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人権侵犯救済事件H15.7.17警告書

 名古屋弁護士会は、平成15年7月17日、法務大臣及び名古屋刑務所に対し、受刑者の腹部に革手錠のベルトを巻き付けて強く締め付け、外傷性腸間膜損傷等の傷害を負わせた刑務官の行為は、重大な人権侵害行為であるとして、再発防止に全力をあげて取り組むよう警告しました。

 日弁連・各都道府県の弁護士会は、行政から独立した民間団体として人権侵犯除去のための活動を行なっています。

 弁護士会に対して「人権侵犯救済」の申立がなされた場合、弁護士会において調査を行ない、以下のような処分を行います。

  •  警 告(意見を通告し、反省を求める)
  •  勧 告(救済または今後の侵害防止につき、適切な処置をとることを勧告する)
  •  要 望(救済または今後の侵害防止につき、適切な処置をとることを要望する)
  •  不処置(人権侵犯に該当せず、または、上記の処分をするほどに至らない)

警告は最も重い処分です。

名弁発第119号 平成15年7月17日

法務大臣  森山 真弓 殿
名古屋刑務所 所長   中山 厚 殿

名古屋弁護士会 会長  田中 清隆

警  告  書

 当会は、申立人甲野太郎(仮名)に係る平成14年第2号人権侵犯救済申立事件のうち、同申立人が保護房に収容され革手錠を施用された事案について、下記の通り警告する。

警告の趣旨

 名古屋刑務所職員は、平成14年9月25日、受刑者であった申立人甲野太郎を保護房に連行した上、同人の腹部に革手錠のベルトを巻き付けて強く締め付けて、腹部を強度に圧迫するなどの暴行を加えて、外傷性腸間膜損傷等の傷害を負わせたものである。
申立人に対してなされた上記行為は、保護房収容の目的・要件、戒具使用の目的・要件を無視して敢行された重大な人権侵害行為である。

 よって、貴職らにおかれては、このような重大な人権侵害行為が発生したことの重大性を認識されるとともに、以下の措置をとることにより、同種事件が二度と発生することがないよう、再発防止に全力をあげて取り組むよう警告する。

1 法務大臣に対して

(1) 保護房への収容については、収容要件を充足する事実があるか否かを厳格に吟味して必要性の判断を行なうこと。

(2) 革手錠の使用を廃止すること。また新たな戒具を検討するのであれば、受刑者の人権を侵害することのないように十分に配慮すること。

(3)弁護士会に対する人権侵犯救済申立制度について、申立の秘密を保持すること(申立文書等の発受に関する検閲の廃止、弁護士会の調査に際して職員の立会いをしないことなど)、関与した職員や目撃者への聞き取り調査を職員の立会いなしで認めること。

2 名古屋刑務所に対して

(1)申立人の主張する下記経緯に関して、独自の調査を遂げ、その結果を速やかに公表すること。

(2)保護房への収容については、収容要件等について抜本的な検討がなされるまでの間、平成11年通達を厳守すること、平成14年の臨時通達に従い、ビデオ撮影しその記録を保存すること、不服申立があった場合にはこれを開示すること。

(3)革手錠の施用については、これを廃止する方向が確認されているので、ただちに施用を停止すること。

(4)弁護士会に対する人権侵犯救済申立制度について、申立の秘密を保持すること(申立文書等の発受に関する検閲の廃止、弁護士会の調査に際して職員の立会いをしないことなど)、関与した職員や目撃者への聞き取り調査を職員の立会いなしで認めること。

事実及び理由

第1 申立の概要

 申立人甲野太郎の人権侵犯救済申立の概要は以下の通りである。

1 申立人の入所経緯

 申立人は、恐喝罪により懲役2年4月に処せられ、平成14年2月21日、名古屋刑務所に収監された。

2 平成14年9月25日に至るまでの経緯

(1)申立人は、平成14年9月12日、午前中の運動を終えて、昼夜間独居房の居室前の廊下において身体検査を受けるに際し、刑務官から、口を開けるよう に指示される前に口を開けたことから、「指示もないのに口を開けるな」などと注意を受けて、そのまま廊下に立っているよう指示をされた。申立人は指示に 従って廊下に立っていたところ、事前に依頼していた医師の回診が重なり、回診に来た担当医から回診の依頼の有無等に関して質問をされたので同医師と言葉を 交わしていた。申立人は、その様子を見ていた刑務官から、「脇見をするな」などと注意を受けた上、その場にうつ伏せに倒され、首や両足を数人がかりで押さ えつけられ金属手錠を両手後の状態で施用された。そして申立人は保護房に収容されて、同房内で両手前の状態で革手錠を施用された。
 申立人は、午後になって革手錠は外されたが、保護房への収容は翌朝まで継続された。

(2)申立人は、平成14年9月13日、朝食後、見回りに来たと思われる○○○○副看守長が監視窓から覗いているのに気付きその方を見たところ、同副看 守長から「何を睨んでいるのだ」と言われ、申立人が「睨んでいません」と答えたところ、○○副看守長から「その目が睨んでいるのだ」などと言われて、保護 房に連行され革手錠を施用された。申立人は、その後約2時間ほど経って革手錠を外されて保護房から出ることができたものの、その当日、入浴して独居房の居 室に戻った後にも、再び保護房に連れて行かれて革手錠を施用され、約2時間、その状態で保護房に収容された。

(3)申立人は、平成14年9月17日の朝、独居房の居室で、布団の中で眼鏡拭きで眼鏡を拭いていたところ、○○副看守長から「何をしている。日曜日の 当直から、(申立人が)『玉』を作っているとの報告を受けている」、「出て来い」などと指示をされた。申立人がスリッパを持って廊下に出ると、そのまま保 護房に連れて行かれ革手錠を施用され、その状態は昼頃まで続いた。

(4)平成14年9月18日の午後、申立人は、舎房区の面接室において、○○副看守長から、9月12日から前日にかけて保護房に収容されて革手錠を施用 された経緯に関して、そうした事態を招いた非が申立人側にあることを認めるか否かを問われたが、申立人は自らに非がないと答えた。
 そして午後4時頃、申立人は○○副看守長らに連行されて独居房の居室に戻ったが、○○副看守長はその際、室内の入口付近にあった棚に申立人が使用 していたノートが置いてあったのに気付き、そのノートに目を通した。このノートには、申立人が、その年の4月に怠業を理由に懲罰を受けた経緯や、9月12 日以降、保護房に収容されて革手錠を施用された際の経緯などが記してあった。申立人は、ノートに目を通した○○副看守長から、「何を書いているんだ」と叱 責されて、そのまま保護房に連行されて、革手錠を施用されることになった。革手錠を固定される前に、申立人は2人がかりで、10回以上にわたってベルトを 締め付けたり緩めたりする暴行を腹部に加えられ、このため申立人は耳鳴りが生じ、意識が朦朧となり、さらには瞬間的に意識がなくなることもあった。この時 の革手錠の固定は、従来に比べて緊度が強い状態であり、その状態での施用は2時間ほど継続された。申立人は腹部に加えられた暴行のために、腹部の調子が悪 化し食欲をなくし夕食を取ることができなかった。
 申立人の上記ノートは、この時、○○副看守長に没収された。その後、上記経緯を除く他の部分を他のノートに書き写すことが認められて、申立人は翌19日に ノートの返却を受けたが、同月24日に再び没収され、現在そのままの状態になっていて、廃棄された可能性も濃厚である。

(5)平成14年9月19日、申立人は前日からの体調不良が続き、朝食も取らないでいたところ、○○副看守長からお茶を勧められので、飲みたくはなかっ たものの、勧められるままに3杯のお茶を口にした。申立人は4杯目のお茶を断ったが、○○副看守長が更に飲むように勧めてくるので、両名の間で「飲め」、 「飲まない」などと言合う状態になった。申立人は、○○副看守長から、「いつまでコップを持たせるんだ」と言われたので、やむなくコップを受け取ろうとし たところ、突然お茶をかけられた上、そのまま制圧をうけて保護房に収容され革手錠を施用された。
 申立人は、同日の昼前に保護房から開放されたが、その際、面接室に連れて行かれ、○○副看守長から、約10分にわたって人権侵犯救済申立の取下げ をするように指示された。申立人は納得できなかったものの、この時点において、身体的な疲労が重なり精神的にもかなり追い詰められた状態にあったので、こ の時、取下をすることに一応同意した。申立人は、当日の夕刻、申立の取下書の下書きを作成して、翌20日の朝にこの下書きを○○副看守長に渡した。

3 平成14年9月25日の経緯

(1)平成14年9月25日午前8時頃、申立人は、面接室において○○副看守長の面接を受け、○○副看守長から人権侵犯救済申立の取下をするかどうかの 意向確認を受けたが、この時は、取下げるつもりはないことを明言し、加えて、9月12日から複数回にわたって保護房に収容され革手錠を施用された経緯を当 会宛に報告をするつもりでいる、と回答した。また申立人は、9月12日から複数回にわたって保護房に収容され革手錠を施用された経緯に関して自らに非が あったと考えてはいないことを伝えた。更に申立人は、同房者から以前に暴行を受けた件に関して、刑事事件として送致をしてほしい、と○○副看守長に伝え た。

(2)○○副看守長は、申立人のこのような言動に対して突然に怒りだし、申立人は直ちに保護房に連行された。申立人は、保護房内で倒され、革手錠のベル トを身体に巻き付けられて、締め付けられたり緩められたりして腹部に対する圧迫を加えられた。その後、革手錠が、サイズの小さい革手錠に交換され、申立人 はそのベルトを身体に巻きつけられて、先程と同様に、ベルトを締め付けられたり緩められたりする行為を繰り返し受けた。革手錠のベルトを締め付けられたり 緩められたりする行為は、当初から約30分以上継続された。
 申立人はその後、緊縛度の強い状態で革手錠を固定された。この時、申立人はうつ伏せに倒されていた状態であり、刑務官らの背後での行為は目視できなかった が、「もう少しでこの穴に入る」といった○○副看守長の声や「あともう少しです」といった別の刑務官らの声が聞こえ、また尾錠部を強く叩かれた。こうした 一連のベルトの締め付けによって、申立人は嘔吐し、また足が痺れて動かず冷たくなるのを感じた。また締め付けを繰り返し受ける際、瞬間的に意識がなくなる こともあった。

(3)申立人は、以上の行為があってから約1時間後に革手錠を解除され、その際、○○副看守長から「正座しろ」と命じられたものの、足を動かすこともで きず、保護房に医師が来た時も、自力で起き上がることができずに、車椅子に乗せられて保護房から出るような状態であった。

4 その他の事情

 申立人は、検察官から保護房に連行されて革手錠を施用された経緯について事情確認を受けたが、その時、同検察官から、保護房への収容と革手錠の施用 に至ったのは、申立人が暴れて刑務官に抵抗したからであると、刑務所関係者が供述している、との説明を受けた。また、申立人は同検察官から、申立人が暴れ た状況を撮影した写真の提出も受け、加えて、申立人から熱いお茶を掛けられたことを述べている刑務官の供述調書も作成している、との説明を受けた。しかし 申立人は、暴れたり、刑務官にお茶を掛けたりしたことはなかったことから、その写真は明らかに捏造されたものであり、また供述調書の内容は事実ではないとの説明をした。

第2 当会が認定した事実

 1 平成14年9月25日午前8時ころ、申立人は、保護房に連行された後、○○副看守長に引き倒されて制圧をされた。少なくともその時点において、申立人 が暴行を行なうおそれ等、保護房への収容を行なうべき具体的な事情がなく、かつ、革手錠の施用に関する要件を充足する事実がないにもかかわらず、○○副看 守長は、革手錠を施用しようと考えて、保護房に駈け付けてきていた△△△△看守長に指揮を仰いだところ、△△看守長は、その意を察して、○○副看守長に対 し、「革手錠、両手前」と革手錠を施用するよう指示した。

 2 ○○副看守長は、申立人に腕輪をして中サイズの革手錠のベルトを受刑者の身体に巻き付けて強くひいたものの、それ程強く締まらなかったために、更に緊度を強めようと考えて、小サイズの革手錠を届けさせた。

 3 ○○副看守長は、革手錠を交換してベルトを強く引き、さらに○○副看守長の意を察した◇◇看守、□□□□看守、及び◆◆◆◆副看守長が順次交代しな がら2人がかりでベルトを強く引き、△△看守長が「もう一段」などと更に狭い円周になる穴に尾錠の爪をいれるように指示したのを受けて、◇◇看守が尾錠部 を手拳で数回叩いたり、靴底で数回蹴りつけるなどして、胴周囲約80センチメートルの申立人に対し、尾錠に最も近い穴(円周囲60.4センチメートル)に 尾錠の爪を入れて緊度の高い状態において革手錠を固定して腹部の強度の圧迫をする暴行を加えた。

第3 当会の判断
1 事実の認定に関しての留意点

(1) 申立人の主張を受け、当会から名古屋刑務所に対して、保護房収容や革手錠の施用に関する要件、申立人に対する保護房収容や革手錠の施用に関する事情、人権侵犯救済申立の取下の強要の有無、申立人のノートの没収の有無などの 事項につき照会を行なった。これに対して、保護房、金属手錠、革手錠について、それぞれの使用要件、手続、及び使用した場合の記録についての一般的な回答 がなされたものの、申立人に対してなされた保護房収容や戒具の使用等に関する具体的な事情については、回答を差し控える旨の回答がなされている(平成15 年6月24日付回答書)。

(2)一方、法務省の行刑運営に関する調査検討委員会は、平成15年3月31日に「行刑運営の実情に関する中間報告(名古屋刑務所事件の原因と行刑運営の問題点について)」(以下、「中間報告」と略称する)を公表した。
 この中間報告には、名古屋刑務所内で起きた平成13年12月の事件と平成14年5月の事件とともに、申立人に対してなされた本件傷害事件の調査結果が報告されている。
申立人が当会に行なった事情説明と、中間報告書に記載されている調査結果を対比すると、本件犯行及び経緯に関して以下のような異同があることが確認できる。

  • ア 平成14年9月12日の経緯
     申立人が保護房に収容され革手錠を施用された点、及び保護房収容に至るまでの経緯のうち、申立人が身体検査の際に指示をされる前に口を開けて注意をされた点は、事情説明と中間報告とで内容が一致している。  
     しかし、制圧に至った端緒につき、申立人が、廊下に立たされていた時に医師と言葉を交わしたことが制圧を受ける端緒になったと説明しているのに対して、中 間報告では、指示される前に口を開けたことを注意された申立人が刑務官に反抗したためである、と指摘されていて、相違が認められる。

  • イ 平成14年9月13日の経緯
     申立人が、2回にわたって保護房に収容されて革手錠を施用された点は、事情説明と中間報告は内容が一致している。しかし、中間報告では、保護房 へ収容し皮手錠を施用したのは、刑務官に不満を抱いていた申立人が些細なことから刑務官に対して反抗したからであった、と指摘していているのに対して、申立人は反抗的な態度に及んだことはなく、保護房への収容等をされる理由は全くない旨説明し、経緯につき相違が認められる。

  • ウ 平成14年9月17日の経緯
     申立人が保護房に収容され革手錠の施用を受けた点は、事情説明と中間報告とは内容が一致している。しかし、中間報告が、保護房への収容等は申立 人が些細なことで刑務官に反抗したからであると指摘するのに対して、申立人は反抗に及んだことはなく、保護房への収容等をされる理由は全くない旨説明し、 相違が認められる。

  • エ 平成14年9月18日の経緯
     申立人が舎房区の面接室で、非行事実を認めるか否かなどについて問いただされたが否認をし、面接後に○○副看守長に連行されて昼夜間独居の居室に戻ったこと、居室に戻った際に、申立人は○○副看守長にノートの内容を確認 されたこと、その後、申立人が保護房に収容され革手錠を施用されたことなどは、事情説明と中間報告は内容が一致している。
     しかし、保護房に連行され革手錠の施用に至った経緯に関しては、中間報告が、そのノートの記載内容は刑務官に対する不満等であったことから、ノートの使用規則違反である等として、申立人と○○副看守長が口論になり、その うちに、申立人が○○副看守長に対して反抗的な態度に及んだためであると指摘しているのに対して、申立人は反抗的な態度をとったことはない、としている点 で内容に違いがある。

  • オ 平成14年9月19日の経緯
     申立人が保護房に収容され革手錠を施用された点は、事情説明と中間報告は内容が一致している。しかし、中間報告が保護房への収容等をしたのは、 申立人が反抗的態度を示したからであるとしているのに対して、申立人は反抗的な態度を取ってはいないと主張し、むしろ○○副看守長からお茶を飲むことを強 要された上、申立人がやむなくコップを受け取ろうとした矢先にお茶をかけられたなどと主張していて、内容に相違が認められる。
     また、申立人は、保護房を解除された後に面接室へ連行されて、人権侵犯救済の申立の取下を求められたと述べているのに対して、中間報告は、保護 房からの解除時に、申立人は、○○副看守長に対して、「これからは真面目にやってきます。」等と述べたことから、同看守長は、申立人はこれまでの態度を改 めるものと思った、などと指摘しこの間の経緯に相違があるとともに、申立の取下の指示があったか否かについて、中間報告は触れるところがない。

  • カ 平成14年9月25日の経緯
     申立人は、保護房に連行されて、暴行を行なうおそれはなかったものの、小サイズの革手錠を用いて尾錠に最も近い穴に尾錠の爪を入れて緊縛された状態で革手錠が固定されたことに関しては、事情説明と中間報告は内容がほぼ一致している。
     しかし、革手錠を固定される前に、ベルトを締め付けたり緩めたりして、申立人の腹部に継続的に圧迫が加えられたという点について中間報告は明示 するところがない。また、申立人を保護房に連行した経緯に関して、中間報告では、申立人が○○副看守長と面接している際、椅子から立ち上がろうとしたのを 認めた主任看守が、○○副看守長に暴行を加えようとしているものと即断して制圧に及んだというのが経緯であったと指摘するのに対して、申立人の事情説明で は、人権侵犯救済の申立を取下げることに一旦は同意していたものの、その意向を翻意したことなどに対して、○○副看守長が怒ったことからであったとしてお り、両者の間に大きな相違が認められる。

(3)このような対比を踏まえると、平成14年9月12日、同月13日、同月17日、同月18日、同月19日、同月25日の各日において、申立人が保護 房に収容され革手錠の施用を受けた点は、中間報告と申立人の事情説明は一致しているものの、そのような措置に至った経緯については、申立人の反抗や反抗的 な態度があった否かの点で、両者の内容には顕著な相違が認められる。
 また、申立人が腸間膜損傷等の傷害を受けた9月25日の保護房内での状況については、最終的に革手錠を緊度の強い状態で固定される前に、30分にわたって ベルトを締め付けたり緩めたりして申立人の腹部に継続的に圧迫を加える暴行があったか否かについても、中間報告は必ずしも詳細に明示をしているものではな く(中間報告では、複数名の看守が順次交代しながら2人がかりでベルトを強く引いた旨の指摘はなされている)、やはり、申立人の事情説明とは少なからぬ相 違が認められる。

(4)以上のように、申立人の主張事実と中間報告の内容には、特に、申立人の保護房への収容に至った経緯に関して顕著な相違が確認されることから、9月 12日以降の事情のすべてにつき事実の認定をすることは困難である。しかしながら、申立人が9月25日に保護房へ連行された後、同人に革手錠が施用された 際の状況は、革手錠が最終的に固定される前に革手錠のベルトを引き締めたり緩めたりする行為が30分にわたって継続されたのかどうかという点を除いて、申 立人の主張と中間報告の指摘はいずれも具体的であり、かつ、両者の事実内容がほぼ一致しているので、この限度においては事実の認定ができる。したがって、 この間の事情については、中間報告の報告内容に基本的に依拠して、第2項のとおり認定をするものである。
 また、同日、申立人が保護房に連行された点は、中間報告に依拠したとしても、申立人は舎房区の面接室で「引き倒して制圧」された、との指摘があることから 推して、この時点で、職員に暴行を加える具体的なおそれは解消されたのではないか、と一応考えられる。また、申立人が保護房に連行された後は、申立人の説 明ではもちろんのこと、中間報告によっても、申立人が「暴行を行なうおそれはなかった」とされているのであって、少なくとも、連行後は保護房に拘禁をすべ き事由がなく、直ちに拘禁を解除しなければならない状況にあった、と認定されるものである。

2 判断に至った理由

(1) 本件人権侵犯救済の申立は、当初、エアドライバーを使って着衣に付いた木屑等を落としていたことが怠業に該当するとされて叱責の懲戒を受けたことの違法、不当を問題とするものであったが、その後、平成14年9月25日に申 立人が傷害を負ったことを契機に、申立人の意向により、保護房への収容と革手錠の施用が調査の対象として加えられることになった。申立人の意向は、9月 25日の保護房への収容と同房内での革手錠の施用が違法であったというだけにとどまらず、9月12日から同月25日までの間に、複数回にわたって行なわれ た、それぞれの保護房への収容と革手錠の施用の違法、人権侵害を問うものである。したがって、申立の趣旨にそった判断を十全に行なうには、これらの事情に ついても事実認定をして、その認定をもとに判断をする必要があるが、目下明らかにされている認定資料では適切な事実認定がなし得ないのが現状である。
 また、革手錠の施用と関連して、申立人が刑務官から人権侵犯救済の申立の取下げを強要されたという申立人の主張する点は、もしそれが事実とするな らば、人権救済申立制度の根幹に対する重大な侵害であり、同制度を担う当会としも、極めて深刻な問題と受けとめているところであるが、この問題に関して も、名古屋刑務所からの回答のない現状においては、認定資料が必ずしも十分とはいえず、適切な判断の基礎となる事実の認定が困難である。

(2)しかしながら、平成14年9月25日の保護房での革手錠の施用は、上記認定のとおり、保護房に収容すべき事由がないにもかかわらず同房に拘束し、 施用要件を充足する具体的な事由がないにもかかわらず、革手錠を施用したというのであり、この事態だけを取り上げても、保護房の使用目的・要件、戒具の使 用目的・要件を大幅に逸脱したとの違法の評価を免れず、人権に対する重大な侵害行為である。しかも、名古屋刑務所において、短期間のうちに、複数の刑務官 によって、受刑者を死亡又は受傷させる事件が連続して発生したことに鑑みると、施設内の秩序を維持するためには、暴力を加えるのもやむを得ないという人権 意識の大幅な欠如と、所内の刑務官に対する受刑者の人権に関する指導教育及び職務執行についての指導監督の在り方に構造的な問題があったと評価せざるを得 ないものである。
 当会は、今般のような事件の再発を防止し、矯正行政への国民の信頼を早期に回復するには、申立人に対してなされた一連の行為の詳細な把握が可能となる時期 を待つよりも、申立に関する主張の一部であるとしても、認定・判断が可能な範囲で適切な措置を講ずることが相当と判断して、以下のような点に留意をして、 本警告に及ぶものである。

3 詳細な事実の解明の必要性

 平成14年9月25日、申立人が保護房に収容された後に、革手錠を用いて加えられた暴行に関しては、平成14年11月8日、これに関与した刑務官5名が 逮捕され、同月27日、特別公務員暴行陵虐致傷により名古屋地方裁判所に公判請求をされた。しかし、このような行為の再発防止のためには、事件が起きた現 場に責任を持つ国家機関が、まず自らの手によって事態を明らかにするべきであるが、現時点において、本件の具体的な事情に関して、名古屋刑務所から当会の 照会に対し、回答を差し控える旨の回答がなされたことは誠に遺憾である。

 当会は、本書において認定した事実のみならず、同年9月12日から同月25日になされた保護房への収容と同房内での革手錠の施用が、保護房及び戒具の使用 目的を濫用ないしは逸脱し、また、こうした一連の行為の一部が人権侵犯救済の申立の取下げを強要する手段として用いられたのではないか、との点に多大な危 惧と関心を持つものであり、当会はあらためて、事態の詳細を名古屋刑務所自らが明らかにすることを強く求めるものである(なお、中間報告では、9月12日 から9月19日にかけての保護房への収容と革手錠の施用をした経緯に関して、申立人が刑務官に反抗したり、反抗的な態度をとったなどの指摘がなされている が、保護房収容も革手錠の施用も、その目的を達成するための最小限度においてしか許容されないものである以上、申立人において、仮に中間報告が指摘するよ うな刑務官に対する反抗があったとしても、それによって直ちに、保護房への収容と革手錠の施用につき、違法の評価を免れるわけではない)。

4 人権侵犯救済申立についての調査の受け入れ態勢の改善

 現在、当会及び各地の弁護士会には、法務省が所管する刑務所・拘置所の在監者から、処遇に関して人権侵犯救済の申立が多数なされている。しかし、刑務所 側の調査に対する協力は極めて不十分であり、事実関係の解明及び人権救済のための意見表明に支障を来たしているのが実情である。
当会をはじめ弁護士会の人権救済活動は、重要な社会的な役割を担っており、特に拘禁施設における人権侵害については、政府から独立した人権救済機関が確立 されていない現状とも相俟って、弁護士会に期待される役割は大きい。これまでも、弁護士会の調査や勧告機能がより十分に機能していれば、本件事件を含む一 連の事件が抑止された可能性も否定し得ない。また、今般の申立事案において、人権侵犯救済の申立を取下げるように強要がなされたのではないかとの点につい ても、上記のとおり危惧するものであり、その可能性が否定しきれない現状においては、人権救済侵犯の救済申立に関する通信の秘密についても大幅な改善がな されるべきである、と考える。

 上記のような、人権侵犯の救済申立制度に期待される役割と申立及び調査に対する現状の問題を踏まえて、申立に関する信書の検閲を廃止すること、職員の立 会いがない状況下での調査委員との面会、調査委員の関係職員や目撃者からの直接の事情聴取等、人権救済調査の受け入れ態勢についての抜本的な改善を図るこ とが急務である、と判断するものである。

以 上