようになり服用を中止することとなった。

  3.  申立人の診療を担当した医師の専門は内科であるが、HIV感染症の治療経験をもたない医師であった。

  4.  前記2の副作用の発生、前記3の事情等により、申立人と担当医との信頼関係は破綻し、申立人が担当医の診療を拒むようになった。

  5.  その後、申立人のCD4の値が低下し、ネフローゼ症候群による低アルブミン血症がみられるとともに、慢性C型肝炎によると思われる肝酵素の上昇と低カリウム血症がみられたため、申立人は平成15年1月下旬に八王子医療刑務所に移送された。

  6.  申立人は、平成15年6月から、医師の再三の指導により、HIV感染症の治療を受けることに積極的になり、HIV感染症の治療経験のある医師のもと、レトロビル、エビピル、ビラセプトの内服治療を開始している。

  7.  ところで、HIV感染症に関し中部地区の中核的拠点病院となっている国立名古屋病院には、HIV感染症の治療に造詣の深い医師が存在している。刑務所 に服役中の者であっても、依頼があれば、同病院においてHIV感染症の患者を診療することが可能であり、過去には、HIV感染症の患者たる受刑者が受診 し、入院をしたケースがあった。

  8.  今日、抗HIV薬を用いた治療の効果は高く、患者が継続して薬を飲み続けるならば、エイズの発症を抑えることもできるようになった。

第4 当会の判断
  1.  国は、すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認めている(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規   約第12条第1項)。また、1990年12月14日、国連総会決議「被拘禁者の処遇に関する基本原則宣言」は、専門医の治療が必要な被拘禁者の専門病院 又は一般病院への移送を定めている。
     HIV感染症に罹患している受刑者も、等しく最善の医療を受ける権利を有する。

  2.  ところで、HIV感染症の診療をするにあたっては、高度の専門的知識が必要とされている。ところが、申立人の治療にあたったのは、HIV感染症の診療 経験を全く有しない内科の医師であった。そのためHIV治療薬による副作  用が生じた後も、十分な説明もなく、慢然と同一薬剤の服用を継続させ、より強 い副作用が生ずるに至ってやっと中止させた。その後も申立人が専門医による治療を要望しても、なかなかその措置を取らなかった。これらは申立人の人権に対 する侵害であると考えられる。

  3.  申立人は、平成15年1月下旬に八王子医療刑務所に移送され、同年6月以降はHIV感染症の治療が行われている。

  4.  HIV感染症については、今日、早期に適切な治療が行われた場合にはエイズ発症を阻止することが可能となっている。前記1に述べた理由により、HIV 感染症の診療について専門的知見を有する医師の治療を受ける機会を受刑者  にも与えるべきであると考える。

  5.  よって、上記要望する次第である。

以  上

  ※注意 別紙は添付しておりません。