本部長就任のご挨拶
令和6年度 愛知県弁護士会 会長
秘密保護法・共謀罪法対策本部 本部長
伊 藤 倫 文
皆様におかれましては、日頃より弁護士会の活動にご理解、ご協力いただき、ありがとうございます。本年度の秘密保護法・共謀罪法対策本部の本部長に就任しました。1年間どうぞよろしくお願い申し上げます。
2024年5月10日、国が指定した経済安全保障上の機密情報(重要経済安保情報)を扱う人の身辺調査をするセキュリティー・クリアランス(適性評価)制度の導入を内容とする「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」(以下「経済安保秘密保護法」)が国会で成立しました。同法は、経済安全保障分野に秘密保護法制を拡大するものです。
そもそも、「特定秘密の保護に関する法律」(以下「秘密保護法」)は、2014年12月10日に施行されました。
この秘密保護法は、防衛、外交、スパイ活動防止、テロ防止の4分野に関する情報のうち、その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障をきたすおそれがあり、特に秘匿が必要とされるものを「特定秘密」と指定して、情報公開しないことができるようにしたうえ、適正評価によって漏えいのおそれのない者のみがこれを扱うことができるとする一方、特定秘密情報を漏えいした者や不当に取得した者に刑罰を科すとされています。
しかし、何が「特定秘密」に該当するかが明確でなく、「特定秘密」を指定する行政機関の恣意的運用によって、その範囲は拡大され、不当な情報隠しがなされてしまうおそれがあります。また、この指定の適否を監督するために設けられた衆議院及び参議院に設置された情報監視委員会においても十分な資料を入手できていないという問題点があり、国会への情報開示が不十分であることが指摘され続けています。
その結果、国民の知る権利や報道の自由が侵害される危険があり、また、国民や報道機関を萎縮させてしまうおそれもあり、ひいては、民主主義の根幹を揺るがすことになりかねません。
そこで、当会では、同法の成立に先立って秘密保全法制対策本部を設置し、制定に反対すると共に、成立後は、秘密保護法対策本部として、同法の廃止あるいは同法の運用を監視する活動を行ってきました。
近年でも、上司OBに特定秘密を漏えいしたとして、懲戒免職処分を受け、秘密保護法違反・自衛隊法違反で書類送検された元自衛隊職員が2023年3月に不起訴処分となりましたが、そもそも秘密の内容が明らかにならないため、特定秘密保護法で保護されるべき情報であったか検証できないなど秘密保護法がもたらす問題点が顕在化する事件が起きています。
さらにごく最近では、陸上自衛隊と海上自衛隊で特定秘密のずさんな取り扱いがあり、適性評価を経ていない隊員が特定秘密に接する事例などが露見しました。このことは、特定秘密の厳重な管理ができていないことを示しているのと同時に、必要性の低い情報まで安易に特定秘密に指定していたことを示しています。
経済安保秘密保護法の制定により、経済安全保障分野にまで秘密護法制が拡大され、秘密とされる情報の範囲が広がるとともに、適性評価の対象が公務員だけでなく民間の技術者・研究者にも広がることとなった現在、国民の知る権利やプライバシーが侵害される懸念がより高まったといえます。
他方、2017年6月に成立した「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律」(以下「共謀罪法」)についても、予備罪よりもさらに前段階である「計画」(陰謀)をも処罰の対象とする、いわゆる「共謀罪」を広く認めるものであり、「既遂」の処罰を原則とする現行刑法の体系を根底から変容させるおそれがあり、市民の集会・結社の自由や言論の自由等の人権や自由を侵害するおそれが強い法律であるとして、会長声明を出すなどして、強く反対してきました。
当会としても、日弁連とともに、これらの法律が恣意的に運用され、国民の人権や自由が奪われることがないよう十分注視していくとともに、廃止ないしは抜本的な見直し向けた取組を行っていく必要があります。
本年度も、当対策本部の活動に対して、皆様のご理解、ご支援をよろしくお願いいたします。
以上
日弁連『重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律の問題点と今後の取組について考える院内学習会』報告
秘密保護法・共謀罪法対策本部 委員
濵 嶌 将 周
本年5月10日、「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」(以下「経済秘密保護法」といいます。)が成立しました。市民の知る権利やセキュリティ・クリアランス(適性評価)の対象となる市民のプライバシー権の観点から大きな問題をかかえたままの制定です。当会では、同法案が衆議院を通過して参議院に送付された段階の4月19日と、同法成立後の5月16日に、それぞれ会長声明を発出して、制定に反対しました。
日本弁護士連合会も、同法成立の当日に、会長声明を発出して、制定後であっても引き続き、市民の知る権利やプライバシー権が不当に侵害されないないよう、政府に対し求め続けていくと宣言しましたが、その意思表示として、6月20日、参議院議員会館において、標記の院内学習会を開催しました。
その学習会では、三宅 弘 日弁連秘密保護法・共謀罪法対策本部本部長代行の開会挨拶の後、まず齋藤 裕 同対策本部副本部長から、基調報告がありました。
齋藤副本部長は、経済秘密保護法案について、審議中も多くの問題点が浮き彫りになり、その結果、秘密指定に情報監視審査会が関与できる余地ができたことなど、いくつかの意味ある修正がなされたことを指摘しました。しかし、それでも、秘密指定が恣意的になる可能性があって、ひいては市民の知る権利が侵害され得ること、適性評価によって個人のプライバシー等が侵害される危険性があること、中小企業等民間にとっての負担感が大きいことなど、従前からの懸念はほとんど払拭されていないまま同法は制定されたと結論づけました。
次に、海渡雄一 同対策本部副本部長が聞き手となり、井原 聰 東北大学名誉教授と坂本雅子 名古屋経済大学名誉教授が経済秘密保護法の問題点を報告しました。
まず、井原教授が、経済秘密保護法は、「重要経済安保情報」の指定基準・範囲・解除など、法の重要な部分(井原教授の指摘では14項目)を、運用基準や府省令に丸投げしたまま制定されたことを指摘しました。それ以外でも、同法は、規定の仕方や制定の必要性が不明瞭なところが多々残されたまま、制定が急がれたことを概説しました。その上で、同法のねらいは、民間や大学の研究成果を兵器開発につなげるものであることを、防衛生産基盤強化法等の近年制定された諸法との関係から説明しました。
つづいて、坂本教授が、経済秘密保護法が制定された背景について、米国の世界戦略、とりわけ対中国の軍事・経済戦略―対中国戦を想定した軍事面での世界戦略の転換と、中国を排除・凌駕するための経済面での政策の転換―の中で理解すべきであると指摘しました。日本はずっと米国の軍事面での世界戦略に追随してきたが、岸田政権下で、経済安全保障政策について、米国との経済版「2+2」合意で、先端技術開発で日米が一体化し、日本企業や研究者に大きな網をかけて米国と同様の機密の徹底を図る体制が作られたと説明しました。
両教授と海渡副本部長との討論では、井原教授は、経済秘密保護法の「重要経済安保情報」の定義は不明瞭なままで、先端技術にかかわる情報はすべからく対象になり得る、また、適性評価の調査事項も不明瞭なままで、附帯決議で評価対象者の政治活動、市民活動、労働組合活動は調査してはならないとされたものの、評価対象者の思想・信条にまで踏み込まれてしまうであろうと懸念を示しました。
坂本教授は、経済秘密保護法の制定が日中関係の悪化に拍車をかけることは間違いなく、日本企業の中国からの撤退、投資回収は一層進み、経済的分断は避けられない、それにとどまらずに軍事的衝突すら起こりかねないと懸念を示しました。
わずか一時間強の短時間の学習会でしたが、経済秘密保護法がいかに生煮え状態で制定されてしまったのかが、明確に示されました。そして、制定が急がれた背景には、米国と一体化して進められている日本の軍事力強化があることも示されました。
私たちはこれからも、政府に対し、経済秘密保護法の廃止を求め続けるとともに、22も付けられた附帯決議に注目し、「重要経済安保情報」が合理的で最小の範囲で指定されるなど、市民の知る権利やプライバシー権が不当に侵害されないよう求め続けていかなければなりません。
以上